日本各地のミュージアムの
常設展示やコレクションを拝見してきた
不定期連載も、第10弾。
節目の回の今回は、北陸新幹線に乗って、
彼方に立山連峰を望む
富山県美術館におじゃましてきました。
ピカソやベーコンをはじめとする
珠玉の20世紀美術から、
ポスターや椅子など
デザイン分野のゆたかなコレクション、
さらには、富山県にゆかりの深い
瀧口修造さんの特別展示室まで。
ご案内くださったのは、
麻生恵子さん、稲塚展子さん、
八木宏昌さんの学芸員のみなさんです。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第2回 舟越桂、ウォーホル、シーガル。

舟越桂《澄みわたる距離》1990年 富山県美術館蔵 舟越桂《澄みわたる距離》1990年 富山県美術館蔵

──
あ、舟越桂さん。この方の作品も好きです。
ちょっと前の
松濤美術館の展覧会で、たくさん見ました。
麻生
当館では、
初期の代表作《澄みわたる距離》を所蔵しています。
来館者からたいへん人気のある作品です。
──
やっぱり! いいですものね‥‥いつ見ても。
というか、会っても。
麻生
舟越さんは、
お父さまも彫刻家(舟越保武氏)でいらして、
幼いころから木彫にふれ、
仏像など見て感動されたりしたそうですね。
長じて彫刻家となり、舟越さんならではの、
彩色の人物をモチーフにした彫刻を
つくるようになります。
それも、こんなふうに、
身近にある作業台を使ってつくっていたり。
──
あ、これは「台」も含めて作品なんですね。
麻生
そうなんです。
1988年のヴェネチア・ビエンナーレに
出品されたとき、
捨ててあったような分厚い木の板を見つけ、
急遽その板を使って
展示台にされたことがあったんです。
──
おお。
麻生
偶然の出会いから生まれた展示でしたが、
もともとそうであったかのように、
空間がぴたりと決まった。
この作品を制作したあとも、
作業台を実際に彫刻台として使ってみたところ、
これで作品が完成したと感じたそうです。
──
作業台、だったんですか。もともと。
麻生
彫刻というものは、
単体で存在するわけでなく、
その場所や空間とともにあるものだということを
あらためて感じさせるエピソードですよね。
この作業台まで含めて眺めると、
木彫の人間像が、より空間の中で生きている、
より日常の世界にいる人みたいな気がする。
──
たしかに。ふしぎと。そうですね。
麻生
勇壮な騎馬像や肖像彫刻などのイメージの「彫刻」と
比べてみてください。
舟越さんの作品は、そうではない。
白いシャツを着た細身の眼鏡の男性とかが、
スーッと、静かに立っているだけ。
──
自分は、舟越さんの作品は「目」を見てしまいます。
麻生
この目は、大理石なんですよ。
表情が豊かですよね、とても。
大理石に色をつけているんですけれど、
本物の目みたいですよね。
──
はい、ついつい近寄ってみたくなっちゃう。
あと背中や後頭部はどうなってるのかなと、
ぐるっとまわりをひとまわりしちゃいます。
麻生
わかります(笑)。
舟越さんの作品って、
一見するとシンプルな構成で、
立体を単純な「面」で表現しているような
雰囲気があるじゃないですか。
──
自分は「水面」という言葉が浮かびます。
理由はわからないのですが。
麻生
なるほど。静けさの中にある、
繊細さ、力強さといったイメージですかね。
よく見ると、
本当に繊細な表現をなさっているんです。
そのギャップが魅力的なんだと思います。
──
ああー、なるほど。
麻生
実際に作品を見る体験ならではですね。
ぜひ、当館にお越しいただいて、
直にごらんになっていただきたいです。
──
こちらの作品は、
横浜美術館の「トライアローグ」展で
見た憶えがあります。
麻生
あ、出品されていました。マックス・エルンスト。
《森と太陽》という作品です。

──
グラッタージュ‥‥でしたっけ?
麻生
はい、そうです。よくご存知ですね。
──
横浜美術館の学芸員のかたに、
取材のときに教えていただいたんです。
麻生
はい、グラッタージュという手法は、
木など何らかの凹凸のある物質を
キャンバスの下に置き、
絵の具をパレットナイフでこすり出して
質感を浮かび上がらせる手法。
──
すごく、ふしぎな感じですよね。
麻生
ええ、この作品に限らず、
当館でもシュルレアリスムは人気ですね。
ちょっと騙し絵的な要素もありますし、
一見ふつうなんだけど、
よくよく見ると、ありえない世界、
じつにおもしろい世界が広がっているので、
子どもたちにもとっても人気です。
──
あ、子どもたちも好きですか?
麻生
大好きですね。
みんな「この絵、不思議」って言うから、
「どうして不思議?」と聞くと、
「月みたいな太陽みたいなのが出てるし」
とか
「木なのかな、UFOみたいにも見える」
とか、
もう、いろんな意見が出て楽しいんです。
──
何が描かれてるのかはわからないけれど、
おもしろいという気持ちは抱くんだ。
麻生
そうなんです。偶然につくられた絵柄が、
不思議な世界をかたちづくっている。
子どもたちには、もう大発見なんですね。
このマグリットの作品も、
遠くから見ると、穴が空いているように。

ルネ・マグリット《真実の井戸》1963年 富山県美術館像 ルネ・マグリット《真実の井戸》1963年 富山県美術館像

──
あ、見えますね! 
ズボンの暗色が鍵穴みたいに見えました。
作品名も《真実の井戸》なんですね。
麻生
近くで見るとパンツと革靴とわかります。
ごく日常的なものを描いて、
絶対ありえない風景を生み出しています。
当館では、いまは展示してないんですが、
この絵の「彫刻」も所蔵してまして、
絵と彫刻を
一緒に並べて展示することもあるんです。
──
この足の彫刻があるんですか。へえ‥‥。
麻生
そして、メレット・オッペンハイム。
ベルリンに生まれ、スイスを中心に活躍した女性作家です。
これも「トライアローグ」に出品されていたかも。
──
はい、リスさん。横浜でお会いしました。
ビールジョッキと
人口の毛皮でつくられているんですよね。
そのとき教えてもらったんですが
ぜんぶで「100個」つくられたうちの、
こちらのリスさんと、
横浜美術館さんが所蔵してるリスさんが、
並んで展示されていました。
麻生
大量生産品から新たなイメージを想像させる作品で、
まったく無関係の毛皮とジョッキ、
ふたつをあわせてリス‥‥って、
可笑しいし、かわいいですよね。
──
はい。こうして一匹でもかわいいですが、
ああして二匹ならぶと、かわいさも倍に。
ちなみにそのとき、
横浜さんに「見分けかた」を聞きまして。
麻生
えっ、本当ですか?
しっぽが少しフワフワしてるのが、うち?
──
ええっとですね、
もちろん毛並みでも判断できるんだけど、
どちらかのビールジョッキに、
ちっちゃい虫さんのご遺骸が入って‥‥。
麻生
ええ~! ちょっと、やめてください!
──
ご安心ください‥‥と言うべきなのか、
それは横浜さんのほうのリスさんでした。
麻生
ああー、そうなんですか(笑)。
富山は、ちょっとフワフワしてるんです。
ちなみに、このオッペンハイムさんって、
20世紀美術における貴重な女性作家。
当館では
20世紀美術を軸に集めてきましたけど、
これまで、
女性作家はそれほど多くなかったんです。
──
その問題意識は、
今どの美術館さんでも共有されていますね。
女性作家に、
もっと積極的に注目していきたい‥‥と。
麻生
そうなんです。
当館でも、そこはこれからの課題ですね。
──
そして、ウォーホルの《マリリン》。
この作品はもう、
20世紀美術ではあまりに有名というか。
麻生
はい。こちらは版画の作品ですけれども、
つい最近、同じマリリンを描いた
ウォーホルの肖像画が、
20世紀の美術作品としては
ピカソの《アルジェの女たち》を抜いて、
史上最高額で落札されていましたね。
──
え、それはいったいおいくらで‥‥。
麻生
253億円、とかだったと思います。
落札されたのは版画じゃなく、
キャンバスにシルクスクリーンを施したペインティングで、
さらに「いわくつき」で、
ウォーホルのアトリエにアーティストが押し入って、
積み重ねられていた作品にピストルを撃った事件があり、
それらの作品《ショット・マリリン》のうちの1点でした。
──
おお‥‥!
麻生
そういった「物語」があるので、
とりわけ高い値段がついています。
そして、ジョージ・シーガルです。
ウォーホルより少し年上、アメリカの作家です。
ポップアートは
日常を題材にすることが多いんですけれど、
このシーガルの作品が表現するのも、
夜の街角に立ってる、少し疲れた感じの女の人。
作品名は《戸口によりかかる娘》です。

ジョージ・シーガル《戸口によりかかる娘》1971年 富山県美術館蔵
© The George and Helen Segal Foundation/VAGA at ARS, NY/AR, Tokyo 2022  G2915 ジョージ・シーガル《戸口によりかかる娘》1971年 富山県美術館蔵
© The George and Helen Segal Foundation/VAGA at ARS, NY/AR, Tokyo 2022 G2915

──
どこか、さみしげな‥‥。
麻生
これ、「石膏」でできているんです。
──
え、ギプスとかの?
麻生
そうなんです。
シーガルさん、思いついちゃったらしくて。
立体表現とか、彫刻って言うけど、
人体のかたちから直接型を取る医療用包帯を使って、
石膏で取っちゃえばいいんだと。
──
はああ‥‥手びねりで、とかじゃなくて。
麻生
そう。それまでの「彫刻」は、
ひとつひとつ粘土でつくったり、
木や石を削ったりしたんですが、
直接、人の体を型取りしてつくろうと。
そしたら、それはもう
リアルにつくれるに決まってるわけですが、
当時、その方法はタブー視されていたんですよ。
「そんなものは彫刻じゃない」って。
──
何となく、その意見もわかりますが。
麻生
舟越さんのときにも言いましたが、
彫刻って、ちょっと高い位置にありました。
だいたいが「理想の像」なので
勇ましい場面で、カッコよくて、
実物よりも大きめにつくられているんです。
でも、この作品は、等身大の大きさで、
疲れた女性と夜の街、日常にある世界を表現しています。
こういう作品は、
当時、ものすごく話題となり、衝撃を与えました。
──
えっと、洋服の上から型取りしたんですか。
この人、スカート穿いてますし。
それが、なんだか違和感を感じた理由かも。
麻生
そうなんです。
彼の石膏彫刻はだいたい洋服を着ています。
理想像を追求していたアートが、
日常の姿を表現するようになったんですね。
ウォーホルは
デザインからアートへ接近していった人で、
誰でも知ってる
マリリン・モンローの写真をもとにして
シルクスクリーンで大量に複製し、
当時の「美術とは」という
人々の常識をアッと驚かせたわけですけど、
シーガルも、その系譜上にある作家です。
──
この取材をしていると実感するんですけど、
とくに20世紀以降って、
作品をつくる際の工夫だとか手法ごと作品、
みたいな感じになっていきますよね。
石膏だったり、大量複製だったり、
シュルレアリスムなんかまさにそうですし、
具体の白髪さんは足で描いてみたり。
麻生
そうですね。発見していく、というか。
今回は出ていませんが、
デュシャンの存在が大きかったと思います。
アイディアをアートにしたという意味では。
──
便器を倒して「《泉》です」と。
麻生
そう、絵を描くだとか彫刻をつくるだとか、
ようするに、
時間をかけてかたちにするだけじゃなくて、
アイディアそのものがアートなんだ、と。
クリストのような作家も、まさにそうですよね。
──
何しろ「梱包」ですものね。
麻生
クリストの「梱包」によって、
これまで見えていた、日常の世界が一変してしまう。
自分の好きなものや、
自分が見たいものを表現すればいいんだ‥‥って、
芸術そのものに対する
つくり手の意識が変わってきたんでしょう。
──
なるほど。芸術とはこういうものである‥‥
という「基準」が
自分以外のところにあった時代から。
麻生
こちらのフォンタナもおもしろいですね。
そういう意味では。
──
大原美術館さんで「赤」を見ました。
麻生
フォンタナは建築、彫刻を学んだ人ですが、
絵画の概念を変えた人です。
この絵画作品、
表面にナイフで切ったような跡がありますが、
ただ単に切っているだけじゃない。
作品の後ろ側に、
黒いテープを貼って手を入れてるんです。
つまり、「切り傷」が
こう見えるように加工してるんですよね。
──
なるほど‥‥はじめて現物を見たときに、
傷が生々しいというか、
すごく痛そうな傷だなあと思ったんです。
本の図版や写真で見ていただけのときは、
そう思わなかったんですが。
そうやって
見え方をコントロールしていたんですね。
麻生
そうなんです。
だからこそ「切っただけ」の作品なのに、
そこに「何か」を感じるし、
当たり前のことなんですが、
絵画という平面も
まわりの空間があって、立体なんだと。
まるで、宇宙のようにも思えてくる。
だから、見ていて飽きないんだと思います。

(つづきます)

2022-07-12-TUE

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  • 開館5周年記念「ミロ展ー日本を夢みて」 7月16日(土)からスタート!

    「ミロ展ー日本を夢みて」

    東京、愛知と巡回し大盛況だった
    「ミロ展ー日本を夢みて」が
    7月16日(土)より、
    いよいよ富山県美術館へやってきます。
    世界ではじめて、
    本国スペインよりも早く
    ミロの本を書いた
    瀧口修造さんゆかりの地・富山で、
    大人気だった展覧会をしめくくります。
    親日家だったミロと日本の関係に
    注目した展覧会には、
    スペインやニューヨークなど世界から
    ミロ作品が集結します。
    詳しいことは展覧会の公式ページで。