特別展には、大勢の人が集まりますね。
さまざまな切り口で、
国内外から美術作品を集めてきては、
おもしろく見せてくれるから。
でも、常設展に並んだ所蔵作品にこそ、
その美術館の個性が出るもの。
日本の国宝が迎えてくれるし、
パリへ行かずとも、ピカソに会えるし。
そこで、各館の常設展示をめぐって
所蔵する作品を見せていただく、
何とも贅沢なシリーズを、はじめます。
まずは、日本のミュージアムの起源、
上野の東京国立博物館さん。
記念すべきシリーズ第1弾なので、
和田ラヂヲ先生とうかがってきました。
お話をしてくださったのは、
東博の竹之内勝典さん、
伊藤信二さん、河野正訓さんです。
ラヂヲ先生の手には、
万が一に備えて(?)スケッチブック。
準備は万端。
担当はほぼ日奥野です。お楽しみあれ!

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第3回 自在置物、蟹・亀・鷹・龍。

竹之内
ここ、本館16室の入り口では、
当館の歴史を、パネルで展示しております。
明治5年、ウィーン万博に出品するために、
日本国内のさまざまな作品を
御茶ノ水の旧湯島聖堂に収集したんです。
それが、日本の博物館の起源になるんです。
ラヂヲ
つまり、東博さんがおおもとなんですか。
竹之内
そうなんです。
当館は日本中の博物館の起源にあたります。
国立科学博物館や国立国会図書館、
そういった施設も、
当館から作品をわけて誕生しております。
──
そうなんですか。国会図書館まで。
はー、知らなかった。
竹之内
その後、現在の帝国ホテルや、
みずほ銀行の本店がある場所へ移転しまして。
そして、最終的に明治15年、今の場所に。
ジョサイア・コンドルという
イギリス人の建築家の方が手がけられました。

──
教科書で、お見かけしました。コンドルさん。
竹之内
そのコンドルさんのお弟子さんが、
先ほどの表慶館をつくった片山東熊さんです。
──
なるほど、そういうご関係。
あちらには古そうな地図がありますね。
竹之内
伊能忠敬による日本地図、関東版です。
現在の日本地図と比べても、
ほとんど、誤差のないのがすごいです。
原本は焼失してしまったんですけれど、
伊能忠敬とその関係者が
さまざまな機会に作成した副本が
伝来しています。
原本といっても過言ではない重要文化材です。
ラヂヲ
何でこんなことができたんだろうなあ。
──
本当ですね。今みたいな測量機器もなければ、
人工衛星も飛んでない時代に。
ラヂヲ
言ってみれば歩き回っただけでしょう。
グーグルマップならぬ伊能マップだよ。
すごいよね。

竹之内
続きましてこちら、本館13室からは
金工の展示が続きますので、
専門研究員の伊藤に説明していただきます。
一同
よろしくお願いします!
伊藤
いま、収蔵庫の引っ越しの最中でして、
こんな格好ですみません。
──
いえいえ、とんでもございません。
お忙しいなか、ありがとうございます。
伊藤
金工とは、金属で作られた工芸品です。
非常にいろいろな作品があります。
素材も多様で、
金、銀、銅、鉄、それらの合金‥‥と。
用途もさまざまですが、
1年の間にいくつかテーマを区切って、
作品を提示しています。
──
現在は‥‥。
伊藤
江戸時代以降に発達した、
繊細な、あるいは写実的につくられた
金属工芸品の作品群です。
ラヂヲ
ああ、カニがいるなあ。亀もいるなあ。
何かみんな、本物みたい。

──
すごい技術。手わざの極地なんでしょうね。
伊藤
技術と同様、表現力の高さも極限的です。
動植物のリアルな造形というスタイルが
江戸中後期から一気に発達していきます。
こちらの鳥なんかも非常にリアルですよね。

明珍清春作 自在鷹置物 江戸時代・18~19世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp) 明珍清春作 自在鷹置物 江戸時代・18~19世紀 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

──
腕の見せどころだったんでしょうね。
なんかもう、こういう羽根の造形ですとか。
伊藤
金工作家の本領が発揮されたのが、
そうした、リアルで繊細な表現の部分です。
かんざしなどは、
金銀を使ってつくる「飾り」という技法が
主流だったんですが、
これら「花車置物」「花籠形釣香炉」には、
そうした技術と素材が生かされています。

花車置物 江戸時代・19世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp) 花車置物 江戸時代・19世紀 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

──
ひゃー、なんかもう、葉っぱが。
伊藤
一方こちら「亀文鎮」や「蟹水滴」、
「鶉香炉」などは、
「鋳造」にってつくられた作品です。

津村亀女作 鶉香炉 江戸時代・18~19世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp) 津村亀女作 鶉香炉 江戸時代・18~19世紀 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

ラヂヲ
なるほど。鋳型で。
伊藤
他に、叩いてつくる「鍛造」もあります。
──
技法も多様なんですね。
ラヂヲ
あ、ちなみにこれ、羽根が動くんですか。
伊藤
はい、いわゆる「自在置物」なので。
鉄で造られていて、リアルなだけでなく、
部分部分を動かせるのが特徴です。
この鳥なんかは
羽根をバタバタと動かせますし。
尾羽を引っ張ったら、パタッと閉じます。

明珍清春作 自在鷹置物 江戸時代・18~19世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp) 明珍清春作 自在鷹置物 江戸時代・18~19世紀 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

──
そんな、からくり仕掛け。
ラヂヲ
これ、頭も動きそうだよ。
伊藤
はい。動きますよ、頭も。
足の先まで、よく動きます。自由自在に。
──
おもしろーい。おもちゃなんですかね。
伊藤
どう使っていたかは、
ちょっとよくわかんないんですけれど、
江戸時代当時は、
自在置物を「文鎮」として
使っていたという記録も、あるんです。
──
これが、文鎮‥‥?
伊藤
この作品の場合は、ちがうと思います。
やはり、主には鑑賞用なんでしょうね。
ラヂヲ
気分によって羽根のかたちを変えたり。
伊藤
そうですね。
こちらが、自在の金字塔的な作品です。
──
おお、ドラゴン。金字塔。

明珍宗察作 自在龍置物 江戸時代・正徳3年(1713)
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp) 明珍宗察作 自在龍置物 江戸時代・正徳3年(1713) 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

ラヂヲ
昔の東宝映画で「マンダ」っていたなあ。
伊藤
この「鍛造」の「自在龍置物」は
江戸時代に活躍した
明珍宗察(みょうちんむねあきら)の、
正徳3年、1713年の作品。
甲冑(かっちゅう)を専門に制作する
工人だったんですけれど。
──
もともと武具をつくる人だった。
伊藤
今のところ、
きちんと来歴が確認されている作品中、
最古のものです。
このあたりから、
自在置物はつくりはじめられるんです。
──
そういう意味で嚆矢であり、金字塔。
伊藤
実際、ものすごく出来がいいんですよ。
バランスもプロポーションも最高。
明治に入ってから、
同じようなものがつくられるんですが、
個人的には、
これがいちばんカッコいいと思います。

──
たしかに
武器っぽいカッコよさがありますね。
伊藤
甲冑のパーツをつくる技術と素材を、
注ぎ込んでいるんです。
鉄の鍛造というのは、
甲冑師の本領が発揮される技法なので。
鉄の加工ってすごく難しいし、
時間はかかるんですが、
パーツパーツが、すごく薄いんですよ。
和田
ほんと。木の皮みたいに見える。

──
それをこれだけ打ち出してるから、
とんでもない技術なんでしょうね。
あの、ちなみになんですが、
これって「仕事」だったんですか。
伊藤
そこがよくわかっていないんですけど、
わたし個人としては、
仕事ではないんじゃないかと思います。
──
じゃ、趣味。
伊藤
どうなんでしょうね‥‥。
ラヂヲ
とにかく、すごい「熱量」だよね。
伊藤
はい、本当にすごいものです。
この龍は、明珍が
31歳のときにつくったんですけれど、
「武州神田に住」とあって、
東京の神田に住んでいたようですね。
お師匠さんも甲冑師で、
同じように
写実的な動物をつくっていたそうです。
──
そんな腕っこきの職人さんたちが、
天下泰平の平和な時代に、
武具のニーズがなくなっちゃったんで、
ごぞって‥‥。
伊藤
こういうものを、つくっていたんです。

(つづきます)

2021-01-28-THU

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  • 常設展へ行こう!

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