いつもお世話になっているPARCOさんから
「JAXAさんと、何かやりません?」
と、うれしいお誘いをいただきました。
そこで、わたしたちの生活に
とーっても重要な役割を果たしているけど、
「地味で、激シブで、どマイナーな」
(JAXAさん曰くです)
「地球観測衛星」について、
特集を組ませていただくことにしました。
これまで、南米・仏領ギアナの
熱帯雨林のど真ん中から、
大型ロケット発射の生中継をしたり、
宇宙飛行士さんの話をうかがったりしてきた
われわれ「ほぼ日」ですが、
「地味・激シブ・どマイナー」と言われる
地球観測衛星の話も、まったく同じく
おもしろく、胸がワクワクするものでした。
全4本のインタビューに、途中、
アニメ「ガンダム」シリーズを手掛ける
サンライズの小形尚弘プロデューサーと
JAXAさんとの特別対談もあります!
まずは「地球観測衛星の開発」篇から。
担当は「ほぼ日」奥野です。さあ、どうぞ。

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第1回 入社10年目で「衛星指揮官」に。

──
ぼくたち『ほぼ日刊イトイ新聞』では、
これまで
たびたび宇宙関連コンテンツをやってきました。
たとえば、種子島から、
日本の誇る「Hー2Bロケット」の打ち上げを
インターネット中継したりとか‥‥。
安部
おお(笑)。
──
あるいは、ブラジルのお隣にある仏領ギアナへ
2泊5日というおかしな日程で行き、
熱帯雨林のど真ん中にあるロケットの射点から、
アリアン5という
どデカい欧州製ロケットが飛んでいくさまを、
森の中で何の電波も飛んでなかったので、
人工衛星の電波をお借りして、
またまたインターネット中継したりとか‥‥。

2011年、仏領ギアナで撮影したロケット発射の瞬間。 2011年、仏領ギアナで撮影したロケット発射の瞬間。

安部
上(=宇宙)を使ったんですか?
──
当時、三菱電機さんのご協力で、
国際宇宙ステーションに物資を運ぶ宇宙の補給機
「こうのとり2号機」の取材をしていたんです。
安部
こうのとりって、つまり「HTV」ですね。
──
その流れで、
先日ウクライナで悲しくも破壊された
世界最大の輸送機
アントノフ225(通称ムリーヤ)の
量産機体An-124通称ルスラーンに乗せられ
中部国際空港セントレアから
仏領ギアナへ飛んでいった人工衛星が
深い森の中の射点から打ち上げられるところも
中継させていただいたんです。
そのときに、何かもう‥‥
ロケットって本当に人間が上げているのか、と。

三菱電機さんの人工衛星がAn-124に積み(呑み)込まれるようすも拝見。2011年。 三菱電機さんの人工衛星がAn-124に積み(呑み)込まれるようすも拝見。2011年。

安部
なるほど。

JAXAの安部さん JAXAの安部さん

──
あの轟音、衝撃波、直視できないほどの閃光、
超巨大な物体が、
地球の重力に全力でケンカを売って飛んでいく、
その光景全体は、
まるで、人智の及ばない存在が、
遠い宇宙へと飛び去って行くかのようでした。
安部
そういう意味では、今回インタビューいただく
われわれの地球観測衛星の話は、
正直言いまして、地味で、かなりシブいんです。
「どマイナー」です。
──
地味。シブ。どマイナー。
何も、そこまで言わなくたって‥‥。
安部
以前、認知度調査をやってみたんです、
自分たちで調査会社にお願いして。
わたしが「GOSAT-2」という観測衛星に
携わっているときに調べたら、
3パーかそこらだったんです、
地球観測衛星たちの知名度が。
初号機である「GOSAT」の愛称は
「いぶき」って言うんですけど、誰も知らない 。
他にも「だいち」だとか「しずく」だとか‥‥。

「だいち3号」(ALOS-3)©JAXA 「だいち3号」(ALOS-3)©JAXA

──
たしかに、はじめまして‥‥。
安部
他方で、小惑星探査機「はやぶさ」の認知度は
「65パー」だとか、
気象衛星「ひまわり」なんかですと、
「70パー」を超えてくるんです。
なので、今日のお話は、
通好みと言えば、そうとも言えるのですが‥‥。
──
いや、めちゃくちゃおもしろそうです。
地球観測衛星の開発や運用の話はどうですかと、
お話をいただいた瞬間に「是非」と。
あまり知られてないからこそ、おもしろい。
安部さん、さっそくたっぷり聞かせてください。
安部
本当ですか。ありがとうございます!
──
でも、ただの宇宙好きの素人ですんで、
まずは「地球観測衛星」とは何ぞや‥‥という、
基本の「き」からお願いできれば、と。
安部
わかりました。宇宙まわりのトピックについて、
きっと多くの方がご存知なのは、
宇宙飛行士とか、いま出た「はやぶさ」とか。
──
ええ、華とか夢がありますよね。
将来的に日本人が月に行く計画もあるそうだし。
安部
でも、その影で、
地球を見る、観測するための人工衛星を、
われわれJAXAは、
80年代から、飛ばしてきているんです。
──
おお。
安部
日本初の地球観測衛星は、「もも1号」。
──
もも1号。すみません、はじめまして‥‥。

海洋観測衛星1号「もも1号」MOS-1(想像図)©JAXA 海洋観測衛星1号「もも1号」MOS-1(想像図)©JAXA

安部
いいんです。1987年に打上げられました。
いま「夢」というワードが出ましたけど。
地球観測衛星は、
徹底的に地球の現実を見続けてきました。
──
現実。
安部
宇宙から地球を見て、
たとえば、温室効果ガスなどを観測して、
気候変動への対応や、
防災に役立てるための
さまざまなデータを取っているんですね。
つまり、じつは、わたしたちの実生活に
いちばん近くに寄り添っているのが、
地球観測衛星だとも言えると思うんです。
──
宇宙から地球を見てみると、
地球上で観測するより、いいことがある?
安部
やっぱり、高いところから俯瞰する場合、
広範囲な観測が可能となりますし。
──
宇宙から地球を見るって発想は、
なんかもう、とんでもないと思うんです。
それを最初にやってみようぜと思うのが、
まず、ものすごいことですよね。
きっと、アメリカとかなんでしょうけど。
安部
本当に。あんなロケットまで開発して。
──
ロケットをつくって人工衛星を乗っけて、
宇宙まで連れて行って、
軌道に乗せてしまえば
あとは地球のまわりをグルグル回るって、
計算上というか、
理論的にはわかってたかもしれないけど、
はじめてのときは、
「やってみなきゃわかんないことだらけ」
なわけじゃないですか。
安部
そうですね。
しかも、進化は、さらに加速しています。
わたしがJAXAに入った2009年には、
ベンチャー企業の衛星などは
ほとんど飛んでなかったと思いますけど、
いまはスペースXのスターリンクはじめ、
民間衛星がどんどん打上げられています。
──
競争が激しくなってきているわけですね。
そのなかで日本の現在地は、どのような。
安部
第2次世界大戦後、日本は、連合国から、
10年くらいの間、
航空宇宙の開発を禁止されていたんです。
そこで一気に
世界との差がついてしまったんですけれど、
追いつけ追い越せと、
わたしたちの先輩方が必死に努力されて、
いまでは
地球観測衛星の分野に関しては、
世界でも、トップクラスに入っていますね。

(左から)安部さん、丹羽さん、下村さん。 (左から)安部さん、丹羽さん、下村さん。

──
わあ、すごい。
安部
ですので現在は世界の航空宇宙関係者と、
協力しつつ、競争しつつ‥‥という段階。
──
そのなかで安部さんは、
どのようなお仕事をなさっているんですか。
安部
はい、2009年にJAXAに入社しましたが、
入社3年目くらいに、
先ほども話に出た「GOSAT-2」という、
地球の温室効果ガスを測定するための
人工衛星プロジェクトに配属されました。
幸せなことに、
プロジェクトの立ち上げのところから、
衛星の開発、打ち上げ、
最終的には「定常移行」まで見届け、
足かけ6年間ほど携わることができました。
いまは
新しい人工衛星プロジェクトを考えようと、
そういうセクションにいます。
──
新しい人工衛星を考えるというのは、
つまり「地球の何を見るかを考える」、と。
安部
どんなことをすれば世の中の役に立つのか、
さらには、そのミッションを
人工衛星を使って実現するとしたら、
どうすればいいかということを考えてます。
──
その「GOSAT-2」の6年間では、
具体的にはどういうことをしてたんですか。
安部
プロジェクトを立ち上げ、
実際の人工衛星の製造を
どのメーカーさんにお願いするか検討して、
契約を結んで、
実際の衛星の開発については
メーカーさんが設計製造責任を持ちますが、
われわれは、完成まで
ずっと横にいて、伴走をしていました。
そして、わたしは、最終的には
打ち上げの際の衛星指揮官をつとめました。
──
衛星指揮官?
安部
ロケットを打ち上げるときに、
人工衛星の管制指揮をするんですけれども、
そのとき、衛星の運用に対して
一瞬だけ全権を握る人が、衛星指揮官です。
──
全権‥‥! ‥‥かっこいい。
安部
それは、何かあったときに、
すべて対応しなければならないポジション。
とくに地球を回る地球観測衛星というのは、
静止衛星と違って、
いつも通信できるわけではありません。
地球を一周するあいだ、
何回か通信できるタイミングがあるのですが、
いずれも 10分くらいしか
アンテナで捉えられないんです。
だから、もしも、何かが起こったとしたら、
その10分で対処しきらないと、
次に見えてくるまでに、
またしばらく時間がかかってしまうんです。
──
時間との戦いでもある。映画になりそう!
安部
最悪、次に見えて来るまでの間に、
衛星が壊れてしまったりする可能性もある。
そういった異常事態への対応なども含めて、
すべてを指揮する役割なので、
あの仕事は‥‥やっぱり、しびれましたね。
──
それは、入社して何年目だったんですか。
安部
2018年‥‥入社10年めのことでした。

(つづきます)

2022-09-13-TUE

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