JAXAの「地球観測衛星」のことを
いろいろ教えていただく連載、第5弾です。
衛星の「開発篇」から
前回の「パラボラアンテナ篇」と、
徐々に深い領域へと踏み込んできましたが、
今回は「周波数調整篇」です。
何それ? ‥‥と思った方、多いですよね。
人工衛星って、他の人工衛星と
電波の周波数がバッティングしないように、
事前に「調整」するらしいんですよ。
案内人のJAXA安部さんいわく
「これ以上、マニアックな宇宙の取材も
そんなにはないかも」とのこと。
もちろんこちらには何の知識もありません。
ICレコーダーだけを手に、
裸一貫でぶつかってきました。
人工衛星の周波数調整とは、いったい何か。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第4回 地球の「物理量」を見ることで 宇宙の「企画」を考える。

──
稲岡さんの周波数調整の旅は、
もう半分くらいまできてるんですか。
稲岡
ITU(国際電気通信連合)に
先日、資料を提出したところなんで、
これから
本格的な調整がはじまる感じですね。
──
つくるのがめっちゃ大変だっていう、
その資料を、お出しになった。
稲岡
ただ、提出したあとの「半年間」が、
世界中の宇宙機関から、
クレームを受け付ける期間なんです。
その間に‥‥いくつ来るか、ですね。
──
来なくてラッキー、みたいなことは。
安部
ないですね。無傷はありえないです。
衛星だけじゃなくて、
ロケットや、地上の無線設備からも
クレームが来ますから。
「あなたがこの電波を使ったら、
わたしたちの業務が、妨害されます」
みたいなクレームが。

温室効果ガス観測技術衛星「いぶき(GOSAT)」表示パネル ©JAXA 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき(GOSAT)」表示パネル ©JAXA

──
ウォッチしている人が必ずいるんだ。
見えない電波を。
安部
各事業者に、
必ず「見てる人」がいると思います。
じゃないと、
自分たちの電波の権益を守れません。
稲岡
2週間にいっぺん上がってくる
ITUに申請の上がった衛星の一覧を
チェックしてるんでしょうね。
──
目を皿のようにして‥‥なるほど。
おふたりは、入社のときから、
こういう仕事があるんだってことを、
ご存知だった‥‥んですか。
稲岡
ははは。知らないですね(笑)。
安部
知ってる人は‥‥(笑)。
──
いない?
安部
いや、いるかもしれないけど、
少なくともぼくは知りませんでした。
最初のプロジェクトに配属されたとき、
自分の業務分担のところに
「周波数」って書いてあったんですよ。
──
「これ、どういうことかな」と?
安部
そうです。で、先輩方に話を聞いたら
「ヤバい、こりゃ大変だ!」って。
黙っていても誰も教えくれませんから、
先任の方のところへ聞きに行って。
「教えてください、教えてください」
という感じで、何とかやっていました。
──
そのようなお役目を、
今回「やってね」と言われた稲岡さん、
いかが思われましたか。
稲岡
えっと‥‥なんか‥‥
オレがやるのかあ‥‥というか(笑)。

H-IIAロケット15号機 「いぶき」(GOSAT)打ち上げ時の追跡運用室の様子 ©JAXA H-IIAロケット15号機 「いぶき」(GOSAT)打ち上げ時の追跡運用室の様子 ©JAXA

──
ふふふ。
稲岡
でも、まあ、自分は通信系だったので、
周囲を見渡してみても‥‥。
──
自分かな、と?
稲岡
はい、妥当な人選だなと(笑)。
安部
なかなか‥‥というか、
「俺は周波数の調整がやりたいんだ!」
と言う人って、正直いないんです。
稲岡
聞いたことないです。周波数については。
安部
周波数をやっていない人たちから見ると、
周波数の調整って、
よくわからない仕事だと思うんですよ。
進捗状況も、なかなか見えづらいですし。
そのくせ、直前になって
免許の取得が遅れますとかになった場合、
打ち上げを延期しなきゃならないくらい、
責任重大な任務なんです。
──
まさしく縁の下から
ロケットのおしりを持ち上げる的な。
安部
わたしは人工衛星のプロジェクトや
いろんな新しいミッションを考えたいな、
電気システムもおもしろそう‥‥
とかって思ってたところ、
衛星プロジェクトに配属されたんですが、
こんな仕事もあったのか、と。
稲岡
これだけに専念できるなら別ですが、
いや、専念したいわけでもないんですが、
他にもいろいろありますし‥‥。
──
え、周波数の調整以外にも、お仕事が?
安部
ありますよ。周波数は、
すべての業務の中で割合が低いほうです。
──
そうなんですか! 周波数調整はサブ!
安部
サブ‥‥まあ、稲岡さんなんかで言えば、
AMSR(アムサー)3という
衛星の心臓部、センサーの主担当ですし。
そっちのほうがメインの仕事なんですよ。
──
そうだったんですか。
稲岡
そうだったんです(笑)。
安部
「周波数の調整専門の男」じゃなく、
「周波数の調整もやってる男」です。
──
そんな‥‥見えない電波をめぐって、
メールを1年も返してこないような、
全世界の
ミスター周波数みたいな猛者たちと
たったひとりで対峙して、
試験に落ちたら自腹になっちゃって、
免許が取れなかったら
衛星を打ち上げられないほどなのに、
メインの仕事じゃなかったんですか。

温室効果ガス観測技術衛星「いぶき(GOSAT)」温室効果ガスセンサ ©JAXA 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき(GOSAT)」温室効果ガスセンサ ©JAXA

稲岡
まあ、もちろん大切な業務ですけど、
おっしゃるとおり、
何が「メイン」かといえば、
人工衛星の心臓部の開発のほうです。
──
じゃ、そっちのメインのお仕事って、
具体的にはどういうことなんですか。
稲岡
これから周波数を調整する
温室効果ガス・水循環観測技術衛星
GOSAT-GWの「W」、
つまり「ウォーターサイクル」の
電波センサーの開発を担当してます。
それがいちばんの業務で、
プラス衛星の通信システムの担当と
周波数調整、
あともうひとつ併任で
すでに打ち上がっている衛星の
運用に関する仕事もしています。
──
じゃあ、打ち上げに向けて、
センサーの開発も、周波数の調整も。
稲岡
どっちもいま、佳境です。
──
周波数も佳境、センサーも佳境‥‥
佳境が重なって大変ですね。
稲岡
佳境は重なりがちですよね。ははは。
──
ひとつの衛星のプロジェクトには、
何人くらいいらっしゃるんですか。
稲岡
プロジェクトチームのメンバーで、
いまは14人ですね。
──
えっ、そんな少人数なんですか。
安部
立ち上がりはもっと少ないですよ。
ほんの数人で立ち上げて、
だんだん人が増えてくる感じです。
──
ひとつの地球観測衛星を開発して
飛ばすのに、そんな少人数ですか。
稲岡
もちろん、まわりには
実際にセンサーをつくってくださる
メーカーさんもいれば、
センサーから降りてきたデータを
研究とかするチームもいるんですが、
プロジェクトとして
中心になって回している人数は、
10人とか、それくらいなものですね。
──
地球観測衛星で、次は、何をやろう、
とかって
いつも考えていると思うんですが、
そこのところに、
ぼくは、けっこう興味があるんです。
それって、つまり「企画」ですよね。
ぼくらで言うところの。
予算とか時間とか人員をつぎこんで、
「次、何をするか」という。
安部
ええ。
──
そのコアの部分も、その数人で‏?
安部
そういうこともありますし、
JAXAの研究部門からアイディアが出たり、
地球科学の研究者からの提言や、
あるいは、行政から要望もあるんです。
そうやって、JAXA全体が
「官」や「学」と協力・協働しながら
何か新しいことをやろうと
考えていることが多いかもしれません。
──
なるほど。
安部
まさにぼくもいま、
新しいミッションを検討してるんですが、
時間にも予算にも限りがありますし、
「できることと、やる価値のあること」、
そこを両立できる企画を探ってます。
──
安部さんは
以前、広告の技術を学ぶ学校にも
通っていたって言ってましたけど、
それもつまり、
宇宙の企画を提案するためにですか。
安部
そうですね。
以前から、地球に関係する人工衛星で
新事業を創りたいなと
思っていたので、
人々の役に立つ衛星を企画する力、
どんな競争力を持っているのかを分析する力、
支援を得るために
関係者へわかりやすく伝える力がなかったら、
企画も通らないだろうと思ったんです。
──
地球観測衛星って、基本的には
「地球を見ている」わけですけども、
そこにはまだまだ、
未開拓の分野だとか新しい視点、
企画の種みたいのがあるわけですか。
安部
それを探すのが、難しいっす。
稲岡
まあ、センサーとして見れば、
あらかた出たような気はしますけど。
どんな物理量に注目するか、ですね。
──
物理量。
安部
はい、地球観測衛星で
ある物理量を「見る」ことで、
新たに何ができるか、
どんなふうに役立てられるか‥‥を
考えるんです。
たとえば、風の速度や密度を見て、
飛行機の最適な経路を見つけ出して、
燃費の向上に貢献しよう‥‥
みたいな、
そういうことを考えてる人もいます。
──
物理量を見て企画を考える‥‥って、
ぼくらの企画の立て方と
ぜんぜんちがっておもしろいなあ(笑)。
でも「人々の役に立つ」というのは、
ひとつ重要な視点なんでしょうね。
稲岡
重要ですね。
ぼくらは、役に立つことがやりたいし、
国民のみなさんの税金で
活動しているという意味でも。
──
先日、対談していただいたガンダムさんや、
ソニーさんタカラトミーさんとも
コラボしてますが、
人々に宇宙や地球を楽しんでもらう、
そういう役の立ち方もありますもんね。
安部
はい、そう思います。
たしか、ソニーさんのとコラボでは、
好きなポイントで
衛星写真が撮れるというエンタメサービスを
提供しようとしているみたいです。
──
おもしろそうですよね。
安部
ぼくたちとしても、さまざまな人たち、
とくにこれからは
「産」の人たちと積極的に協力して、
おもしろくて役に立つ
サービスやコンテンツを
発信していきたいなあと思っています。
──
なるほど、なるほど。
もうお時間もアレですが、
稲岡さんがいま調整している衛星って、
打ち上がるのが‥‥。
稲岡
24年度中の予定です。
──
みごと打ち上がることを、祈ってます。
メディアで報道されますよね、きっと。
稲岡
たぶん。ぶじに打ち上がれば。
──
そのニュースを見たときには、
ああ、稲岡さん、
世界中の宇宙の猛者たちを向うに回し
周波数の調整を
みごとやり切ったんだな‥‥と、
心の中で、拍手を贈りたいと思います。
稲岡
ありがとうございます。
──
免許もちゃんと取れたんだなと(笑)。
稲岡
ははは、はい。がんばります(笑)。

(おわります)

2023-03-03-FRI

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