──

映画を手伝わないかというお話は、
どうやって来たんですか。

倉岡

映画撮影前年の１９８４年の秋に、
ギアナ高地にある
「エンジェルフォール」っていう
世界最大の滝を、登ったんです。

──

ええ。

倉岡

１０００メートルあるんですけど、
その滝。

──

１０００メートル‥‥。
東京タワー３本分ってことですか。

そんな滝を「登る」んですか。

倉岡

はい、テレビの企画に、
クライマーとして参加したんです。

で、そのときのカメラマンが、
阿久津悦夫さん、という人でした。

──

ええ。有名な方。

倉岡

はい。

阿久津さんは、山にも強い人で、
植村直己さんが
冬のアコンカグアを
単独初登頂したとき、
そのようすを
頂上から撮っているような人で。

──

おお。

倉岡

その阿久津さんから、
「こんど映画の撮影があるんだけど」
って誘われたんです。

植村さんが遭難した直後なので、
捜索も兼ねて‥‥
ということだったので、
自分もぜひ行かせてくださいと。

──

撮影は、植村さんが
マッキンリーで
消息不明になられた年の、翌年。

倉岡

そう、１９８５年です。

その年の２月から４カ月かけて、
マッキンリーで撮りました。

──

どうでしたか、参加してみて。

倉岡

２月のアラスカって、真っ白で。
太陽が出ないんですよね。

でも、いちばん寒いのは、４月。
頂上ではマイナス６０度くらい。
オーロラが本当にきれいでした。
ベースキャンプにいると、
毎日夜中の１時半に出るんです。

──

時間が、決まってるんですか。

倉岡

だいたい、それくらいでした。

で、ぼく自身も、
だいたいそれくらいの時間に
おしっこしたくなるんで、
テントの外に出ていくと、
目の前というか、
空一面に、
大きな竜のようなオーロラが。

──

どういう気持ちになりますか。
実際のオーロラを見ると。

倉岡

畏怖‥‥っていうんですかね。

オーロラって
何かカーテンみたいな感じで
ゆらゆらしてるイメージが
あると思うんですが、
ぼくが見たのは、
空全体がオーロラなんですよ。

──

空全体‥‥。

倉岡

で、ずーっと見てると、
空全体を覆っていたオーロラが
だんだん動きはじめる。

その動きがどんどん速くなって、
最後には消えていくって感じ。

──

空全体を覆うほどの巨大ものが、
動き出して、
どんどんスピードを上げて‥‥
消える。

それは畏怖の念を感じそうです。

倉岡

毎日毎日、寒かったんですけど、
だんだん身体も慣れてきました。

ベースキャンプでは
マイナス５３度だったんですが、
短パン・Ｔシャツでしたし。

──

薄着すぎませんか（笑）。

倉岡

風が吹かなければ、大丈夫です。

ほら、水風呂なんかでも、
ジッとしてたら
そのうち
何か大丈夫になってきますよね。
あの感じですよ。

──

それにしたって（笑）。

倉岡

寒さには強かったみたいですね。

その『植村直己物語』の撮影で
エベレストへ行ったときも、
アイスフォールで、
最後、記念写真を撮ったんです。

──

ええ。

倉岡

みんな羽毛の上下を着てるのに、
ぼくだけ、短パンＴシャツ。
　
変だよ、おまえって言われてた。

エベレスト、アイスフォールにて。2013年、ミウラエベレスト隊。

──

映画では、
西田さんふんする植村直己さんが
独りで登頂に成功したあと、
隊のみんなが
裸で踊ってるシーンありましたが。

倉岡

あそこ、ぼく出てますね（笑）

──

あ、そうですか（笑）。

倉岡

エベレストへ登る前に、植村さんも
ゴジュンバカンって
８０００よりちょっと低い山を
やってるんですが、
その登頂をお祝いするシーンですね。

パーマ頭で眼鏡かけてる奴が、ぼく。

──

もう１回、見てみます（笑）。
撮影は、どんな感じだったんですか。

倉岡

撮影隊と登頂隊とに別れてたんです。

群馬学連を中心とした登頂隊の人が
ルート工作などをして。
ぼくは撮影隊のサポートだったんで、
俳優さんたちのお世話をしてました。

──

高い場所での、お世話の係。

倉岡

毎日一緒にいただけって感じですが、
おもしろかったです、俳優さんたち。

──

主演の西田敏行さんをはじめとして。

倉岡

西田さん、おもしろい人だったなあ。

しょっちゅうギャグを言ったりして、
周囲に笑いの絶えない人でね。

──

いいですねえ。

倉岡

アクション俳優の倉田保昭さんって、
ジャッキー・チェンより強いと
言われてた人もいて、
毎日、山で空手教室を開くんですよ。

──

そんな高いところで（笑）。

倉岡

おまえ、ナイフ持ってかかってこい、
とかって言って、
本当にかかっていった奴が
一瞬のうちに
ボコボコボコと３発くらい殴られて、
ウウーッと、地面に伸びてましたよ。

──

は、そんなことなさってたんですか。
映画の撮影の合間に。

倉岡

でも、巨大なスズメバチに刺されて、
倒れちゃったんです。

屈強な倉田さんでも、
あんな大きなのに刺されちゃったら、
やられちゃうのかと。

──

巨大なスズメバチ、ですよね。
それは、倒れても致し方ないですね。

倉岡

古尾谷雅人さんも、いらっしゃって。

矢沢永吉さんが大好きみたいで、
おまえも
永ちゃんを聴かなきゃダメだぞとか
言われたりしたんですけど、
山は嫌いみたいで、
高所が、けっこうつらそうでしたね。

──

みなさんがいたのは、
標高にすると何メートル付近ですか。

倉岡

ベースキャンプで、５３００。

撮影自体はアイスフォールっていう、
危険な氷の滝で、
よく人が死ぬところがあって、
そこへ向かう途中でやってましたね。
５５００か５６００くらいかな。

──

俳優のみなさんも、そこまで登って、
高所に身体を順応させて、
その状態でセリフを覚えて演技して。

倉岡

でも、山が嫌いな古尾谷さんも、
「よーい、スタート！」
って監督の声がかかった瞬間に、
パッと役者の顔になるんですよ。

それまではヘロヘロだったのに、
まるで人が変わったみたいに、
すばらしい演技を見せてくれた。

──

さすがですね。

倉岡

本当にプロフェッショナルです。

オッケーとなったら
ハァ～‥‥ってなるんですけど、
カメラの前では、別人。
役者さんすごいって思いました。

──

先日、西田さんが
石丸謙二郎さんの山のラジオで、
倉岡さんのことを
話してらっしゃったそうですね。

倉岡

そうそう、石丸さんが、
「倉岡さんも
この番組に出てもらってまして」
っておっしゃったら。

──

ええ。

倉岡

「ああ、倉岡くんね。
彼には山の上で羊羹をもらった。
俺は酒飲みだから
羊羹とか食べなかったんだけど、
あのときは疲れ果ててて、
１本ペロッと食べちゃったんだ。
あれから羊羹が好きになったよ」
みたいな話をされてました。

──

西田さんを羊羹好きにした人！

倉岡

ぼく、それ覚えてないんだけど。

──

そうなんですか（笑）。

倉岡

でも、疲れ果ててたのは本当で、
西田さん、エベレストで
１２キロ、痩せてましたからね。

──

ひゃー、そんなに。

倉岡

すごくシャープな印象ですもん。
ぼくの記憶の中の西田さんって。

映画『植村直己物語』撮影中のオフショット。エベレストBCにて、1985年。