ノンフィクション作家として
数多くの刺激的な本を書いてきた
高野秀行さんは、
早稲田大学探検部の時代から、
絶えず休まず、
地球の隅々に好奇心の矢をはなち、
「おもしろそう!」を発見するや、
ひょいっと飛んで、
そこにあるものごとを丸ごと、
見て聞いて喋って食べてきました。
コンゴで幻獣を探した30年前、
アフリカで納豆を追う現在。
全人生で探検している!
その好奇心と行動力に、憧れます。
全9回。担当はほぼ日奥野です。

>高野秀行さんのプロフィール

高野秀行 プロフィール画像

高野秀行(たかの・ひでゆき)

1966年、東京都八王子市生まれ。ノンフィクション作家。 早稲田大学探検部在籍時に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに文筆活動を開始。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」がモットー。『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞を受賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。主な著書に『アヘン王国潜入記』『イスラム飲酒紀行』『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』など。2020年8月に最新刊 『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた<サピエンス納豆>』が刊行されました。

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第4回 その世界へ溶けていく感覚。

──
辺境の地にいるときと、
こうして日本にいるときとでは、
ご自分の中で、
何か「違い」を感じたりもしますか。
高野
ぜんぜん違いますよね。
ぼくの場合は、辺境の地と行っても、
無人の土地に行くわけじゃない。

──
ええ。
高野
必ず、誰か人が住んでいるところへ
行ってるんだけど、
そうすると結局、
その人たちの文化だとか感覚の中で、
過ごすことになるわけ。
──
そうですよね。
高野
いちばん違うのは、他人との距離感。
日本って、あらためてだけど、
人と人の間の壁がすごく高いんです。
電車の中で知らない人に声かけたり、
ほぼ、しないじゃないですか。
──
しないです。高野さんも‥‥。
高野
ぼくだってしない、日本では。
でも、人と人との壁がすごく低くて、
知らない人に
ホイホイ話しかけるのが普通な国は、
けっこうあるから。
──
そうですか。
高野
目が合えば
誰とでも挨拶をするようなところも
少なくないです。
コンゴとかも人との距離感が近くて、
溶けていく感じがする。
──
溶けていく?
高野
2度ほどコンゴで船旅をしてますが、
基本、共同生活なんです。
ずらーっと並んだ2段ベッドに
みんなでゴロゴロ寝っ転がっていて。
ちゃんと決めたわけでもないのに、
誰かしらがメシをつくって、
何の関係のないぼくも、
そこへ呼ばれて一緒に食べたりして。
──
おお。
高野
やがて酒盛りがはじまり、
ぼくにも、お酒がまわってくるから
ついつい飲んで、
いつの間にか酔っ払っているという。
──
親戚の集まりみたい(笑)。
高野
そうそう、そんな感じ。
そこでぼくは「外国人」を意味する
「ムンデレ」と呼ばれ、
すごい勢いで、
その世界へ溶けていくのを感じます。
──
ムンデレ。
高野
はじめのうちは
なぜか船が全然出発しなかったり、
急に動かなくなったり、
そういうことに
いちいちイライラしているのに、
俺以外は誰も気にしてないんです。
すると、自分も、だんだん、
気にしなくなってくるんですよね。
──
ははあ。
高野
肩の力がスッと抜けるというのか、
気持ち的に、
その日暮らしになっていくんです。
ほっといても
誰かのつくったメシが出てくるし、
ベッドで横になってれば、
「ムンデレ、おまえ、寝てるのか」
とか、
いちいち絡んできて、うるさいし。
──
何がそうさせるんでしょうか。
高野
そういう生き方なんだと思います。
自然が豊かで、
時間の流れもハッキリしていない。
生活は楽じゃないけど、
そのぶん、みんなでわかち合って
生きていかざるを得ないから、
自分と他人の境界線が、
だんだん曖昧になっていくような。
──
なるほど‥‥。
高野
自分自身も‥‥時間の感覚さえも、
熱帯の暑さのなかへ、
ドロドロと溶けていくような感じ。
ふだん「明日はどうしよう」とか、
ぼくら、
そんなことばっかり考えて、
毎日を生きているじゃないですか。

ゾウに乗って川を渡る高野さん。 ゾウに乗って川を渡る高野さん。

──
明日どころか数時間先を気にしてるし、
グーグルカレンダーが常に開いてます。
高野
先のことがどうでもよくなると、
人間、考えることが激減するんですよ。
あっちは、メシ食って、酒飲んで、
ウ○コして寝る‥‥
ということの繰り返しなんです。
はたらくといったって、
魚を獲ったり、畑仕事をしたりで、
ストレスはそんなにないし。
──
現代人って、たしかに
予定が入りすぎているのかも‥‥。
高野
ほんと、予定ってのは良くないね。
最近つくづく思います。
コロナのステイホームのときとか、
正直いって、
ぼくは自分自身を快復しましたよ。
イベントや取材、講演会なんかが
一切合切キャンセルになったので。
──
予定のほうの都合に
人間が合わせるようになってきて、
そのことに
ストレスを感じるんでしょうか。
自分自身でつくった予定なのかも
しれないんだけど。
高野
他人との距離を
ある程度保つ必要のある社会って、
おのずから
ルールとかマナーも細かくなるし、
いい加減なことを
やっていられなくなって、
窮屈なんじゃないんでしょうかね。
──
ああ、いい加減なこと。
それって、ある意味で憧れですね。
今のお話を聞いていると。
高野
いい加減でいいって、
今、とても贅沢なことだと思います。
──
高野さんが、どこへ行っても
スッと人の間に入っていけるタイプ、
だということも、ありますか。
高野
そうかもしれない、それは。
馴染んじゃうんですよ、その環境に。
周囲の環境や人間に、
非常に影響を受けやすいタイプです。
──
ご著書を拝読していても、
その土地の人々が食べているものは、
ビックリするようなものでも、
パクっと食べちゃったり。
高野
そうそう。ゴリラの肉とか。
──
妖怪みたいな魚とか‥‥。
ヤギの胃液の汁とか‥‥。
高野
いろいろ食べてますね(笑)。
──
現地に溶けやすい人だったんですね。
もともとが。
高野
そうみたい。

どこへ行ってもスッと溶け込む性質。これはネパールの市場で地元の酒を飲んでいるところ。「どれがぼくだか一瞬わからないでしょう?」 どこへ行ってもスッと溶け込む性質。これはネパールの市場で地元の酒を飲んでいるところ。「どれがぼくだか一瞬わからないでしょう?」

2020-11-12-THU

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  • 幻のアフリカ納豆を追え!

    納豆という食べものに、

    これほどの好奇心とエネルギーを注いで、
    
アジアのゲリラ地帯から、
    
朝鮮半島の軍事境界線、
    
さらには遥かなるアフリカ大陸にまで
    
飛んでいってしまえるのは、
    
世界広しと言えども高野さんしかしない!
    
すっかり日本独自の食品であると
    
思い込んでいた納豆を、

    幻獣ムベンベを追ったのと同じ情熱で、
    
遠くナイジェリア、セネガル、
    
ブルキナファソ‥‥まで追いかけ回し、
    
独自の探求を更に深めてらっしゃいます。
    厚い本だけど、スイスイ読めておもしろい。
    最後のページをめくったあとに、
    どこか旅の終わりの寂しさが残るところも、
    高野さんの作品の魅力だと思います。

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    連続インタビュー 挑む人たち。