「学士会館」のこと、知っていますか?
東京・神田、ほぼ日の本社から徒歩数分の
場所にある、歴史あるかっこいい建築です
(『半沢直樹』の最終回をはじめ、
さまざまなドラマのロケ地にもなっています)。
実はいま、道路拡張計画に伴い、
建物全体をガガガッと引いて動かす
「曳家(ひきや)」という方法での、
再開発工事がはじまっているんだとか。
そんなことできるの? いったいなぜ?
そのあたりについて、ほぼ日の乗組員みんなで、
神田のイベント「なんだかんだ」でも
お世話になっているまちづくりの専門家、
中島伸先生に教えていただきました。

この授業の動画は、「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。

>中島伸さんプロフィール

中島伸(なかじま・しん)

1980年、東京都中野区生まれ。
都市デザイナー/東京都市大学准教授。
東京大学大学院工学系研究科
都市工学専攻修了、博士(工学)。
専門は、都市デザイン、都市計画史、
都市形成史、景観まちづくり。
中野区政策研究機構研究員、
(公財)練馬区環境まちづくり公社
練馬まちづくりセンター専門研究員、
東京大学大学院工学系研究科
都市工学専攻助教を経て、現職。

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(5)東京駅の保存・復原ができたわけ。

この回、映画『シン・ゴジラ』の内容に
触れている箇所があります。
気になる方は映画を見たあとでお読みください。

中島
まちづくりって、さきほどのような
「まちのみんなのためになる開発は、
建てていい容積を増やしてあげる」とか、
「増えた容積で得られたお金がうまく回ることで、
建物が残せる状態をつくる」
といったことをやってるわけですけど。
その代表的な例が、東京駅なんです。
──
あ、東京駅も。

中島
辰野金吾さん設計の歴史的な建造物ですけど、
1914年に完成したオリジナルは
3階建てだったんです。
だけど戦争の空襲で上の部分が焼けてしまい、
戦後はけっこう長いあいだ
2階建てで使われていました。
なので上の世代だと2階建ての駅舎に
馴染みがある方も多いと思うんですけど、
21世紀に入ったくらいのタイミングで、
「東京駅を保存しよう、復原もしよう」
といういろんな議論があって、最終的に
「もともとの3階建てを復原しましょう」
となったんですね。
ただこれも当然、歴史的な建造物として、
指定文化財になってますけど、
復原して保存するって、莫大なお金がかかるんです。
──
2階が3階になるんですもんね。
中島
はい。その建築にもお金がかかりますし、
またJR自体は民間会社なので、
自分たちの財産をフル活用しつつ、
鉄道事業をうまく維持しなくちゃいけない。
そのとき
「東京駅は人がたくさん集まる場所だから、
しっかり商業開発して、
利益をうまく鉄道維持にも使いたい」
ということで、
「東京駅そのものを全部建て替えて、
もっと大きなビルにしよう」
という案も最初はあったと聞いてます。
──
へえーっ。
中島
でも「東京駅は日本の鉄道駅のシンボルだから、
やっぱりちゃんと残したほうがいいよね」
という視点から
「よし残そう」となったと。
でも当然、ただ残すだけだと
お金は出ていくばかりですよね。
「そのお金はどう調達する?」って話です。
国がしっかりお金かけてくれるなら
「その予算で守りましょう」とできる。
けれど、国としても
「自分たちでどうにかしてね」
ってところがあるわけです。
だからいろんな知恵を使って、逆に、
知恵の部分では国も助けてくれたりして、
残すことができたんですけど。
──
どうお金を調達したんですか?
中島
はい。東京駅は駅なので、
さっきの再開発みたいに、隣りの敷地と合体して、
大きなビルにしたりはできませんよね。
──
そういうエリアがないですもんね。
中島
そうなんです。なので東京駅は
「空中権」空中を開発する権利を、
周辺の街区それぞれに売ったんです。
──
空中を開発する権利を、周りに売った?
中島
そう。つまり東京駅の敷地って、
「本当であればこの大きさのものが建てられた」
っていう、高層ビルが建てられるはずの容積が、
使われずに残ってるとも言えるわけです。
その容積分の開発の権利を売ったんです。
だから周りのビルは、再開発のとき、
通常のルールよりも高い建物を建てられた。
東京駅の周り、東京の他の場所よりも
すごく高い超高層ビルがいっぱい建ってますよね。
あれは東京駅の容積が乗っかってるからなんです。
その利益を還元して、
東京駅自体の保存と復原をやってます。
──
なんと、 知らなかったです。
高い建物がボコボコありますもんね。
中島
周りのビルの再生のタイミングと
駅の復原の時期が合ってたのもあって、
周りの人たちもそこで
「ちょうど再開発したり建て替えたりしようと
思っていたから買いますよ」という。
ビルを高くしたぶんだけ利益にもなるから、
それぞれのブロックにうれしい話でもあって。

国土交通省「第13回都市計画制度小委員会 参考資料」 国土交通省「第13回都市計画制度小委員会 参考資料」

──
東京駅の周りが生まれ変わったのが
同時期だったのは、そういうことなんですね。
中島
しかも、ただ周りのビルに売るだけじゃなくて、
行幸通り(東京駅丸の内中央口から
皇居前内堀通りを結ぶ通り)側から見える
東京駅の後ろ側には、高いビルは建てず、
両サイドになるべく振るとか。
東京駅を含めたビューも当然すごく大事で、
せっかく復原した駅舎の後ろに
ボコボコ高いビルが建つと残念な景観になるんで、
「前からの景色はちゃんと残しましょう」
ということも考えられていて。
──
たしかに東京駅の前の通り、パーンって開けてますね。
中島
そのガイドラインもつくって、
どこに容積を割り振るかもさんざん議論をしながら
コントロールして、
いまの東京駅のビューをつくったんです。
なのでいま、復原された東京駅は、
行幸通りも駅前広場もすごくきれいに整備されているので、
ウェディングフォトなども撮られるようになりました。
──
あそこでのウェディングフォト、
めちゃくちゃ流行ってますよね。よく見ます。
中島
そう。やっぱりいい空間と絵になる場所は、
そういうことに使われるんだなと。
すごくいい空間ができたんだと思いました。
──
行政も関わりながら、民間で
「まちづくり」ができたすばらしい事例ですね。
しかも区をまたいで。
中島
はい、東京都がかなり主導してやったと思いますけど。
なので東京駅の保存は、
目に見えない容積の権利で回ったお金によって、
物理的な建物が残されているんです。
──
こういうことって、他の国でもありますか?
中島
こんなふうに権利を売買する議論は、
たとえばアメリカのほうが成熟しています。
日本はこの制度を使うのが遅れてて、
もともとアメリカでできてきた制度を
輸入してきたんです。
──
なかなか「空中を売る」って発想には
ならないですもんね(笑)。
中島
そうなんです。
でも開発事業者の人たちとかだと、
「この場所は容積率の指定がこのくらい。
それに対して敷地がこうで、
建物の大きさがこうだから、
300パーセントくらい未消化の容積があるな」
とか、まちを歩きながら見えてるわけです。
そうすると
「ここを建て替えると300パーセント床分が増えて、
坪単価はいくら、このくらいの利益が出るから、
建て替えの建設コスト含め、
全体ではこれくらい利益になりそうだな」
って、なんとなく計算して、パッと出るでしょうし。
たぶんそこをとっかかりに
「建て替えしませんか?」
「もっとこうしませんか?」とか
やられているんだと思います。
──
「まちづくり」って、そんな感じになってるんですね。
中島
あとこれ、ちょっと脱線しちゃうんですけど、
みなさん映画の『シン・ゴジラ』って見ましたか?
最後、東京駅で大決戦なんですよ。
「人間・政府 VS ゴジラ」の対決ですけど、
中央線の無人の電車がバーッと来て
爆撃でドカーン!となったり、
ドンバンドンバンやるんです。
そのなかで、ゴジラを足止めするために、
周りのビルを爆破して、
雪崩を起こすシーンがあるんですね。
そのとき、この容積移転で作られた
超高層ビルたちが爆破されて、
東京駅に降りかかってくるんですよ。
それを見たとき僕、
「あ、これは容積率移転攻撃だ! 
都市計画的に相当興味深い攻撃だぞ」と思って。

──
(笑)
中島
「まわりの街区に売った容積は
この後どうなるんだろう」とか、
ずっと気にはなってたんです。
だけど『シン・ゴジラ』でだいぶ象徴的に、
「この売った容積が、もう一回東京駅に戻ってくる」
みたいなシーンになってて。
グラントウキョウノースタワーが、
ゴジラに降りかかってきて、
東京駅に落ちてくるんです。
「あ、これはかなり都市計画的に何かを
象徴してる気がするが、大丈夫か!」と思ったり。
──
全然違う視点で見てる(笑)。
中島
そうなんです(笑)。
でも、基本的に開発事業者の人たちって
ゴジラ映画が大好きなんですよ。
自分の建てたビルがゴジラに壊されるのって、
勲章らしいんです。
かつて、ゴジラが特にブームだったころですけど、
飲み会とかの席で「俺のあのビル壊された」が
自慢になっていたという。
──
壊されるのは象徴的なビルですもんね。
中島
そう、ショックがあるものじゃないと
選ばれないですから。
「東京タワーをボキっと折りたい」とか
「あのビルも壊されてしまった!」とか、
みんなが大事にしてたり、好きだったり、
シンボルになってるものだからこそ、インパクトがある。
だからけっこう開発事業者の人たちは
「自分のビルも一度は特撮映画で壊されたい」
とか思うらしいです(笑)。

(つづきます)

2025-04-19-SAT

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  • 「学士会館」って、こんな場所。

    旧帝国大学の出身者などによる同窓団体
    「学士会」の親睦の場として建てられた建物。
    現在は会員以外の一般利用者にも開放。
    宴会場、結婚式場、ホテル、レストラン&バーなどの
    機能を持つ複合施設として活用されていた。
    2025年現在、老朽化による再開発のため
    閉館中(一次休館)。2030年頃再開予定。

    また、学士会館は2025年3月26日付けで、
    「東京都指定有形文化財(建造物)」
    に指定されました。

    学士会館デジタルアーカイブ

    「なんだかんだ」のこと。

    中島先生は、神田の路上実験イベント
    「なんだかんだ」の運営メンバー。
    神田ポートビル(「ほぼ日の學校」スタジオが
    入っている場所)の前の道路に200畳の畳を敷き、
    通行止めにして、さまざまなパフォーマンスや
    ワークショップなどが行われる楽しいおまつり。
    「道路でこんなことができるんだ!」があって
    たのしいので、ぜひ来てみてください。
    ほぼ日も、毎回参加させてもらっています。
    (詳しくはこちら)