
「学士会館」のこと、知っていますか?
東京・神田、ほぼ日の本社から徒歩数分の
場所にある、歴史あるかっこいい建築です
(『半沢直樹』の最終回をはじめ、
さまざまなドラマのロケ地にもなっています)。
実はいま、道路拡張計画に伴い、
建物全体をガガガッと引いて動かす
「曳家(ひきや)」という方法での、
再開発工事がはじまっているんだとか。
そんなことできるの? いったいなぜ?
そのあたりについて、ほぼ日の乗組員みんなで、
神田のイベント「なんだかんだ」でも
お世話になっているまちづくりの専門家、
中島伸先生に教えていただきました。
中島伸(なかじま・しん)
1980年、東京都中野区生まれ。
都市デザイナー/東京都市大学准教授。
東京大学大学院工学系研究科
都市工学専攻修了、博士(工学)。
専門は、都市デザイン、都市計画史、
都市形成史、景観まちづくり。
中野区政策研究機構研究員、
(公財)練馬区環境まちづくり公社
練馬まちづくりセンター専門研究員、
東京大学大学院工学系研究科
都市工学専攻助教を経て、現職。
- 中島
- これが学士会館のある、
千代田区の都市計画図です。
こういう計画図って、どこの自治体でもつくっていて、
ウェブから見れるんですけど。
※千代田区「都市計画図(用途地域等)」(ページはこちら)
- ──
- へえー。
- 中島
- 学士会館の前の道路を見ると、
縦の青いラインに「放9」とありますよね。
これは「放射9号線」という
東京都の道路の名前です。
- 中島
- また茶色いラインでいまの道路が示されてますが、
同じ色で「40M」ってありますよね。
これは「40メートル幅の道路に拡幅するよ」っていう
計画なんです。
- ──
- そうなんですね。
- 中島
- そしてこれ実は昭和21年(1946年)、
第二次世界大戦後の東京都の戦災復興計画で
作られた計画線なんですよ。
- ──
- えっ、そんなに古いんですか?
- 中島
- そうなんです。
- これが都市計画のむずかしさでもあるんですけど、
戦災復興計画って、戦後すぐの焼け野原の中で
「東京をもういちど立ち直らせよう」と
考えられたものですね。 - そのとき「これから自動車の時代になるから、
道路をあちこち広げる必要があるね」
という発想で考えられたわけです。 - また東京は空襲で焼けてしまったので、
防火などの意味でも、なるべく多く空地を取りたい。 - そういう発想で、東京中にこのとき、
わーっと道路計画線を引いたんですよ。
- ──
- 定規で引いたみたいなことですか?
- 中島
- そう、パソコンもない時代ですから、
本当に大きな紙に、定規で1本ずつ
「ここでよいだろうか?」を検討しながら。
- ──
- へえーっ。
- 中島
- だから計画はそのときの
「こんな東京にしたい」から作られてるんです。 - だけど道をつくるって、トンカントンカンやる
土木的な工事ですから、お金も時間も必要で。
行政は単年度ごとに予算をかけて
「今年はここ」みたいに
1本ずつやっていくわけですね。
- ──
- もう80年弱、経っちゃってますよね?
- 中島
- はい。で、まだできてないという。
- ──
- そんなことってあるんですね。
- 中島
- で、この計画線がかかってる土地って、
一定の制限がかかってるんです。 - いまはまだ敷地なので、
もちろん建物を建ててもいいんですけど、
「工事がはじまったら壊す必要があるので、
そんなに大きいものや固いものは作れませんよ」
とか、都市計画の法律のなかで決まっているんです。 - なので、今日は写真を撮ってきたんですけど、
たとえばこの学士会館の奥のほう、
白山通り沿いの歩道のところ、
敷地ぎりぎりまで建物がありますよね。
- ──
- はい、建ってますね。
- 中島
- で、学士会館は、さっきの都市計画道路の
決定前から建っていたものなので、この状態。 - でもこれ、同じ通りを少し北に行った
神保町の交差点ですけど、
両側のいちばん手前にある建物、
急に低くなっていませんか?
- ──
- 低いです。どちらも2階建てくらいで、
その奥のビルから急に高くなってますね。
- 中島
- そう。つまりここに「計画線」、
計画道路の境界線があって、制限を受けてるんです。
昭和21年、都市計画が決定してから。
- ──
- つまり、大きくは建てられない?
- 中島
- そうです。この部分はもし
「白山通りの都市計画事業をはじめます」となったら、
取り壊されて道路用地になるところなんですね。
持ち主の人にどかしてもらうんです。
当然補償も出て、行政側が土地を買い上げて、
公共用地にして道路にする流れなんです。
- ──
- でも、いまはその人たちの持ちものなんですね。
- 中島
- そうですね。だから制限のあるなか、
2階建てくらいで、お店にしたり、事務所にしたり。
- ──
- 「70年も工事しないなら、
5階建てにしたかった」みたいな人は
いないんですか?(笑)
- 中島
- いえ、いまは使い続けられますけど、
事業がはじまったら
出て行かなきゃいけない場所ですから。
「5階建てにしたかった」とかは、
そもそも叶わないんですね。
- ──
- 学士会館みたいに、
その前から建ってたものはいいんですね。
- 中島
- そうですね。で、この写真も神保町ですけど、
ここに計画線があるのがわかりますよね。
- ──
- たしかに、低くなってる!
- 中島
- 都市計画の情報が入ってると、
こんなふうにまちを歩きながら
「ここはルールがかかっていそうだな」が
見えてくるんです。 - 高いビルがいっぱいあるのに、
一部低いビルが連なってると
「ここは都市計画道路だな」とか。
こういうブーツみたいな形の建物が
ずらずら並んでたりするので、
けっこうわかります。
- ──
- めっちゃ楽しいですね。
キョロキョロしちゃいそう。
- 中島
- この写真は近所の小学館さんです。
最近(2016年)建て替えられましたけど、
当然ここにも計画線がかかってます。
なので、道路からすると
ちょっと引いた形になってますよね。
- ──
- たしかにここ、
「どうしてこんなに歩道が広いんだろう?」
と思っていたんです。
- 中島
- 実は歩道は濃いグレーのアスファルトのところだけで、
白っぽい明るいタイル貼りのところは、
小学館さんの敷地なんです。
- ──
- 歩道じゃなかったんですね。
- 中島
- はい。むしろ敷地の一部を、広場のように、
人が自由に出入りできるようにしている。 - おそらくそれも、こうすると
ボーナスとしてビルを大きく建てられるから、
そういう作りにしている気がします。 - またそもそもここは、
さきほどの都市計画道路線がかかっているので、
事業がはじまったらどかなければならない。 - そこに簡易なものを建てるくらいなら、
しっかり引いて大きく建てて、
前を解放的に使うほうがいいと
判断されたんじゃないかと思うんです。
- ──
- おしゃれな感じにするためかと
思っていました(笑)。
- 中島
- もちろんそれもあると思うんですけど(笑)。
- だけどやっぱり、ここに都市計画道路線があることで、
まちの形がこうなったという。
- ──
- だけどそういう理由だったとしても、
歩けるスペースを広げるって
「いつでも来ていいですよ」みたいな
優しさを感じますね。
- 中島
- あ、そうですね。
そういう広場をつくることって、
最近のまちづくりでの大事なポイントなんです。 - 「不法侵入」という言葉があるように、
民間の敷地って、基本的には使う人しか
入れないわけですね。
だけど「いろんな人に使ってもらいたい」とか考えると、
別の可能性が広がっていく。
いろんな人が来るからこそ嬉しいことって、
いっぱいあると思うんです。 - たとえば小学館さんとか集英社さんとか、
そのオープンスペースに面した1階に
自分たちの本やグッズを並べていて、
「あ、神保町に来たな」って感じが楽しいわけです。
それが会社のPRにもつながる。
人が待ち合わせたり出会ったりもできるので、
愛着も湧きやすい。 - だから「自分たちの敷地だけど
パブリックにオープンにしていく」
というのはすごく大事な流れで、
いまのまちづくりにおける
ひとつのトレンドにもなっていると思います。
(つづきます)
2025-04-16-WED
-
「学士会館」って、こんな場所。
旧帝国大学の出身者などによる同窓団体
「学士会」の親睦の場として建てられた建物。
現在は会員以外の一般利用者にも開放。
宴会場、結婚式場、ホテル、レストラン&バーなどの
機能を持つ複合施設として活用されていた。
2025年現在、老朽化による再開発のため
閉館中(一次休館)。2030年頃再開予定。また、学士会館は2025年3月26日付けで、
「東京都指定有形文化財(建造物)」
に指定されました。



「なんだかんだ」のこと。
中島先生は、神田の路上実験イベント
「なんだかんだ」の運営メンバー。
神田ポートビル(「ほぼ日の學校」スタジオが
入っている場所)の前の道路に200畳の畳を敷き、
通行止めにして、さまざまなパフォーマンスや
ワークショップなどが行われる楽しいおまつり。
「道路でこんなことができるんだ!」があって
たのしいので、ぜひ来てみてください。
ほぼ日も、毎回参加させてもらっています。
(詳しくはこちら)


