外出自粛暮らしが2ヵ月を過ぎ、
非日常と日常の境目が
あいまいになりつつあるようにも思える毎日。
でも、そんなときだからこそ、
あの人ならきっと「新しい思考・生活様式」を
身につけているにちがいない。そう思える方々がいます。
こんなときだからこそ、
さまざまな方法で知力体力を養っているであろう
ほぼ日の学校の講師の方々に聞いてみました。
新たに手にいれた生活様式は何ですか、と。
もちろん、何があろうと「変わらない」と
おっしゃる方もいるでしょう。
その場合は、状況がどうあれ揺るがないことに
深い意味があると思うのです。
いくつかの質問の中から、お好きなものを
選んで回答いただきました。

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第7回 大きな木を植える準備 木村龍之介さん(演出家)

2017年12月の、ほぼ日の学校の開校イベントでの
パフォーマンスにはじまり、シェイクスピア講座では
先発中継ぎクローザーの3度の登板、
去年の12月には福岡の能楽堂でマクベスを上演。
いつも素晴らしいフットワークで、たのしく、
おもしろく、シェイクスピアの世界を教えてくださる
シアターカンパニー・カクシンハン主宰の演出家、
木村龍之介さん。
新型コロナ対応で多くのイベントや舞台が自粛されるなか、
ご自身も、この5月に予定されていた公演
「ナツノヨノ夢」が残念ながら延期になりました。
舞台人として、まさにコロナ禍の渦中におられる
木村さんですが、オンラインでの稽古や
ワークショップなど、
いつものフットワークで活動されているご様子。
どんな風に過ごされているのか、聞いてみました。

●ふっと消えたロウソクの火

——
演劇をはじめ、さまざまな現場が「休止」を余儀なく
されています。どんなことを感じていますか?
木村
演劇が「休止」になって気付いたことは、
僕は今まで、演劇やシェイクスピアや
演劇が好きな人たちに助けられていたと思っていましたが、
それと同時に、演劇とは一見無縁の人たちにも
支えられていた、ということです。
当たり前のことですが、この実感は結構、
僕にとっては重大でした。
仲間との会話も、お客様との会話も、
また日々の生活も、生活を支えるお金についても。
演劇で得られていたものが、なくなりました。
ロウソクの火が消されるように、ふっと消えました。
ちょっと暗いなって思ったけど、仕方ないですし、
これは演劇に限ったことではありません。
もう一度、火を灯す日まで、凌ぐしかありません。
だから、これを機会に、小学1年生になった気持ちで、
もう一回見つめ直そうとしています。
これまで、幹や実のこと、枝葉のことばかりを
僕は考えていたと思います。
でも、木は、根が深くまで伸びるから立てるし、
青空が広いから、うわーと感動できる。
鳥たちが休めるように豊かに広がっていける。
僕には、そんな豊かにそびえ立つ木が、
演劇やシェイクスピアに思えてなりません。
それに気づかせてくれたのは、医療従事者の方々の
社会への優しさと実働と頼もしさです。
また、日々の生活を支えてくれる人たちに
守られているという有り難さです。
演劇もまた、広ーい意味で、
もっとみんなの「役に立つ」ことができると思います。
(リチャード3世が舞台上で
どんどん人を殺していくのだって、
虚構の世界から現実世界への確信犯的なエールです。)
開かれた「何もない空間」に、
想像力をもった「愛のある人」がワイワイと集まる。
すると「P L A Y(遊び)=演劇」が始まる。
そういう、いい演劇をしたいです。
それを全人類規模でやりたいです。
でも、僕の心の器はまだまだ小さいし、
僕の頭と手と足ではできないことだらけ。
だから、僕がこれを機に変わりたいです。
多分僕、めちゃくちゃ苦手なんだけど、
愛の演出家になりたいです。
そして、仲間たちが見ている視点を
もっと大切にしたいです。
すぐには難しいかもしれないけど、
少しずつでも変わっていきたいです。
いい演出家になりたいです。
根の深さと青空の広さを感じられる木を
植える準備をしています。
まずは一本。演劇の木を植えます。
すぐにポキッと折れる木や、
自分たちだけが眺める木ではなくて、
いつか森になる木をみんなで植えます。
その日に向けて、できることをひとつひとつ実行し、
木を植えられる時が来る日まで、土地を耕しています。
——
「集まる」ことが難しくなったなかで、
具体的にはどのような活動を?
木村
カクシンハンでは、週3回、オンラインで
俳優のトレーニングやレッスンをしています。
そんななかで、面白い発見がありました。
もともと演出家って、俳優との間に境界線があります。
いつだって僕はリングサイドにいます。
そこから、俳優の体と呼吸とヴィジョンを観察して、
役者にどんなふうにイメージを届けて、
どんな風に力を発揮してもらうのか、
そのためにどんな風に指揮棒を振るのかを考えて、
あの手この手で伝えるんですね。試していると、
いい手と悪い手があることが分かります。
リングサイドがオンラインになると、
「いい手」の蓄積がものを言います。
これまでのカクシンハンでの創作と稽古、
ワークショップの7年間で集めた
「いい手」を的確に駆使すること。
曖昧ではなく、的確に「いい手」を繰り出すことで、
オンラインでも、的確にP L A Yすれば、
俳優の稽古とトレーニングはグイグイ楽しく進み、
演劇の地力は成長すると思います。

木村
また、演出家としては、今まではやりたくても
できなかったことをたのしんでいます。
たとえば、シェイクスピアの原書からの
脚色・翻訳、今後の挑戦的な作品の戯曲・演出プランの執筆。
また、絵本の物語を書いたり、動画での作品の創作も
ゆっくり始めています。それから、
自重トレーニングで、ちょっと自分を鍛えています。

●チームワークと独りの時間と

——
シェイクスピア劇の創作以外では、
どんなことをなさっていますか。
木村
僕は会社の代表でもあるので、
公演が延期になった分の資金繰りや
みんなの働き方の切替については、すぐに動きました。
そういうことも、腰を落ち着けてチームワークで行うと、
みんなの新しい力が発揮されて、楽しかったです。
これからもチームみんなの長所を生かして、
未知の世界への変化を楽しんで行きたいです。
同時に、独りの時間の大切さも再発見しました。
新しい演劇作品を夢想することは、
誰の手も借りずに独りで妄想するのみです。
その独りの時間を確保できているのが、
一番の変化かもしれません。
読書では、演劇に関係ないものを
めちゃくちゃ読めて、ワクワクしています。
あー、これまで見てこなかったものがあったなって。
といいつつ、やっぱり読んじゃう、シェイクスピア。
原書で読むことが増えました。

——
たとえばどんな作品でしょうか?
木村
僕の血となり肉となったシェイクスピアの
作品たちのどれもが、今、確かな手応えを持って
僕の手の中で新しく生まれ変わっています。
「ロミオとジュリエット」における
愛と社会の壁について。
「ヴェニスの商人」における愛と資本主義について。
「夏の夜の夢」における人間中心の自然破壊と
僕らの本当の喜びについて。
「ジュリアス・シーザー」における
政治家と民衆の意思疎通と、国家について。
「タイタス・アンドロニカス」における
混乱した社会の悲惨さと暴力について。
「マクベス 」における不確かな世界で愛し合う
二人の儚さと切なさについて。
「ハムレット 」における演劇を信じる力と復讐について。
それら全てをひっくるめた人間の美しさと醜さ。
想像力と遊ぶ力の奇跡について。
そして、言葉の力について。
きっとこれからの作品に反映されると思います。

プロフィール

東京大学でシェイクスピアを研究。蜷川幸雄の稽古場で演出を学び、2012年にカクシンハンを立ち上げる。「ハムレット」「夏の夜の夢」「リア王」「オセロー」「タイタス・アンドロニカス」「リチャード3世」「マクベス」など、多数のシェイクスピア作品の演出を手がける。現代と古典のクラッシュ(衝突)によって古典作品が持つ普遍性に新たな角度から光を当て、同時代のエンターテーメントとしてシェイクスピアをアップデート。現代的なセンスによる多様な演出が話題を呼ぶ。1983年生まれ。 2020年5月に紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて「ナツノヨノ夢」を上演予定だったが延期。カクシンハン・スタジオで年間を通して俳優を育成し、創作を行っている。

(つづく)

2020-05-28-THU

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