家で過ごすことが増えたいま、
充電のために時間をつかいたいと
思っていらっしゃる方が
増えているのではないかと思います。
そんなときのオススメはもちろん、
ほぼ日の学校 オンライン・クラスですが、
それ以外にも読書や映画鑑賞の
幅を広げてみたいとお考えの方は
少なくないと思います。
本の虫である学校長が読んでいる本は
「ほぼ日の学校長だより」
いつもご覧いただいている通りですが、
学校長の他にも、学校チームには
本好き・映画好きが集まっています。

オンライン・クラスの補助線になるような本、
まだ講座にはなっていないけれど、
一度は読みたい、読み返したい古典名作、
お子様といっしょに楽しみたい映画や絵本、
気分転換に読みたいエンターテインメントなど
さまざまな作品をご紹介していきたいと思っています。
「なんかおもしろいものないかなー」と思ったときの
参考にしていただけたら幸いです。
学校チームのメンバーが
それぞれオススメの作品を
不定期に更新していきます。
どうぞよろしくおつきあいください。

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no.17

『「大日本帝国崩壊」 


東アジアの1945年』


加藤聖文

歴史の証人であり、
過去と現在をつなぐ「歌の力」
1945年8月15日を
アジア・太平洋スケールで見つめる

  


『「大日本帝国崩壊」 東アジアの1945年』

加藤聖文 中公新書(820円)

ほぼ日の学校・万葉集講座第9回は、
梯久美子さんによる「『昭和万葉集』に思う」でした。
「昭和万葉集」は昭和54年(1979年)に発刊。
全20巻、192万部も発行されています。
実に40万首もの歌から選ばれた
8万2000首の歌が所収されています。
この講座では、昭和16年から20年、
つまり戦争の時代をあつかった
第1回配本の6巻を取り上げています。
梯さんといえば、『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・
栗林忠道』の著者です。栗林忠道は、
クリント・イーストウッド監督の映画
『硫黄島からの手紙』で、
渡辺謙さんが演じていました。
その玉砕の島、硫黄島にかかわる人々の思いを、
「歌の力」が、時空を超えてつないできたと
梯さんはいいます。
「万葉集からの脈々たる歌の流れといいますか、
こういう大きな悲劇とか
人の生き死にとかがあったときに、
歌の力のようなものが蘇る……
亡くなった人とも応答できるような力を感じる」と。
梯さんならでは、胸を打つお話でした。

さて、この本のお話です。

現在海外で暮らす日本人は約140万人ですが、
1945年8月15日、玉音放送が流されたその日、
“海外”には一体何人の日本人がいたと思いますか?
軍人353万人、一般人300万人あわせて約660万人です。
当時の日本の人口は7215万ですから、
なんと1割近くが“海外”にいたのです。
今の感覚でいえば、1000万人規模になります。
グローバルですね〜、ダイニッポンテイコクッ!
その多くが、当時日本の植民地や領土などであった
朝鮮半島、台湾、旧満州、南洋群島に住んでいました。

1945年8月15日、
大日本帝国という巨大な風船がパンと破れて、
瞬間収縮したような姿が日本国。
著者の加藤さんは、その瞬間を
同時中継のように捉えているのです。
玉音放送で戦争が終結し(皇居前に座り込んだ
メガネのおじさんが泣いている映像浮かびますよね)、
原爆、空襲で焼け野原になったところから、
新しい日本がスタートしたという戦後の歴史観は、
「あまりに狭い」と。
著者は、あえて8月15日にこだわって、
帝国の崩壊が何を破壊し、何を生み出し、
その後のアジア太平洋に
どれほど深い影響を与えたのか、
国ごと、地域ごとに執拗に探っていきます。
読んでいくと、日本人の海外での集団的記憶が、
なぜ「なかったこと」のようにされ、
アジアとつながっていたはずの意識が、
なぜ断ち切られたのか、本当に考えさせられます。

このような考察から、著者は、
1945年を境に戦前・戦後を分けるのではなく、
中国の国共内戦や朝鮮戦争までの流れを
ひとつの連続体として、
また大日本帝国とかかわる広い地域の歴史を
ひとつの地域史として捉えることを
提唱しているのです。
そのためには、アジアの人びとが
「日本列島や朝鮮半島や中国大陸で
同時代に起きた出来事を、自身の歴史として
受け止める姿勢と感性が何よりも重要」だと。

でも、そんなのは空論ではないの?
そんなことができるの? と思われるでしょうね。

僕もそれは理想に過ぎないかも……と少し思いました。

そこで、「昭和万葉集」。やっぱりすごいです。
ちょっと調べてみたら、
「昭和万葉集」の大きさが見えてきました。

慰安所の女等憲兵に会釈して
連絡船に乗り込み来れり
浅見幸三

こういう風景を歌にしていた日本人がいたのですね。

もろともに同じ祖先を持ちながら
銃剣取れりここの境に

孫戸妍

韓国の歌人です。戦前、佐々木信綱に師事した、
れっきとした万葉ウーマンです。
彼女は朝鮮戦争の歌を詠んでいました。びっくりです。

そして、もうひとつのびっくりは
「台湾万葉集」という存在の発見でした。

勝利者の便宜によりて
台湾人日本人になりまた中国人に 

傳彩澄

ここにも大日本帝国崩壊後、
台湾の人たちのため息のような思いが、
歌になっていました。

梯さんがお話の中で、
「歌にしかできないことがある」と
上野誠さんの言葉を引用していましたが、
ほんとそうですね。うん、ほんとにそうです。

コロナ禍という時代は、
どんな新しい万葉集を生み出すでしょうか。

(つづく)

2020-05-11-MON

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