家で過ごすことが増えたいま、
充電のために時間をつかいたいと
思っていらっしゃる方が
増えているのではないかと思います。
そんなときのオススメはもちろん、
ほぼ日の学校 オンライン・クラスですが、
それ以外にも読書や映画鑑賞の
幅を広げてみたいとお考えの方は
少なくないと思います。
本の虫である学校長が読んでいる本は
「ほぼ日の学校長だより」
いつもご覧いただいている通りですが、
学校長の他にも、学校チームには
本好き・映画好きが集まっています。

オンライン・クラスの補助線になるような本、
まだ講座にはなっていないけれど、
一度は読みたい、読み返したい古典名作、
お子様といっしょに楽しみたい映画や絵本、
気分転換に読みたいエンターテインメントなど
さまざまな作品をご紹介していきたいと思っています。
「なんかおもしろいものないかなー」と思ったときの
参考にしていただけたら幸いです。
学校チームのメンバーが
それぞれオススメの作品を
不定期に更新していきます。
どうぞよろしくおつきあいください。

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no.18

『宿無し弘文 


スティーブ・ジョブズの禅僧』


柳田由紀子

ジョブズと弘文をつないだ
「禅」に出会う
ロードノンフィクション

  


『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』
柳田由紀子 集英社インターナショナル  1900円

 

2011年10月、スティーブ・ジョブズが
56歳の若さでこの世を去ったあと、
一冊の本によって、
一人の日本人禅僧が注目を集めました。
“THE ZEN of STEVE JOBS”
禅宗様式で行われたジョブズの1991年の婚礼で
式師を任された禅僧・乙川弘文と
ジョブズの30年におよぶ交流を描いた本です。

実際、2005年にジョブズが
スタンフォード大学で行った
有名なスピーチの締めの言葉
「ハングリーであれ、愚直であれ」や
シンプルの極みのアップル製品に
禅の影響を感じる人は多いようです。

日本では
『ゼン(禅)・オブ・スティーブ・ジョブズ』
として2012年に刊行されたこの本を
翻訳した本書の著者・柳田由紀子さんは、
このお坊さんのことをもっと知りたい、
そう思うようになりました。
でも、残念なことに弘文はすでにそのとき
鬼籍に入っていました。
「どこまでできるかわからない。けれど、
できるところまで弘文をめぐる旅を続けよう」。
そう決心して、8年の歳月をかけ
太平洋と大西洋をまたぐ旅が始まります。

乙川弘文は、新潟県加茂市の定光寺に
6人きょうだいの三男として生まれます。
駒沢大学仏教学部を卒業後、
京都大学大学院に進学し、
仏教と並行して西洋哲学を学びます。
大学院卒業後、福井県にある
曹洞宗大本山永平寺で修行を積み、
特別僧堂生に選ばれ、
その後、サンフランシスコの
桑港寺住職に請われて渡米。
1967年北米発の本格的禅道場
タサハラ禅マウンテンセンターを開き、
指導にあたります。
以来、数ヶ月の帰国をはさむものの、
ほぼ一貫してアメリカで禅の指導にあたりました。

ジョブズとの出会いは1975年。
ジョブズがアタリ社に在籍したころでした。
その後、ジョブズはなにかあると
「コーブンに会いに行こう」と言うくらい
弘文を頼りにし、アップルを離れていた
10年間は私邸に弘文が滞在する場所を
提供するほど親密な関係が続きます。
それは弘文が事故死する2002年まで続きました。

カリフォルニア在住の著者は、
地の利を活かして、弘文を知る
在米仏教関係者を訪ね回ります。
弘文とジョブズの関係を知るシリコンバレーの
人々からも貴重な証言を得ていきます。
帰国した際は北陸にも足をのばしました。

「『生涯を知りたい』ですって?
いやぁ、それはむずかしいと思いますよ。
だって、本当につかみどころのない人でしたから。
それに、放浪癖というか、年柄年中移動して
一カ所に長く住むこともなかったし。
一時は、ヨーロッパにも
住んでいたんじゃないかしら」

著者が取材する人々は、
こんな調子で、弘文の話をしてくれます。
著者が出会った人たちに会って話を聞きながら、
著者とともに日本、アメリカ、ヨーロッパを
旅する気分で読めるのです。

「激賞と酷評」
ある章題が示すとおり、
弘文への評価はまさに毀誉褒貶。
絶賛と侮蔑が入り交じるものでした。
「賢者であり未熟な少年」と評した人もいます。
元妻や娘の証言も胸の痛いものでした。

著者は戸惑い、悩みます。
いったい弘文とはどんな人で
どんなお坊さんだったのか?

終盤、身近に起きたある出来事と相まって
著者は切実に「弘文さんに会いたい」と思います。
そのとき、それまでの旅と思索が結実したように、
ある大きな気付きがやってきます。
一度それに気付いてしまうと、霧が晴れるように、
まったく別の景色が姿を現しました。

これ以上は書けません。
ぜひ、著者といっしょに弘文を探す旅をして、
この稀有なお坊さんに出会ってください。
家にいることを忘れさせてくれる
ロードムービーならぬ
良質なロードノンフィクションです。

 

(つづく)

2020-05-12-TUE

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