新しい登山の形「フラット登山」や、
三拠点生活など、
自然や地方との関わりのなかで、
ご自身にとっての心地よい生活のしかたを模索している
ジャーナリストの佐々木俊尚さんと、
糸井重里が久しぶりに会って話しました。
話は、「ホーム」をどう考えるかにはじまり、
地域との関わり方から、
働き方、人生の終わり方にまで及びました。
これから先、より心地よい生活を
送っていくにはどうすればいいか、
あなたも一緒に考えてみませんか?

>佐々木俊尚さんプロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

作家・ジャーナリスト。
1961年兵庫県生まれ。
毎日新聞記者、月刊アスキー編集部を経て、
フリージャーナリストとして活躍。
テクノロジーから政治、経済、社会、
ライフスタイルにいたるまで発信する。
「フラット登山」を考案。散歩でもない、
ロングトレイルでもない、新しい登山の形を提唱している。
著書に『フラット登山』(かんき出版)のほか、
『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、
『そして、暮らしは共同体になる。』
(アノニマ・スタジオ)などがある。

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健康的な野心を忍ばせて。

佐々木
最近思ってるのが
世界はノイズに満ち溢れているということ。
以前はマスメディアが作った情報が
整然と並んでいる世界だったとすると、
いまはノイズだらけの情報が
雑多に並んでいる世界になっている。
でもその世界を拒絶するんじゃなくて、
気持ちのいい摩擦みたいにとらえることが
大事だと思うんです。
糸井
ノイズっていいですよね。
佐々木
ぼくが山登りに行くのも、
きれいに整備された道を歩くのと違って摩擦があるんですよね。
ここを落ちたら大ケガをするとか、
恐怖も込みになった摩擦があることで
生きてる実感を味わえる。
そういう生身の身体と外の世界との関係が
ザラザラした原始的なものに戻りつつあると思うんです。
音楽でも、
サブスクリプションが普及すればするほど
ライブが流行って聞きに行きたがる。
音楽を聞くにしてもカセットで聞きたがるような。
そういうザラザラ感が
大事になってきてるとは思うんですよね。

糸井
同時に、
ぼくは年齢的にどこまでいけるんだろうかということを
よく考えます。
佐々木
いや、90歳になっても100歳になっても
行けると思いますよ。
糸井
そうですかね。
ぼくにとってはそれを考えるのも
ちょっとしたゲームになっています。
ぼく自身、クラシックカーみたいになっていて
メンテしながら走らせる車のように
「あの古い車はちゃんと走ってるねえ」
「それはどこまで行けるんだろう」って
考えるんですよ。
佐々木さんはいまおいくつですか?
佐々木
63歳です。
糸井
それは、まだまだ(笑)。
ぼくの体感では65歳から老人ですから。
65歳までは、成長するんです。
佐々木さんは大病をされてますよね。
佐々木
そうです。40歳ぐらいの頃に脳腫瘍もやって、
潰瘍性大腸炎にもなって悲惨な思いをしました。
糸井
その2つは人生に影響を与えてますよね。
佐々木
健康とか体力とかに気を遣うようになったという意味では
ポジティブな影響は大きいですね。
それまでは新聞記者だったので、
深夜1時から焼肉を食いに行くようなことをしてたわけです。
昔の自分からいまの自分を見ると
仙人にしか見えないと思いますね。
糸井
それは変わって、よかったですね。
しかもそのインターネットの時代が来て
探ってみたら、
新しいカオスを見つけた。
佐々木
そうですね。
2007、8年ぐらいに出版不況があって
食べていけなくなる不安が出てきたんですね。
それで自分でビジネスを考えなきゃいけなくなりました。
メルマガを出すとか、
ありとあらゆることをやらないと
食っていけない状況になった。
そこからはカオスです。
食っていけるかどうかわからないものを
ずっとやってきています。
あれから20年近く経つんですけど、
いまだに食えてる自分は偉いなあと、思いますね。
糸井
偉いと思いますよ。
佐々木
だから無理しないのが一番。
体を壊してまで仕事はしないことが大事ですね。

糸井
佐々木さんには仕事の上役がいませんね。
佐々木
そうそう、部下もいないですからね。
ぼくは新聞社をやめたあとに
パソコン雑誌の編集部に3年いたんですけど、
自分はマネージメントに向いていないという
骨身に染みるような思いをしたんです。
部下のマネージメントが本当に下手だった。
自分と同じような仕事を求めて、
できないと「なんでできないんだ」と怒っちゃう。
そして、その仕事を代わりに自分でやっちゃう。
糸井
それはよくないですね。
佐々木
よくないですよね。
それから1人でやってきました。
1人で働くことにはメリットとデメリットがあるけど、
ぼく自身は1人でいるほうが
メリットが大きいというのは、
コロナ禍での気づきのひとつでした。
楽そうな経営者ってたまにいるじゃないですか。
その人たちのことを
うらやましいと思うこともあるけれど、
コロナ禍のときにそれが変わりました。
収入が減ってしまっても、社員たちを食わせてないといけない。
そのときぼくは相変わらず1人だったので、
仕事の量は減ったけど、その分出費を抑えればよかったんです。
要するに1人で仕事していると、
固定費が家賃ぐらいしかないんですよね。
だからすごく気が楽なんですよ。
糸井
会社で仕事をするか個人で仕事をするかで言えば、
売上の数値目標のようなものを中心に社会が動いてるから、
予期せぬ事故があった場合、その数値が減ってしまうんです。
それに対応するのは、個人のほうがいいです。
会社の場合、数値がマイナスになっただけで
大失策と思われるところがありますけど。

佐々木
そうですね。
ただ時代の流れとして
会社のほうもだんだん変わってきていると
感じることもあります。
例えば2000年前後に起業した
三木谷浩史さんや堀江貴文さんの世代は
日本一の企業にする、といった高い目標を持つ
起業家が多かったんですけど、
2010年代ぐらいから起業家層が変わってきた。
大きな会社になるよりも、
小さい会社のまま顧客と自分と社員の、
三者で仲良くできればいいという会社が増えてきてた。
糸井
増えていますね。
岩手に本社があるヘラルボニーとか。
佐々木
そうそう、
アウトサイダーアートの事業をしている
ヘラルボニーですね。
糸井
彼らには健康な野心があるんですよ。
「銀座に店を出す」という思い切った判断から、
自分たちがやってることは
世界の人に通じるはずだという
野心を感じるんですよ。
安定しているからこのままでいいという
知られた和菓子屋のような会社より、
ぼくには興味深いんですよね。
佐々木
ぼく自身も知られた和菓子屋でいいかと思ってるというと
そうでもないんです。
小さなコミュニティで
自分の書いたものが受け入れられればいいという意識は
強いけど、同時に、
その中だけで消費されて終わったら嫌だなと思います。
影響力が後世にあるといいなと思ったり、
小さな野心はありますね。
糸井
それは『弱さ考』を書いた編集者の
井上慎平さんも言っていましたね。
うつになってしまったけれど、
それでもリングの上にいたいという話をしてて。
その気持ちは楽しさにつながると思う。
リングから降りたら幸せというわけではないんですよね。
亡くなった詩人の谷川俊太郎さんも
詩のことを「仕事だから書いてる」とか
おっしゃっていたけれど、
波紋がツーっと広がって伝わっていくときの
「通じた」っていう喜びのようなものは
やっぱりあるらしいんです。
佐々木
それはよくわかります。
ぼくも霞ヶ関の30代ぐらいの官僚の方とかに
会って話してると、
「20代の初めの頃に佐々木さんの本を読んで
感銘を受けてこの仕事をしてます」と言われるときがある。
あれはやっぱりいいですよね。
プライドが輝くというか。

糸井
野心は持ってたほうが楽しいと思うんです。
野心は「生まれてよかった」という感覚にも通じるから。
佐々木
そうですよね。
映画の『フィッシュストーリー』ってご覧になりました?
ロックバンドがつくった歌が
何年後かに自分の知らないうちに
地球を救ったという話ですよね。
あれが理想かなと思いました。
糸井
思えば『フラット登山』の本だって
山を歩くのが好きな人が歩いているだけで幸せと、
そこで満足していたら生まれていないんですよね。
「フラット登山はいいぞ」と
佐々木さんは言いたいんですよね。
佐々木
そうです。
地味だけど、
これが登山のスタイルを変える一歩になるとうれしい
という気持ちはあります。

(明日につづきます)

2025-10-27-MON

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    気負わず、できる範囲で山を楽しんでほしいという、佐々木さんが新しい登山のかたちを書いた『フラット登山』(かんき出版)。どんな装備を用意したらいいかから、どんなコースを歩いたらいいかまで、かなり実践的な内容です。佐々木さんのパートナー、松尾たいこさんによる装画もさわやかで、山に行きたくなります。