新しい登山の形「フラット登山」や、
三拠点生活など、
自然や地方との関わりのなかで、
ご自身にとっての心地よい生活のしかたを模索している
ジャーナリストの佐々木俊尚さんと、
糸井重里が久しぶりに会って話しました。
話は、「ホーム」をどう考えるかにはじまり、
地域との関わり方から、
働き方、人生の終わり方にまで及びました。
これから先、より心地よい生活を
送っていくにはどうすればいいか、
あなたも一緒に考えてみませんか?

>佐々木俊尚さんプロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

作家・ジャーナリスト。
1961年兵庫県生まれ。
毎日新聞記者、月刊アスキー編集部を経て、
フリージャーナリストとして活躍。
テクノロジーから政治、経済、社会、
ライフスタイルにいたるまで発信する。
「フラット登山」を考案。散歩でもない、
ロングトレイルでもない、新しい登山の形を提唱している。
著書に『フラット登山』(かんき出版)のほか、
『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、
『そして、暮らしは共同体になる。』
(アノニマ・スタジオ)などがある。

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体系文化とタグ文化。

佐々木
インターネットが出てきた当時は
「あらゆるものがグローバル化して
世界中の人がつながる」みたいな、
ユートピア的思想が広まってたと思うんです。
だけど、時間が経ち、
2020年代になってわかってきたのは、
1個1個の狭い世界で楽しく過ごせればいいという
「島宇宙化」の考え方が
ものすごい勢いで進んでいることです。
小さい粒がいっぱいあるみたいになった。
島宇宙化は、
いい面と悪い面の両面で考える必要があると思うけど、
同じ趣味の人たちで集まることなら
楽しいからいいという考え方もできる。
糸井
そうですね。
いま、島宇宙の同士の付き合い方のルールを
一所懸命考えている時代ですね。

佐々木
アメリカのテック系のメディアを読んでると、
「これからは小さいコミュニティに向かう」
という言説が、いくつか出てきてるんです。
巨大なSNSに、みんなが疲れ切っている。
少し書いただけで批判されるのは面倒くさい。
だったら小さいコミュニティでいいじゃないかと。
実際、音楽の世界はまさにどんどん細分化していて、
遠くの島宇宙の話は
一言もわからないみたいになってますよね。
親密で楽しいコミュニティが求められている。
それこそmixi創業者の笠原健治さんが
2024年にmixi2を創成したのは、
みんなが仲良くできる新しいコミュニティをつくるには
どうしたらいいのかという
小さいコミュニティ思考の表れだと思うんです。
糸井
ぼくもそのことは感じています。
無理に遠い島宇宙同士が交信し合わなくてもいい。
島宇宙で最低限、何を守るかだと。
「人間が最低限守るところは守ろう」という
倫理さえあれば、あとはバラバラでいい。
佐々木
そうですよね。

糸井
音楽の話でも、
ぼくらがリアルタイムで聞いていた音楽が、
ロック音楽の先祖みたいになって
それを次の次の次の世代ぐらいが学んで
「この頃にバッファロー・スプリングフィールドがあって、
続いて、CSNY
(クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング)があって‥‥」
みたいなことをとびとびで知ってるわけですよ。
佐々木
音楽は体系的に聞かなきゃいけないという抑圧は
80年代ぐらいまではありましたよね。
「ドアーズも聞いてないのに
何を偉そうにロックを語っているんだ」
のようなことを言う人がいっぱいいたわけです。
でも今はそういう文化は無くなって、
あらゆるジャンルの音楽が
音楽配信サービスのSpotifyとかで
フラットに聞けるようになった。
そうすると、単なるリスペクトだけが残るのかな。
ロックが始まって半世紀以上経つわけで、
体系的に音楽を聞くのはそもそも無理ですよね。
糸井
いわゆる体系文化はツリー構造ですよね。
いまはタグ文化。
「同じジャンルに入るなら並列だよ」
という考えだと思うんですよ。
佐々木
そうですね。
SpotifyはAIを使ったリコメンドの機能がすごいんです。
自分にパーソナライズしたプレイリストができるんですよ。
普段、絶対聞かないような
アイドル歌手の曲がプレイリストに入っているんだけど、
聞くと「確かにこれは好みの曲だなあ」ということが
あるわけです。
曲調とかトンマナ(トーン&マナー)みたいなところで
その人にパーソナライズしているんですよね。
体系とは全く関係がない。
これはタグですよね。
佐々木俊尚好みっぽいタグみたいなのが
Spotifyの中にデータとしてあって、
それを元にプレイリストを提供しているわけです。
糸井
ぼくは体系文化とタグ文化を
行ったり来たりして両方に足をかけてる気がするな。
たぶん佐々木さんもそうですよね。
どっちかだけになるとつまらないんですよね。
体系文化もタグ文化も
両方が分裂せずに
佐々木さんの中に取り込めてるのが
リアリズムですね。
佐々木
そうですか(笑)。
体系文化はたぶん教養だと思うんですよ。
この社会はどのようにできているのかを知るヒントになる。
タグ文化は、たぶん現在のこと。
いまこの瞬間をどう楽しむのかに
つながってるような気がするんですよね。
社会を理解するためには
教養という体系は必要です。
でも日本はなぜこういう社会ができているのかは
体系の中だけでとらえると楽しくないので、
いったん体系を認識した上で
あとはいまを楽しみたいですね。

糸井
例えば映画を見たときに、
「この作品の本当の面白さを知るには
これを知らないといけない」という人が
大きな顔をしていた。
佐々木
昔からいますよね(笑)。
糸井
でも何も知らずに映画を見て
「ああ、面白かった」って言うのだって
その人の権利だし、ごく自然なことです。
「そんなこともわからずに、この映画を面白いと思ったの?」
と言う人は、楽しんでる人にとって邪魔ですよね。
だとしたら、体系文化を知りたいと思うのも
その人の自由。
体系を知っている人も知らない人も一緒になって
「今日の夜、映画のことを話そうぜ」となったら
楽しいですね。
佐々木
最近の映画『国宝』のブームは、
まさにそうなっていますね。
歌舞伎の映画なんだけど、
演じてる人たちは歌舞伎俳優ではない。
だからふだん歌舞伎を見ている人たちには
ちょっとした不満もあったりするかもしれないけれど、
100億円を超える興行収入となり大ヒットしてる。
糸井
体系文化とタグ文化があるから、
両方が豊かになりますよね。
あれだけ綿密に考えて作られた映画でありながら、
えも言われぬ魅力がある。
『国宝』は今年の大きな事件だった気がします。
佐々木
歌舞伎をやってる人にとっては
これまで歌舞伎を見たことがなかった人に
知ってもらえるのはありがたいでしょうね。
歌舞伎座の観客席に座ってると
あそこまでのダイナミズムはない感じがします。
舞台を映像で撮ることでダイナミズムを感じて
「あ、歌舞伎の魅力ってこういうことだったのか」
とぼくは感じましたね。
糸井
撮影のチームは外国人なんですよね。
佐々木
あー、やっぱり。視点が違うんですね。
だからエキゾチックなオリエンタリズムっぽさがあるのか。

(明日につづきます)

2025-10-24-FRI

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    気負わず、できる範囲で山を楽しんでほしいという、佐々木さんが新しい登山のかたちを書いた『フラット登山』(かんき出版)。どんな装備を用意したらいいかから、どんなコースを歩いたらいいかまで、かなり実践的な内容です。佐々木さんのパートナー、松尾たいこさんによる装画もさわやかで、山に行きたくなります。