新しい登山の形「フラット登山」や、
三拠点生活など、
自然や地方との関わりのなかで、
ご自身にとっての心地よい生活のしかたを模索している
ジャーナリストの佐々木俊尚さんと、
糸井重里が久しぶりに会って話しました。
話は、「ホーム」をどう考えるかにはじまり、
地域との関わり方から、
働き方、人生の終わり方にまで及びました。
これから先、より心地よい生活を
送っていくにはどうすればいいか、
あなたも一緒に考えてみませんか?

>佐々木俊尚さんプロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

作家・ジャーナリスト。
1961年兵庫県生まれ。
毎日新聞記者、月刊アスキー編集部を経て、
フリージャーナリストとして活躍。
テクノロジーから政治、経済、社会、
ライフスタイルにいたるまで発信する。
「フラット登山」を考案。散歩でもない、
ロングトレイルでもない、新しい登山の形を提唱している。
著書に『フラット登山』(かんき出版)のほか、
『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、
『そして、暮らしは共同体になる。』
(アノニマ・スタジオ)などがある。

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ホームの意識は世代でちがう?

糸井
佐々木さんの普段の生活のなかで
「ここがホーム」という場所はないんですか?
佐々木
三拠点移動生活してると、ないですね。
移動生活の面白さはリセット感なんです。
例えば東京で仕事をしてます。
ぼくは今週の土曜日から軽井沢に移動するんですけど、
そうすると金曜日夜までに
いまやってる仕事をあらかた片づけておく。
それと同時に野菜と肉をできるだけ食べ尽くして、
家にきりをつける。
土曜日に軽井沢に移動すると
その日からまた別の自分が始まるみたいな。
それで、東京に戻って来るときに
またリセットされます。
だから3か所を移動する間に
脱皮するかのように自分がどんどん入れ替わっていく。
昆虫と違って成長しているわけじゃないんですけど。
糸井
循環してますよね。
佐々木
そうですね。
循環して入れ替わっていく感覚はある。
そうするとホームという感覚はなくて、
リセット感だけがあるんです。

糸井
例えば大事な原稿を書いてるとします。
その原稿はパソコンの中に入ってるわけですね。
佐々木
クラウドに置いてあるわけですよね。
糸井
あ、そうか、クラウドにありますね。
移動した先で落ち着いてその原稿を開いて
「さあ、始める」っていうことですか?
佐々木
そうです。3か所の拠点それぞれに
MacBookの電源コードが置いてあるんで、
パソコンにつないで原稿の続きを書くんです。
糸井
ほおー。今わかろうとしてるんですけど、
ちょっとよくわかってないかもしれない(笑)。
佐々木
そんな難しい話じゃないです(笑)。

糸井
こうやって話してて、佐々木さんとぼくのあいだの
この微妙なズレが楽しいんですよ。
ぼくはホームというものが
自分に大きな影響を与えると感じてきたので、
いま、感覚として理解が追いつかない。
佐々木
なるほど(笑)。
それってひょっとしたら世代の違いかもしれません。
以前、評論家の平川克美さんが
『21世紀の楕円幻想論』という本の中で
70年代に流行った
『木綿のハンカチーフ』という歌を聴くと
泣くと書いていたんです。
糸井
あれは故郷、つまりホームをめぐる往復の歌ですよね。
佐々木
そうです。
あの歌はホームがありながらも、
そのホームを捨てて都会に出てきた
自分の歌ですよね。
糸井さんのような団塊の世代の人たちは
農村に住んでいて大学進学や集団就職で東京へ出てきた。
田舎を捨てることで
高度経済成長の中を生きてきた自負があると同時に
ある種の後悔の念があったりする。
その後悔の念があるから
『木綿のハンカチーフ』を聴くと泣くと
書いていて、なるほどなあと。
ぼくは10歳ぐらい下なんですけど
なんとなくその感覚わかると思ったんです。

糸井
ぼくも前橋で生まれたんですけど、
「ここにいたら無理だな」って思ったんです。
佐々木
それは10代の頃ですか。
糸井
はい、10代の頃に。
そのとき「東京を自分のベースにする」と
選んだつもりなんです。
そのつもりだったけど、いま現在、
前橋と東京の2点で考えてるのは確かです。
佐々木
コロナ禍の頃からリモートワークが普及してきて、
二拠点生活をしてる人はいますよね。
そうすると首都圏の新興住宅街で生まれ育ったけど、
群馬や山梨に家を借りて
東京と行ったり来たりしてる20代30代の人がいます。
彼らにとってホームってどこなのかって考えると、
首都圏の住宅地ではないんだろうと思うんですよね。
糸井
そうですよね。
家族のつながりが影響しているかもしれない。
家族が落ち着いて過ごせる場所が
ホームなんでしょうか。
佐々木
そうですね。
そういえば、移動したいけれど、
家族という枷にとらわれて移動できない人が
たくさんいると気がついたことがありました。
たとえば、軽井沢。
住みやすいけれど、
前は若い世代があまり来なかったんですね。
それが、5年ぐらい前に風越学園という
私立の幼小中一貫校ができ、
隣の佐久市にも新しいタイプの学校ができ、
さらに高校ではISAKという
インターナショナルスクールが
10年前くらいにできて。
そのとたんお金の余裕のある経営者層が
家族ぐるみでワーッて引っ越して来たんです。
教育環境が移動や移住のネックに
なっていたんだなと気が付きました。
つまり、「家族が落ち着ける環境」ですよね。
糸井
いまは「家族」という集合から
親戚が外れている時代ですよね。
もともとは、親戚まで含めて家族だった時代が
長く続いていた。
助け合うって意味で大事だったわけで、
親戚をないがしろにしたら
生きていけなかったんだと思うんです。
それが、だんだんと核家族っていう言葉が出てきて
いまは単身世帯が増え、
家族の形も変わってきている。

佐々木
女性で、年をとったら
夫はもういいと言っている人もいますよね。
女性同士で楽しく暮らしたいって言ってる人。
糸井
それはね、ありますよ。
女性同士は上手に社会生活を送れますから。
佐々木
コミュニケーション能力が高いですよね。
山に行くととくに思うんですよ。
女性は集団で来てワーワー楽しそうにしゃべりながら、
山と関係ない孫の話とかして登ってるんですけど、
男性は、怖い顔をして1人で歩いてる人が多い。
糸井
どこに行っても女性同士が助け合って
励まし合って、
あっちこっちでうまく過ごしているのは
とてもうらやましいですね。
佐々木
うらやましいですね。
糸井
いま、世代によって、また男女の違いによって、
「ホーム」の意識はそれぞれに
大きく違ったりもするんですかね。

(明日につづきます)

2025-10-22-WED

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    気負わず、できる範囲で山を楽しんでほしいという、佐々木さんが新しい登山のかたちを書いた『フラット登山』(かんき出版)。どんな装備を用意したらいいかから、どんなコースを歩いたらいいかまで、かなり実践的な内容です。佐々木さんのパートナー、松尾たいこさんによる装画もさわやかで、山に行きたくなります。