
新しい登山の形「フラット登山」や、
三拠点生活など、
自然や地方との関わりのなかで、
ご自身にとっての心地よい生活のしかたを模索している
ジャーナリストの佐々木俊尚さんと、
糸井重里が久しぶりに会って話しました。
話は、「ホーム」をどう考えるかにはじまり、
地域との関わり方から、
働き方、人生の終わり方にまで及びました。
これから先、より心地よい生活を
送っていくにはどうすればいいか、
あなたも一緒に考えてみませんか?
佐々木俊尚(ささき・としなお)
作家・ジャーナリスト。
1961年兵庫県生まれ。
毎日新聞記者、月刊アスキー編集部を経て、
フリージャーナリストとして活躍。
テクノロジーから政治、経済、社会、
ライフスタイルにいたるまで発信する。
「フラット登山」を考案。散歩でもない、
ロングトレイルでもない、新しい登山の形を提唱している。
著書に『フラット登山』(かんき出版)のほか、
『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、
『そして、暮らしは共同体になる。』
(アノニマ・スタジオ)などがある。
2自分にとっての故郷って?
- 糸井
- これまで書かれてきたものから考えると
佐々木さんにはもともと、
東京にいる苦しさがあったんじゃないかな
と思うんですよ。
- 佐々木
- そうです。ぼくは10年ぐらい
東京と長野と福井で三拠点の移動生活を
していて、
都会にいることに風穴を開けるのを
毎月のようにやっています。
だいたい月に1週間は
長野か福井のどちらかに行っているんです。 - 自分のいる場所って
どうしても閉鎖的になるじゃないですか。
それこそ学校のような共同体でも
閉鎖的になるといじめが起きたり、
同調圧力が強まって厳しくなったりしますけど。 - それは個人の頭の中も同じで、
東京にいると23区と世界だけで生きていて、
その外側がないかのような錯覚に陥ってしまう。
閉塞感が出てきますよね。
「そこに風穴を開けるのはとても大事だな」と
昔からずっと思ってるんですよ。
- 糸井
- そういうことを長いこと実践してきたんですね。
- 佐々木
- そうです。
長野と福井と3か所にしてからは、
もう10年になりますね。
- 糸井
- 三拠点生活は思い切ってやったんですか?
それとも計画的にやったんですか?
- 佐々木
- 長野に家を借りたのは、2011年の東日本大震災の直後。
逃げ場所を1か所でも用意しといたほうがいいかな
と思ったからです。
あちこち探したんですけど、
長野なら東京から近いし、
外から来た人にもやさしい観光地であり別荘地
ということで家を借りました。 - そのあと、絵描きの妻が陶芸もやると
言い出したんですね。
福井の越前焼の友達と仲良くなって
行ったり来たりしてるうちに、
「家でも借りようか」となったんです。 - だから当初、妻は福井へ陶芸をやりに行ってたけど、
ぼくはあんまり行ってなかったんですよ。
- 糸井
- 福井は奥さんの側の事情で。
- 佐々木
- そうです。
そんなふうに、流れるように拠点を
増やしていったんです。 - 途中からは、これは壮大な実験と
考えてもいいかなと思うようになりました。
- 糸井
- たしかに実験ですね。
- 佐々木
- 人間って移動しながら生活するのが本能というか、
DNAに組み込まれていると思うんですよ。 - 例えばアフリカで生まれた人類は、
歩いて地球上に広がっていったわけです。
そのなかで日本人は、
一番遠くまで来た部類と言ってもいいのかなと。
我々より先に遠くまで行ったのは
アメリカ大陸に行った人たちだけですからね。
- 糸井
- アラスカ回りで。
- 佐々木
- そう、ベーリング海峡を越えて
アメリカ先住民族になった人たちは
我々よりたくさん歩いていますけど、
ぼくらはその次ぐらいに遠くから来てるんですよね。 - そう考えると日本人って、
ムラ社会とか土着だとか言いたがるけど、
遡れば一番遠くまで歩いた、
移動が好きな人たちのDNAを持ってると思うんですよ。
- 糸井
- 一見、トンデモ説のようですけど(笑)、
ワクワクします。
- 佐々木
- まあ思いつきですよ(笑)。
だけど、移動してきたのは間違いない。 - これも俗説ですけど、
猫はトイレを教えなくても覚えますよね。
でも犬と人間は覚えないから、
訓練しないといけない。
なぜかというと、犬と人間は移動型の動物だから、
したらそのあと移動すれば汚れても気にならない。
猫は定住型なので自分のところにウンチしたら
それを隠さないといけないので、
トイレを覚えるらしいんです。
- 糸井
- つまりフンの始末は
その定住する人たちには問題だけど、
移動している人には問題にならない。
- 佐々木
- そうなんです。
だから我々はきっと昔は始末のことを
考えてなかったんじゃないかなって。 - なにが言いたいかというと、
われわれのDNAに移動する行為は
刻み込まれているから、
移動するのが実は本能で、
定住するのは本能に反してるんじゃないのかと。 - だから、自分のなかで
「移動しつづけながら暮らすことを実践していけば、
新たな本能の芽生えや気づきが
現れるんじゃないか」と考えたんですね。
- 糸井
- ますますワクワクしますね。
- ぼくは「ホーム」という言葉が
すごく大事だと思っていまして。
さらに最近は
「ホームに似たところで、アウェイじゃないところ」が
もう1つあるといいと思っているんです。
- 佐々木
- なるほど。サードプレイス的な発想ですかね。
- カナダのマイケル・イグナティエフという
ジャーナリストで、政治家もやった人がいるんですけど。
その人が本で「ホーム」について書いていたんです。 - 「ホーム」って故郷で、
我々はみんな、ホームって言いたがるけど、
ほんとにホームなんかあるのかと。
- 糸井
- ホームなんかほんとにあるのか。
- 佐々木
- 糸井さんとかぼくの世代だと、
井上陽水の『少年時代』みたいに
田舎におばあちゃんの家があって
すいかを食べながら花火を見てのようなところに
ホームの感覚があるわけです。
だけど、今の20代30代って
実家が首都圏という人が多いですよね。 - これは想像ですけど、
ロードサイドに量販店があるような
新興住宅街で育つと、
ホームの感覚があんまりないんじゃないかなと思って。
現代におけるホームの感覚とは
なんなのかって思っていたんです。 - イグナティエフいわく、
「自分がある場所に行って、
そこで人間関係を作り、その土地に愛着があれば、
それは常にホームになりうるんじゃないか」と。
ぼくはそれにすごく共感したんですよ。
- 糸井
- このまえ、同じようなことを
思っている人の話を聞きました。
その女性は
「子どもを産んだ場所がホームになる気がする」
と言ってました。
- 佐々木
- あー、なるほど。
- 糸井
- 大阪の新興住宅地で育って、
その町の景色は自分の記憶にあるけど、
結婚して子どもを産んだ場所のほうが
ホームだと感じるそうなんですね。
そのホームと感じる場所があるから
この先、引っ越しなどで移動するのも平気なんだそうです。 - それを聞きながら、
「これは、ヒントになるな」と思ったんですね。
ホームは必ずしも、生まれた場所じゃなくても
いいんじゃないかって。
- 佐々木
- 自分の基盤ができた場所というのが
ホームなのかもしれないですよね。
そしてホームは心の中にあれば、
それでいいということでもあるんです。
- 糸井
- そういうことなのかなあ。
ずっと流浪している人もいるけど、
起点というホームは必要なのかもしれないですね。
- 佐々木
- 一般的な登山は、登山口から山頂に行って
下山してどこかの登山口に下りるという
必ず帰ってくるもので、
ホームに戻るものですけれども。 - ただ、ここ10年ぐらいで定着してきた
長い道を歩く「ロングトレイル」は
少し違うスタイルなんです。 - 有名なのは「みちのく潮風トレイル」という道。
青森から東日本大震災の被災地沿いに
福島まで1000km以上続く道で、
歩くと2か月ぐらいかかるんですね。
ぼくも、青森から岩手まで
4、5日間ぐらい歩いたことはあります。
- 糸井
- あ、ほぼ日でも乗組員が行っていました。
(ちょこっと潮風ほぼトレイル)
- 佐々木
- ロングトレイルはゴールがないんですよね。
ずーっとただ歩き続けるだけみたいな。
歩くことが本質であって、
山頂に到達して
そこから下りて戻るって発想がそもそもない。
- 糸井
- すごろくではないんですね。
ボードゲームで言えばモノポリー型ですね。
- 佐々木
- そうです。
ある意味、太陽系を惑星がぐるぐる回り続けるみたいな。 - だけどロングトレイルのような発想だとして、
そこにホーム的なものはないのかというと、
そうでもなくて。 - ぼくの場合は、
「好きな景色がある場所がホーム」なんです。
このときの景色というのは、
額縁のように窓の外側に見える景色ではなくて、
「自分がそこにいる」という実感が得られる景色。 - 例えば森の中をずーっと歩いてたら
森の中がぽかっと開いて湿原になってる。
池塘(ちとう)という小さい池があって、
そのそばに座ってご飯を食べる。 - その景色自体が
ふっと夢の中にも出て来る懐かしい景色だったりして、
懐かしさが自分のなかに残る。
そこに、ある種のホーム感があるんですよ。
あそこにまた行きたいなあと、思ったりするんですよね。
- 糸井
- へんな質問かもしれませんが、
池のそばのホームで過ごすとき
寝るときの布団はどうするんですか?
- 佐々木
- 夜、必ずしも寝なくても。
そこでただ寝っ転がってるだけでもいいんです。
眠らなくても、
昼寝でもいいわけですよね。
- 糸井
- あー、そうか。
- 佐々木
- ホームのようなところに、
屋根があって布団がある必要は
必ずしもないと思うんですよね。
(明日につづきます)
2025-10-21-TUE
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佐々木俊尚さんの新刊

気負わず、できる範囲で山を楽しんでほしいという、佐々木さんが新しい登山のかたちを書いた『フラット登山』(かんき出版)。どんな装備を用意したらいいかから、どんなコースを歩いたらいいかまで、かなり実践的な内容です。佐々木さんのパートナー、松尾たいこさんによる装画もさわやかで、山に行きたくなります。
