「ほぼ日」夏限定の人気コンテンツ「ほぼ日の怪談。」がこの2019年もはじまりました。
昨年は書籍版の『ほぼ日の怪談。』がでて、さらに今年はなんと、電子書籍にもなりました。
(詳しくはこちらをどうぞ。)

この応援企画として、「本で読む怪談のおもしろさ」をもっと知りたいと、
たいへんな読書家である河野通和「ほぼ日の学校」学校長に、「こわい本」を紹介してもらうことに。

そして絞りに絞った5冊を、1時間で一気に語ってもらいましたよ。
なんと河野さんは、この紹介のために5冊を再読して、身も心もへとへとになったそうです。

‥‥‥それはざぞかし、こわいに違いない!!

どうぞ、お楽しみください。

ここでご紹介した本は、8月23日(金)からのTOBICHI東京「すてきな4畳間」のイベントで、すべて手にとってご購入いただけます。

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第2回

『シャイニング』


スティーヴン・キング

ある時期まで
スティーヴン・キングの新作(翻訳)が出ると、
すぐに読んでいました。
どれも夢中で読んだのですが、
いちばんこわかったといえば、これかな?

キングはもう、作品がいっぱいあって、
映画化されたものも『キャリー』、『シャイニング』、
『クージョ』、『ペット・セメタリー』、
『ミザリー』‥‥など、どれもこわい。
まさに「キング・オブ・ホラー」と呼ばれる作家です。

前回のルメートルとは対照的に、
作品としてはやや冗長なところがあります。

しかし、その饒舌な、もったり感がまた魅力です。
一本の木が茂っていて、
そこから木の葉が一枚ハラッと落ちた——
こういう文章を読んだだけでこわくなる。
すずめばちの巣がちょっと描写されているだけで、
ゾッとする。
物語はきわめて骨太。
なので、全体がジワジワッと来る感じで、
何気ない無駄な文章に見えるものが、実はこわいんです。

まるで交響曲のような感じ。
第1楽章はまだまだ序盤、序盤‥‥。
そんなにすぐには盛り上げませんよ、
という感じでジワッ、ジワッと攻めてくる。
肉食系のしつこさ、粘りが身上です。
それに最後は、打ちのめされます。

たとえばルメートルは切れ味の鋭いボクサー。
ストレートパンチを次々見舞われて、
最後は立っていられなくなる。
鮮やかなノックアウト負け、みたいな。

キングは重いパンチを浴びせてくるんだけど、
すぐには倒してくれない。
一発当てると、また泳がせる。
時々クリンチしながら、おい、苦しくなっただろ、
って耳元で囁かれるみたいな‥‥。
そしてまたドスーンとくるわけ。
いきなりノックアウトパンチ食らわせるんじゃなくて、
ボディブローをしつこく打ちながら、
読者を徐々に追い詰めていく。
もう勘弁してくれ、と思うんだけど、
なかなかフィニッシュしてくれない‥‥そういう感じ。

『シャイニング』は、コロラド州のリゾート・ホテル、
景観荘(オーバールック)ホテルが舞台です。
美しい自然の中に建っています。

だけど冬は、零下25度の酷寒と積雪に閉ざされ、
外界からは完全に遮断されます。
半年近く、外部とは没交渉になってしまいます。
最初からそういう仕掛けになっている。
そこに管理人としてひと冬住み込むことになった3人家族。
以前の管理人一家には不幸な事件があったらしい。
どうも、なにか秘密がありそうだ。
ホテルは広い。部屋がたくさんある。
どこから何が襲ってくるかわからない‥‥。

忌まわしい秘密の部屋がありそうな幽霊屋敷。
そこに、積雪や悪天候によって、
監禁されて逃げ場がないというこわさ。

主人公は、1年前までアメリカ東部の
プレップ・スクールで英語を教えていたインテリで、
教職のかたわら、小説や戯曲も書いていて、
一流雑誌に作品が掲載されたこともあります。

ただ、アルコール依存症の過去があり、
それに強い罪悪感を抱いている。
また、ひどい癇癪持ちで、
突発的に我を忘れてしまうことがある。
教師の職も、ちょっとしたことで生徒を激しく殴打し、
それが原因で失ってしまう。

作者のキング自身がアルコール依存症だった過去があり、
その苦しみだとか、
そこから何とか抜け出そうとする心理など、
真に迫ったリアリティーがあります。
また、家族との葛藤、両親に対する精神的なトラウマなど、
いかにもアメリカ的な、
どこにいてもおかしくない、
「善良で、小市民的な人物」です。

そういう人間の心の隙間に、
ホテルの邪悪な霊のようなものが、
ジワジワと、周到に忍び込んでくる。
徐々に、徐々に精神のバランスを失っていく。

妻も、5歳の息子も丁寧に描かれています。
息子は不思議な予知能力を持っています。
それがタイトルにもなっている、
“かがやき(シャイニング)”です。

映画のジャック・ニコルソンは、
最初からキレている感じでこわすぎなのですが、
小説はじわじわと人間が壊れていくこわさがあります。

私たちの誰にもありそうな心の脆さ、哀しさ。
さんざんこわがらせてくれる一方で、
そういう文学的な感動も与えてくれる小説です。
そして、人間の善意が物語全体を救っていて、
それが後味の良さにつながっています。

(つづきます)

2019-08-16-FRI

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