──

歌って不思議だなあと思うんです。

メロディと、リズムと、歌う人の声とが
奇跡的な噛み合いかたをすると、
いきなり、瞬間的に心臓をつかんでくる。

ソワレ

ぼくが思うのは、
歌って
誰かに教わるものじゃないってことです。
自分の経験から出てくるもの。

シャンソンみたいに大きなテーマの歌を、
こうやって歌え、ああやって歌え、
なんて人から言われて歌ったって、
それは、その「教えてくれた人」以上に
人の心を動かすものにはならない。

──

なるほど。

ソワレ

ぼくも、越路さんの呪縛が解けたのは、
本当に最近だから。
８枚組のＣＤを出してからだと思います。
それまでは、
自分の中のどこかに、越路さんがいた。

でも、いまは、
やっと「ありがとうございました」って、
言えるような気がしています。

──

その「呪縛」が解けてからというのは、
自分の歌が変わったと、
自分でも感じたりするんですか。

ソワレ

自分じゃわかんないです。
自分の歌が歌えるようになったかなと、
自分で感じているだけ。

それに「シャンソン」という音楽って、
いまの日本では、
マニアックなジャンルとされているし、
一般的にも「音楽」というものは、
ＣＤがどれだけ動いたか、
コンサートの動員が
どれだけあったかで測られてますよね。

──

ええ。

ソワレ

その意味で言ったら、
ひとりでも聴いてくれる人がいるなら、
その人の感動のために
わたしは歌います‥‥っていうのは、
ぼくは、負け惜しみだと思う。

──

そうですか。

ソワレ

やっぱり、歌うからには、
ひとりでも多くの人に、聴いてほしい。

そういう音楽になれる可能性が、
ぼくは、シャンソンには、あると思う。

──

かつては越路吹雪さんが、
そんなコンサートをやってたわけだし。

ソワレ

そう。その越路さんだって、
最初は600人くらいのホールでした。
そこから、
だんだん大きくなっていったんです。
だからぼくも、なんとかして
シャンソンを盛り上げたいと思ってます。

シャンソンって、難しそうというか、
インテリっぽいというか、
シニカルなんじゃないかっていう
少し偏ったイメージがあると思うんです。
フランス映画なんかに、
そういう側面があったりしますから。

──

わかりにくいって思われがち。

ソワレ

でも、越路吹雪さんを聴いてもらったら、
そんなことないって思うはず。

演歌の神野美伽さんがシャンソンを歌う、
という挑戦が話題になって、
シャンソンを
引っ張っていってほしいなあと思います。

──

自分は、今回のことがきっかけで
シャンソンを聴くようになったんですが、
ぼくら初心者でも知っている、
どこかで聴いたことのある曲が多いなと、
あらためて感じました。

ソワレ

「愛の讃歌」「ろくでなし」
「マイ・ウェイ」「オー・シャンゼリゼ」
「枯葉」「サン・トワ・マミー」
とかね。

青い部屋の戸川昌子さんは、
もともと「銀巴里」の出身なんですけど、
銀巴里がなくなったあと、
シャンソンの火を消したくないと言って、
自分の青い部屋で、
毎週月曜にコンサートやってたんですね。

──

ええ。

ソワレ

青い部屋がなくなってからは、
サラヴァ東京でやっていたんですけれど、
戸川さん亡くなったあとは、
ぼくが引き継いで、
今年の７月に「300回」を迎えたんです。

──

すごーい。300回！

ソワレ

それは「ソワレシャンソンコンサート」、
「ソワシャン」って言ってるんですが、
300曲やりました。

──

えっ？

ソワレ

100回のとき１日で100曲やったんです。
200回のときは、３日で200曲。

今回は、３日で300曲やったんです。

──

1日100曲というのは‥‥
えっと、100曲歌うってことですか。

ソワレ

そうですよ。シャンソン、カンツォーネ、
越路さんのオリジナルなんかも
混ぜましたけど。

100曲なんて、すぐですからね。
もちろん、メドレーとかにするので。
１回目のときは大変でしたけど。

──

どこでやったんですか。

ソワレ

この店。

７月14日ってフランスの革命記念日、
つまりパリ祭の日なんですが
その日が、偶然300回の日だったの。
もう、やるしかないでしょ？
７月の14日・21日・28日と
３日にわけて、100曲ずつシャンソン。

撮影：にしの ゆうき

──

これから「はじめてのシャンソン」の
本番へ向けて、
シャンソンを知らなかった人たちと、
一緒にシャンソンを聴いていきたいなあと
思っているんですけど、
はじめての人が
「生のシャンソン」を聴きたいと思ったら、
この店に来れば、聴ける。

ソワレ

聴けます。
最初は勇気がいるかもしれないですが、
ぜひ、ひとりで来てほしいです。

この店は「十話音（とわおん）」と
いう名前なんですけど
「とわ」は「toi」で「あなた」、
「おん」が「On my own」の「own」で、
ようするに
「ひとりぼっち」という意味なんです。

──

なるほど。

ソワレ

誰かと一緒にいたとしても、
人って、結局のところひとりぼっちだし、
ひとりぼっちでいいと思う。

ひとりぼっちどうしが
なんとなく肩を寄せ合えるっていうかな、
どこかで
つながれるような場所があったいいって、
そういう気持ちでつくったんです。

──

ひとりで来ても、こわくない‥‥？

ソワレ

ぜんぜん大丈夫ですよ（笑）。

ひとりでふらっと来ても、
あったかくしましょうね、という思いで、
この店をやってるので。
シャンソンは、
そこに寄り添う音楽だと思っているので。

──

たしかに、シャンソンって
孤独みたいなことと親和性があるような。

ソワレ

そうですね。でも、
シャンソンの孤独はしみったれてないの。
背筋がピンと伸びてる。

むしろ「孤独で何が悪いんだ」みたいな、
そういうところがある。そこが好き。
実際、ひとりでいいじゃんとも思うしね。

──

ひとりだけど、
人と人との関係を大切にしてる印象です。

ソワレ

そうですね。ひとりで生きていきなさい、
と突き放しているわけじゃない。

ひとりで来ても、何か出会いがあるから。

──

出会いが前提の「ひとりで来てね」だと。
すてきなコンセプトだなあ。

ぼくらの「はじめてのシャンソン」でも、
そんなふうになったらいいな。
つまり、お友だちと来ても当然いいけど、
「ひとりで来ても大丈夫」みたいな。

ソワレ

どんどん外に出たほうがいいと思います。
若い人も、大人も、それもひとりで。
人はひとり。でも、人に出会うから。

ひとりで外へ出たほうが、
出会いが３倍に膨らむような気もするし。
カウンターに座って、
歌が終わったあと、
偶然となりあった人としゃべってみたり。

──

人はひとり。でも、人に出会う。

そう言ってもらえると、
ぼくたち来るほうもちょっと気が楽です。

ソワレ

シャンソンって、
ＣＤが売れる音楽ではないと思うんです。
生で聴いて心が動くタイプの音楽。

なぜかっていうと、
歌う人によって、歌う日によって、
同じ歌でも、ぜんぜんちがってくるから。

──

ああ。その日のシャンソンを、生で聴く。

ソワレ

それががいちばんいいと思います。

もし、今日このあとお時間があったら、
この近所の店で
シャンソンのコンサートをやるので、
ご一緒しません？

──

え、いいんですか。

ソワレ

もちろん。ふつうのシャンソニエには
絶対に出ないタイプの、
個性的なシャンソン歌手のみなさんが、
せいぞろいして歌う予定なので。

──

見ておかないとですね、それは。

ソワレ

歌って、
人の人生を変えちゃうじゃないですか。
ぼくの人生が変わったみたいに。

奥野さんの人生も、
今夜で変わってしまうかもね（笑）。

──

わはは、どうなるんだろう。
自分が怖い。楽しみです。

ソワレ

ぼくの人生こんなことになってるのも、
奈保子さんと越路さんのせい。

そう言ってぜんぜん過言ではないので。