こんにちは。ほぼ日の永田泰大です。
オリンピックのたびに、
たくさんの投稿を編集して更新する
「観たぞ、オリンピック」という
コンテンツをつくっていました。
東京オリンピックでそれもひと区切りして、
この北京オリンピックはものすごく久しぶりに
ひとりでのんびり観戦しようと思っていたのですが、
なにもしないのも、なんだかちょっと落ち着かない。
そこで、このオリンピックの期間中、
自由に更新できる場所をつくっておくことにしました。
いつ、なにを、どのくらい書くか、決めてません。
一日に何度も更新するかもしれません。
意外にあんまり書かないかもしれません。
観ながら「 #mitazo 」のハッシュタグで、
あれこれTweetはすると思います。
とりあえず、やっぱりたのしみです、オリンピック。

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8 男子フィギュアスケート

羽生結弦の北京2022オリンピック

 
競技がすべて終わったあと、
何個目かのインタビューを受けていた羽生結弦は、
記者からいま入った情報として
「4回転アクセル、公認されました」と伝えられて、
あっ、そうなんですか、と文字通り目を丸くして驚いた。
そして「そっか」とつぶやいたあと、
照れ隠しみたいに「ハハハ」と笑い、
目をそらし、何かを噛みしめるみたいにうなずいたあと、
もう一度、「‥‥そっか」と繰り返した。
そのまま自分の世界に入っていきそうだった羽生結弦は
我に返ってインタビューアーとすこし専門的な話をしたが、
やがてまた噛みしめるように下を向いて黙り、
「あー‥‥」と安堵の声をもらしたあと、
すこし目を潤ませながら、
「なんかちょっと報われました」と笑った。
まるでドラマのセリフみたいだな、とぼくは思った。
象徴的な意味ではなく、ほんとに台本があるみたいな、
どこかからそういうシーンを抜き出してきたみたいな
ことばと間と表情だった。
羽生結弦はしばしばそういう、
ドラマに出てくるような振る舞いをする。
いや、自分の印象をもっと正確に言うと、
ドラマより似ているものがある。
羽生結弦のことばや行動は、
ときどきアニメのワンシーンみたいだとぼくは思う。
完全に主観で申し訳ないけど、
漫画でもドラマでも映画でもなく、アニメが近い。
自分を焚きつけるような独り言を言うとき、
ギアが入ったときと力が抜けたときのギャップ、
会心の演技が終わったときの雄叫び。
そしてなによりあのフォルム。
危険な場面だったから
例として挙げるのは不謹慎かもしれないけど、
試合前の6分間練習でほかの選手とぶつかって
大怪我をしたとき、血をしたたらせながら
ゆらりと戻ってきたときなんかも
いま思えばアニメの一場面みたいだった。
そして彼のトレードマークのひとつ、
くまのプーさんは、
主人公のおともとしてついてまわる
世界観の設定から例外的にはみ出した
マスコットキャラクターみたいだ。
羽生結弦はぼそぼそしゃべらない。
笑うときは「ハハハ」と笑う。
声を張ってしゃべるわけではないが、
ひとつひとつ確かめるように選ぶことばの
輪郭ははっきりしていて滑舌がいい。
そもそもあの声は誰かがあててるんじゃないか?
そして、羽生結弦は奇跡を起こす。
土壇場でものすごい力を発揮する。
ロシアの王子様みたいなスケーターに憧れ、
その伝説的な人から才能を認められてもいる。
彼は4年に一度開催される世界一を決める大会で
2回続けてチャンピオンになり、
世界中のライバルたちに注目されている。
3度目の挑戦となる今回は、
まだ誰も見たことのない必殺技を繰り出すという。
しかも、戦うときは特別な
コスチュームを身に纏う(当たり前だ)。
ああ、なんて主人公なんだ、羽生結弦。
こんな人が、ほんとにいるんですよ、日本に。
そりゃぁ、海外で大人気になるよなと思う。
そんな主人公だから、人々は期待したかもしれない。
追い詰められた絶体絶命のフリーで
奇跡の4回転アクセルを決めて
大逆転の金メダル、なんてことを。
でも、そういうウソみたいな展開は、
かえっていまのアニメっぽくはないのかもしれない。
羽生結弦はお話の主人公みたいだけど、リアルだ。
ショートプログラムの最初の4回転サルコウのとき、
氷上の穴に足をとられて踏み切る力が分散され、
失敗すらできなかった。
4年間のすべてをかけた本番が台無しになった瞬間、
彼はいったいどうしたか。
滑りながらその穴を確認したのだ。
憤るでも落ち込むでもなく、
切り替えようとすらせずに、
ただその穴をちらりと見たのだ。
いま自分の足がとられたのはあの穴か、と。
その場面が何度もリプレイされるたび、
ぼくはそれを確認してちょっとゾッとした。
どういうレベルの冷静さだ、それは。
羽生結弦は特別だと思う。
スポーツ観戦が好きなぼくはたくさんの
トップアスリートを見てきたけど、
こんな人はちょっといないと思う。
才能があって、練習し続けて、冷静で、リアルで、
ちょっと変なところもそうとうあって、
ぜんぶひっくるめてどうかというと、かっこいい。
かっこわるいことはなんてかっこいいんだろう、
という使い古されたフレーズがある。
でも、ほんとにそうなんだ。
かっこわるいことって、なんてかっこいいんだろう。
羽生結弦も、かっこわるくてかっこいい。
彼は宣言する。彼はチャレンジする。彼は努力する。
限界を超えようとのたうち回り、
自分にキレたり、氷に話しかけたりする。
周囲に聞こえるような独り言を言うし、
失敗するし、顔色が変わるし、
急にふにゃふにゃしたりする。
思えばそれってぜんぶ、
自分にとってマイナスになることを
背負い込みたくない人が
絶対にやらないようにしようと
慎重に避けていることだと思う。
そういうことをぜんぶやるのが羽生結弦だ。
立ち向かうのが羽生結弦だ。
かっこいい。かっこわるい。かっこいい。
このオリンピックもやっぱりかっこよかったな、と思う。
羽生結弦の北京2022オリンピックは終わった。
主人公の物語に続編があるのか、誰にもわからない。
たぶん、本人にもわかっていないのだろう。
でも、多くの人に愛されるアニメって、
とうとう終わったと思っても、
また続編が出たりするからね。

(つづきます)

2022-02-11-FRI

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