暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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後編 明日着たくなるニット。 ニットデザイナー 野口智子さん

 
店舗の隣にあるアトリエも見せていただきました。
四方を毛糸に囲まれた、
ニッターにとっては夢のような仕事場。
作品づくりに集中して取り組めるように、
テーブルの上はコーヒーメーカーやタイマーなど
限られたものしか置かれておらず、
野口さんのストイックさを感じます。
道具も、かけてきた時間を感じられる、
使い込まれたものだけ。

 
「すごいボロボロで
お見せするのも恥ずかしいんですけど(笑)、
使っているのは輪針だけです。
いろいろなメーカーの針を試しましたが、
私の手にはチューリップさんのものが一番合っています。
いつでも持ち歩けるように、道具類は厳選して。
10年経ってないと思うんですけど、
かなり使い込んでいますね。
ときには折れてしまうこともあります」

 
ニットも含めて、
「とにかく洋服が大好きなんです」という野口さん。
これまで古着を取り入れたファッションもあれば
マルジェラといったブランド服を着たり、
全身モノトーンコーデだった時期も。
そのときどきの興味や気分に合わせて、
さまざまなファッションにトライしてきました。
そうしたファッションを楽しむ気持ちが、
野口さんの作品の原点にあります。

 
「もちろん、編む楽しみもキットに盛り込むけれど、
ハードなニッターの方だと物足りないかもしれません。
テクニックよりも、早く着たいという、
着るところにモチベーションがあるかもしれないですね。
私自身、お洋服を1シーズンでたくさん買うんです。
毎年新しいものを編んで着たい、という
気持ちを満たすものをつくるのが私の役目かなと。
はじめは依頼を受けてつくるばかりでしたが、
だんだんと自分の個性もわかってもらえて、
自分自身が着たいと思えるものを
デザインできるようになってきました」

 
これまで6冊の著書も発表し、
世界観を確立していった野口さん。
新作『あしたのニット』(文化出版局)は、
手軽に編めて「明日からすぐ着たい!」と
思えるような22作品が掲載され、
野口さんの作風の魅力を存分に味わえます。
なんと、掲載作品のなかには、Miknitsの
オリジナル糸を使っていただいたものも。
「私、三國万里子さんのファンなんです。
作品づくりの合間で、キットも編んでいるんですよ。
Miknitsアランのピンクを使った
ネックセーターは、
ケーブル編みと玉編みを使ったデザイン。
Miknitsアランは風合いがいいなと思って使いました」

 
「chocoshoe」は野口さんの作品にかぎらず、
iiii(いにいに)さんや池上舞さんといった
4人のニットクリエイターが集まり、
それぞれが制作したキットを取り扱っています。
全員の共通点は、洋服が好きなこと。
「全員洋服が好きなので、
明日着たくなるようなニット、という
chocoshoeのコンセプトをブラさずに
作品をつくれるんだと思います。
全ての作品に私が目を通していることもありますが、
色味のテイストだけ揃えれば、
ほかファッションのバリエーションみたいなものは
それぞれの好みや個性が反映されていますね
なので、キットを並べてみるとなんとなく違いがある。
お客さんもそれぞれに付いていて、
うまくやれているのかなと思います。
私が猪突猛進タイプなので
付いてきてくれるみんなに大感謝です(笑)」

 
ニットを好きな人たちが
集まれる場所として育んできたchocoshoeという店。
この場所を続けていくことが、
今の野口さんが大事にしたいことです。
「デザインに対する対価はなかなか上がらなくて、
ニット作家一本で食べていくのは難しい。
手芸業界全体の問題だと思いますけど、
才能があったとしても若い作家さんは
作品を発表する場所があまりないので、
ますます作家として活躍する厳しさを感じます。
熱意のある作家さんが自分の作品を披露できる場として、
この場所があったらいいなと思っています。
私が若いときに、
こんなお店があったら超ラッキーだったと思います(笑)。
編みものでサラリーをもらえる生活をつくりたいですし、
兼業してでも大切にしてくれているこの場所を
長く維持することが今の私の目標です」

 
野口さんの根底にあるのは、
ニットへの愛とつくる楽しさ。
同じ思いを共有する仲間と一緒に、
そのよろこびを届けています。
「私は、ほんとうに編みものバカなんです。
ずっと編んでしまいますし、
つくりたいものがどんどん出てきます。
編みものの魅力について
聞かれることが多いんですけど、
『編みものってすごく楽しいよ』しか言えないくらい、
その思いが強いですね。
年齢を重ねても楽しみ続けられるものだと思います。」


ニットデザイナー、野口智子さんの新刊、
『あしたのニット』が文化出版局より発売されています。
全部で22点。気軽に編めそうなものから大モノまで、
そのときの気分によって編みたいものを選んだり、
「明日着ていきたい」という動機で
編みたいものを見つけるのも楽しい一冊です。

『あしたのニット』
出版社:文化出版局

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(終わります。野口智子さん、ありがとうございました。)

写真・川村恵理

2025-09-22-MON

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