暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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前編 デザインのはじまりは毛糸。 ニットデザイナー 野口智子さん

 
パステルピンクやパステルブルー、
蛍光グリーンなど
プレイフルな色にときめく、
ニットデザイナー野口智子さんの作品。
コーディネートを考えるのが楽しみになる
“着たくなるニット”は、
お洋服が大好きな野口さんだからこそ
つくりだせるものです。
 
ニット作家として作品づくりや
デザインのお仕事をされながら、
渋谷にある編みもののお店「chocoshoe」
オーナーをつとめる野口さん。
どのようにして編みものの世界に惹かれていったのか。
お話を聞きに、渋谷のお店に伺いました。

 
ニットの仕事をはじめて20年以上。
野口さんが編みものをはじめたのは小学生のころです。
「母がすごく編む人なので、
小学生のころから自然と編んでいました。
でも、洋服をつくるほうが好きで、
高校生のころは『装苑』を買って、
付属するパターンで洋服を作っていたほど。
なので、パタンナーを目指して
文化服装学院に入ったんです。
1年間、基礎科で洋服全般について学んで、
2年目でデザイン科、技術科、テキスタイルデザイン科、
MD科、ニット科の中から一つを選択するのですが、
そこでニット科を選びました。
 
ニット科を選んだのは、
パターンって1mmズレたらダメな世界なんですね。
この1mmで服のラインが変わると言われるけれど、
そういう細かさが性に合っていなくて‥‥
ニット科に見学に行ったら先生が、
『1cmくらいは誤差です』とおっしゃったのが印象的で、
私はニットの方が合うかもしれないと思ったんです」

 
ニット科に進んだ野口さんは、
1本の糸からバリエーション豊かな作品が
生まれることに感銘し、
ニットへの愛が深まっていきます。
そして、イタリアへの留学を決めます。
 
「文化服装学院のつながりで、
イタリアのLineapiu(リネアピゥ)社という
紡績会社で仕事をしていました。
イタリア語はまったく喋れなかったんですけど、
いつか海外に行きたいとずっと思っていて、
試験を受けて無事合格。
リネアピゥではモヘヤ糸のサンプルをつくる担当になり、
いろいろなモヘヤを扱いました。
ほかにもさまざまな毛糸に触れた
イタリアの会社での経験が、
自分の“好きなもの”のベースになったと思います」

 
イタリアの紡績会社では、
日本では見ないような色味の毛糸に触れます。
それが、やわらかいパステルカラーや、
野口さんらしい遊び心のある色づかいにつながります。
 
「イタリアは日本と違って発色のいい毛糸が多いんです。
私の働いていた紡績会社では
パステル調の色見本ばかりだったので、
日本に帰ってきて、色見本の暗さに驚きました。
私はイタリアで出会った色に
すっかり魅了されていたので、
パステルカラーなど明るい色がメインなんだと思います。
オリジナルの毛糸もつくっているのですが、
日本であまりみないパステルカラーが特徴です」
 
帰国後はアパレル会社やセレクトショップのバイヤーなどの
仕事を経て、20代で編みもの作家として独立。
編みものの仕事も落ち着いてきたころ、
学生のころからあこがれていたニットのお店を
2015年にオープンしました。

 
隅から隅までかわいいもので
びっしりと埋め尽くされた空間は
野口さんの作風を体現していて、
ひとつひとつに思わず手が止まってしまいます。
 
かわいらしい世界観を
プロデュースするのはデザイナーの旦那さま。
Instagramの写真やウェブのデザイン、店舗の空間など
ブランドのイメージを一緒に考えて作り出してくれる、
たのもしい存在です。
キットの販売やワークショップを続けていたなかで、
お店はコロナ禍に転機を迎えます。

 
「お店を維持するためには
SNSやオンラインを強化していこうとなって、
これまで以上に新作のキットを発表することにしました。
そこで、イラレを覚えて、自分で編み図を作って。
思い返せば大変でしたが、
この頃に知ってもらう機会が増えました」
 
ここからは、数ある作品のなかから、
とくにお気に入りのニットを見せていただきました。

 
「パステルピンクのニットを編みたくて、
自分の好きな要素をたっぷり詰めこんだ
オリジナル糸をつくってもらいました。
光沢のあるウールの毛糸が好みではなくて、
マットな質感の毛糸が特徴です。
 
デザインを考えるときは、
毛糸から『こういうのが編みたいな』と
想像がふくらむことが多いです。
なので、毛糸の質感やカラーがとっても大事。
オリジナル糸もパステルカラーがほとんどです。
あとは、ネオンカラーも多用しますね」

 
淡い色味が組み合わせられたニット。
色の組み合わせは“感覚的”で、
学生のころからテイストは変わらないそう。

 
「DARUMA PATTERN BOOK vol.9に
掲載されているプルオーバーです。
すこし個性的なので『届くかな』と不安もありましたが、
たくさんの方に手にとってもらえました。
これまですごい数の作品を出してきても
編まれている感触がなかったんです。
でも、キットで買ってもらえると、
編んでもらえるよろこびがありますね」

 
韓国のタワシに使われているポリの糸や
極太の糸など糸のラインナップだけでもたくさん。
「chocoshoeでは手芸用のメーカーに限らず、
アパレル関係の糸商さんからも糸を仕入れているので、
個性的でかわいい糸がたくさんあります。
『こんなにいい糸、おもしろい糸があるよ!』って紹介するのも、
お店の大事な役割のひとつかなと思っています。
今は5人のデザイナーがいるので、
それぞれ好きな糸を使って自由に、
相談をしながら作品をつくっています」


ニットデザイナー、野口智子さんの新刊、
『あしたのニット』が文化出版局より発売されています。
全部で22点。気軽に編めそうなものから大モノまで、
そのときの気分によって編みたいものを選んだり、
「明日着ていきたい」という動機で
編みたいものを見つけるのも楽しい一冊です。

『あしたのニット』
出版社:文化出版局

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(後編では、野口さんの道具やアトリエを見せてもらいました。)

写真・川村恵理

2025-09-19-FRI

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