こんにちは。ほぼ日の松本です。
大学で受けた授業がきっかけで、
障害を持つ方の生活支援について調べるなか、
作家の安達茉莉子さんによる、
福祉施設で働く人々のインタビュー集を読みました。
これまで、エッセイをとおして
「生活することは、尊厳を守るための意地だ」
と発信してきた安達さんは、福祉の現場で
「生活の最先端の取り組み」を目の当たりにしたといいます。
「門外漢」として福祉の世界に触れた安達さんのお話は、
同じく「福祉は別の世界の話」と感じていた私の、
障害、社会、そして自分自身への見方を
ぐるっと変えてくれました。
福祉にとって生活とはなんなのか、
「人が生活できる社会」とはどんなものか。
安達さんとお話ししながら考えました。

>安達茉莉子さんプロフィール

安達茉莉子(あだち・まりこ)

作家、文筆家。東京外国語大学英語専攻卒業、
防衛省勤務、篠山の限界集落での生活、
イギリスの大学院留学などを経て、
言葉と絵を用いた作品の制作・発表を始める。
『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』
(三輪舎)、
『毛布 – あなたをくるんでくれるもの』(玄光社)、
『世界に放りこまれた』(twililight)、
『らせんの日々 作家、福祉に出会う』(ぼくみん出版会)、
『とりあえず話そう、お悩み相談の森
解決しようとしないで対話をひらく』
(エムディエヌコーポレーション)などの著書がある。
Instagram: andmariobooks

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【第4回】みんなが生きられるには

──
これまで、一部の施設では
利用者さんの自由を奪ってしまっていたところも
あったと聞きます。
当時からいろんな改善が重ねられて、
現在の施設のあり方になってきたと思うのですが、
安達さんはどう考えますか。
安達
たぶん、施設に限らず、日本の社会福祉全体が
変わってきたのだと感じます。
昔は、障害は個人の問題で「病気の一種」と
捉えられるのが普通でした。
いまとは、社会での捉えられ方が
まったく違ったんです。
そのあと、当事者による運動や、
社会福祉の実践と理論の確立が進んで、
いまの状態にまでなったのだと思います。
問題はその人個人のものではなく、
環境によって生み出されているという
「社会モデル」に通ずる考え方は、
南山城学園では、障害をもつ利用者さんだけでなく、
職員さんに対しても適用されていました。
先ほども少し話に出た虐待について、
南山城学園で管理職をされている方に
お聞きしたところ、
「虐待防止ばかりやっているといっても
過言ではない」とおっしゃっていて。
「虐待が起こるのは職員個人の問題ではなく、
組織の問題である」という考え方が
浸透しているんです。
そもそも「虐待防止」じゃなくて、
「(利用者の)権利擁護」というそうです。
それくらい、当たり前のことで。
実際、虐待が起こるときって、
小さなことがきっかけだと思うんです。
目の前の人に対して「この人はなにもできない人だ」
と思ってしまうと、言葉はすごくよくないですけど、
自分より下に見てしまいます。
「自分は職員として頑張っているのに、
この利用者が暴れるから、
思いどおりに動かないから、上司に怒られるんだ」
と憎しみを抱いてしまうのが、
どうしても人間なんですよね。
だから、そもそもその憎しみが生まれないように、
職員さん自身が安心して働けるようにする意識が
あると感じました。

──
まずは、職員さんが虐待に走らないような環境を
つくっていくのが前提なんですね。
安達
そう思います。
「虐待やるなよ」って言ったらそれで解決なのか
というと、そんなことはなくって。
やっぱり、職員さん自身も追い詰められていたら、
ストレスの行き先は目の前の利用者さんに
向かってしまうことがあります。
ちょうど、私が学園の取材に入る直前に、
友人が社会福祉士の実習を始めました。
彼女が訪問介護の実習に行ったら、
もとから入っていたヘルパーさんが、
利用者であるおばあさんに
虐待的な言葉を使っていたそうです。
──
え‥‥ええっ。
安達
行政にも報告されていたにもかかわらず、
見過ごされてしまって、
誰の手も届かなかったそうです。
友人が「どうしよう」と思いながら
おばあさんの隣にいたら、
おばあさんが口を動かして
なにか言おうとしていた。
顔を近づけて「どうしました?」と訊いたら、
「怖い」と言っていたって。
この話を聞いて、
もう、とんでもない気持ちになりました。
こういうことも、
福祉の一部の世界では起こっている。
なにかちょっとしたことで、
虐待は起こってしまう。
そうならないためには、
福祉職かそうでないかにかかわらず、
一人ひとりが自分のなかにある、
「役に立たない人間はどんなふうに扱われてもいい」
みたいな意識を見直すしかないんじゃないかと
思います。
「役に立たない性」を否定しないというか。
──
まず、自分自身の役に立たなさも認めるのが
第一歩なのかもしれないですね。
安達
「役に立つ」って、誰が決めるんでしょうね。
そんなこと、誰にも言われる筋合いはない。
「自分もこれでいいんだ。
この自分として、どうやっていこうか」
と考えることも大事です。
開き直るわけではなくて、
「ここでは私はあんまり輝けないけど、
場所や方法を変えたら、なんかいけるかも」
とトライしていってもいい。
もちろん、そもそも輝かなくたって、
大手を振って生きていていいんだ! 
というのが大前提です。
生きる権利があるんですから。
このあいだ、
友人のお子さんが消しゴムを忘れて
学校に行ってしまったそうなんです。
それで隣の子に借りたら、
先生が「隣の子が迷惑だと思ってるよ」と
すごく怒ったんですって。
──
その怒られ方は‥‥グサッときますね、心に。
安達
この話を聞いて私が感じたのは、
「たぶん、その先生自身が
『人に迷惑をかけてはいけない』と
すごく恐れているんだろうな」
ということでした。
でも、忘れても授業を受けられるように、
共用の消しゴムを教室に置いておくなど、
怒る以外の対応もできると思うんです。

──
そのほうが、先生もお子さんも
嫌な思いをしなくて済みそうです。
安達
「役に立たなければいけない」
「迷惑をかけてはいけない」というところから
ちょっと発想を変えて、
「みんなが生きられるにはどうすればいいか」
に対して知恵を使っていく。
そのあり方は、
福祉の現場ではとても強く感じました。
「ひとつの決まった規則に従わないとダメ」
ではなくて、
「この人はこんな感じで、私はこんな感じ。
みんなが生きられるにはどうしたらいいだろうね」と。

(明日に続きます)

2026-03-29-SUN

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  • 『らせんの日々
    作家、福祉に出会う』

    安達茉莉子(ぼくみん出版会)

    安達さんが、社会福祉法人「南山城学園」に滞在し、
    職員のみなさまにインタビューをした記録。
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    生きてみるチャンネル』

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    生きてみるチャンネル』では、
    安達さんのお話を聞くことができます。
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