
- わたしの母は、昭和12年お正月の生まれ。
最初の記憶は、祖母(母の母)に抱かれて、
祖父(母の父)を駅で見送ったことだそうです。
祖父は、日中戦争に従軍したのでした。 - その祖父が脳梗塞で倒れたのが、
たぶんわたしが小学校の4年か5年のころで、
まだ60歳にもなっていませんでした。
それまで孫である私たちに甘々だった祖父が
変わってしまいました。
わたしたちの顔を忘れてしまっていたのでは
なかったかと記憶してます。 - そして、倒れてすぐのころは、
話すのが太平洋戦争のときのこと。
祖父は2回従軍したのでした。
太平洋戦争では南方に行っていたそうです。
通信兵で、部隊長の当番をして
パイナップルをカットしたりしていたと、
話していました。 - あと、船に乗ってるときに一夜明けたら、
味方の船はみんな沈められて、
祖父の乗っていた船だけが助かったことなど。 - でも、そのとき聞いたこと、忘れてしまったなぁ。
もっとちゃんとと聞けばよかったのかな‥‥。 - 戦争中、四国に住んでいた母の家族は、
親戚を頼って瀬戸内海の島に疎開しました。
20年くらい前に法事のついでだったか、
その島に母と妹弟合わせて4人そろって行きました。
わたしや弟や何人かのいとこも一緒でした。 - そのとき、海辺の小さな集落を
「昔、住んでたのこのへんやな」とか、
母のきょうだいで言いながら歩いていたのですが、
そのとき作業していたおばあさんに
「◯◯という家があったの覚えてますか?」
と尋ねたところ、
近所に住んでいた知り合いだったということが
ありました。 - (つばさくん)
2026-02-28-SAT

