
- 鹿児島の私の祖父は無口な人で、
加えてわたしが
祖父の方言をうまく聞き取れなかったことから、
あまり話をした覚えがありません。 - そんな中でも覚えているのが、
わたしが子どものころ、
お盆に親戚一同が祖父の家に集まって
食事を取っていた際に、
テレビで東京大空襲の話をしていたのだったか、
祖父がぽつりと
「俺は東京大空襲のときに東京にいたよ」
と呟いたことです。 - 母や伯父たちが、一瞬きょとんとしたあとに、
「何言ってるの、
お父さん東京なんて行ったことないでしょ」
と返したところ、
祖父は「うん‥‥」と言ったまま黙ってしまい、
その話題は終了となりました。 - それから10年ほど経って祖父が亡くなり、
祖父の家を整理していたら、
「海軍経理学校」と表紙に書いた
和洋中の料理のレシピの載った教科書のようなものが
出てきました。 - 調べてみると、戦前に東京にあった学校のようですが、
教科書に書き込まれた日付入りのメモを見ると、
毎日のように和洋中の料理の作り方を学んでいたようで、
戦争末期にしてはあまりにのどかな上に、
当時こんな食材が残っていたのかと驚きました。 - 東京大空襲から数日後にも
調理実習をしていたような記録があります。
母は、祖父が戦争に行っていないのは
知っていたけれど、戦時中に何をしていたかは
聞いていなかったとのことです
教科書は祖父のものではなく、
古本屋で手に入れたのではないかとも言っていました。 - 古本屋説も否定できませんが、
わたしはあのお盆の日を思い出し、
祖父が東京にいたと言ったのは本当だったんだと
謎を解いたような気持ちになるとともに、
なぜ祖父は子どもに何も話していなかったのか、
なぜあの日急に話をしかけたのかと
新たな謎が生まれました。 - 祖父が話しかけたあのときに、
きちんと聞いてあげればよかったと思っています。 - (匿名さん)
2026-02-21-SAT

