
- 「孫らぁは
『おばあちゃん、田舎だから食べ物はあったんでしょ?』
なんて言います。
けど、前の家も
ここみたいなマチウチ(住宅街のなかの家)ですさけ、
肥料も入れてない庭ぁほじっても、なんの野菜ができますか。
近所も土なんか触ったこともないもんらばっかですわ。
皆ぃんなマチの育ちですもの。
建物疎開やって、ずっと住んできたとこも退かされてね。
わからんなりになんかかんか工夫して、
石だらけんとこおこしてみても、
植えるもんあったらお腹に入ってしまいますがね。 - ずぅっとお腹が空いてましたわ。
配給だけが頼りでしたけど、
だんだん(戦争が)ひどなってきたら
あれ、カロリーだけ足りてればいいってことやろねぇ、
配給が砂糖だけになってねぇ。
今の白いお砂糖じゃなくて、赤ザラメ。
なんか混じった
ぜんっぜんあまくもなんともない、悪い砂糖を人数分。
今の子わかるんか知らんけど、カルメ焼きってね。
砂糖を溶かしてプッと膨らすやつ。
あれが膨らまんかったら、
もうお腹にたまるもんなんもないからね。
膨らんだかってたまるもんでもないけど、かさは出るでね。
カーッとかいて、『一球入魂!』でハッと重曹入れて‥‥
戦争終わって、
思い出してやったことあるけど、
一回も膨らまんかったね。
必死さが足らんのやろね。
よくもまぁあんな栄養状態で生きてこれましたわ。 - ‥‥あんなもん食料の配給あったって言えんわね。
算盤の上のカロリーはあったんやろけどね。
覚えとぉきね。
お国はそういうことをします」 - わたしの育った福井県福井市は
大規模な空襲のあった街です。
「火事で防空壕におれんくなって、
町内の人たちと足羽山のトンネルに逃げ込んで、
そこもあかんくなって、
うちは右に出て助かったけど、左に出た人は誰も戻ってこんかった」
「川に浸かって一晩過ごして、
家どうなったか見に行ったら
見覚えのない杭が庭にいっぱい刺さってて、
近づいたら全部焼夷弾やった」
夏になると、小学校で戦争の話を聞く機会があったなぁと
思い出しながら連載を読んでいました。
戦後80年、
あの頃お話をしてくださっていた祖父母の世代は、
もうほとんど故人なのだな。
と気づき、
今、身近で聞ける話を書き留めれれば、と思いました。
当時学生だったわたしのお稽古事の先生からお聞きした話です。 - (北の庄)
2026-01-24-SAT

