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読者のみなさんから届いたお便り #110

 
今は亡き祖母から聞いた話です。
大正13年生まれの祖母は、終戦当時21歳でした。
鹿児島県の農村に住んでいたので、
直接空襲を受けるようなことはありませんでしたが、
時折都市部の方角に立ちのぼる炎や煙を見て
「また空襲にやられたんだな」と感じていたそうです。
敗戦が近くなってくると、竹槍訓練をやらせれたり、
飛行機の燃料にするための松ヤニ取りにも
駆り出されたといいます。
さすがに「この戦争は負けだな」と思った、
と聞きました。
政府や軍隊がいかに勇ましいスローガンを叫んでも、
案外と冷めた目で戦争を見つめていた国民もいて、
祖母はその一人だったのかなと今にして思います。
米は軍隊に接収されないように
山に隠していたそうですし、
村全体がそんな雰囲気だったのかもしれません。
玉音放送は近所の人たち、
それから腰にサーベルを下げた兵隊さんと一緒に
聞いたそうです。
内容はほとんど聞き取れなかったものの、
声のトーンや、兵隊さんが泣いていたことから
「やっぱり負けたんだ」とわかった、と
語っていました。
(匿名希望)

2025-12-27-SAT

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  • ヴェトナム戦争/太平洋戦争にまつわる
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    テーマや話題は何でもけっこうです。
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    その中から、
    「50/80 ヴェトナム戦争と太平洋戦争の記憶」
    の特集のなかで、
    少しずつ紹介させていただこうと思います。

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    特集 50/80 ヴェトナム戦争と太平洋戦争の記憶