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読者のみなさんから届いたお便り #101

 
金木犀の咲くころ
 
今年も金木犀の季節がやってきた。
もう11月の中旬、昨年よりも遅いので少し心配しているが、
いつものように
わが庭にほのかな香りを伝えてくれることだろう。
この金木犀は、大正元年に待望の男の子として生まれた
父の誕生を祝い苗木を植えたものだから、
令和7年に「103歳」となった。
熊本の海に近い、父の生まれふるさとの庭に
植えられていたものを、
今の家へとわざわざ移植したものである。
ごつごつした荒れた幹を触ると老いを伝えてくれるが、
似合わない可憐な小さな花を、
ほんの一週間あまり咲かせてくれるだけなのが
けな気である。
仕事をしていたころは、
あの可憐な黄色の花が落ちたあとに、
その芳醇な香りに気づくこともあった。
ある年には、大きな台風で
金木犀のふたつ伸びた幹の半分が折れて、
もう枯れるかと心配したが、
のちに植えられた餅木の背に
はるかに追い越されたにもかかわらず、
花を咲かせてくれている。けな気というほかない。
小学校のころ、和服に日本髪、白髪で痩せた老婆が、
ある日突然、わたしの家にやってきた。
父の母、つまり祖母だったが、
当時のわたしには、ただただ恐ろしい存在だった。
祖母もわたしと妹を自分の孫と認識していたのかどうかは
わからない。祖母は、築100年を超える
茅葺きの古い民家で一人で生活し、
同じ敷地に家を建てた叔母に面倒を見てもらっていた。
やがて高齢となり、手がかかるようになった祖母は、
熊本市内に住む父のいちばん上の姉である叔母の家と、
わたしの家を行き来する生活を送り、
3年足らずで故郷の病院で亡くなった。
葬儀、初七日、四十九日は、祖母が住んでいた、
父の生まれた古い民家で行われた。
その後にはじまったのは、屋根裏部屋の整理だった。
父が言うには、十町歩ほどの地主で、
養蚕と葉タバコの生産で生計を立てていたため、
それらの農具が散乱していた。
箪笥からは、幕末からの大福帳や賃貸借用書など、
家の歴史を物語るさまざまな古文書が見つかり、
ダンボール箱に収められた。
仏壇や古ぼけた本棚の書籍、祖父や父が使った文机なども、
叔父の軽トラックでわが家に運ばれた。
片付けの最後を飾ったのが、
大木のとなりにそびえていた金木犀だった。
庭師を呼び、根を保護して、
大型トラックで大々的な引っ越しが行われた。
庭には金木犀のほかにもさまざまな木があったが、
いちばん印象的だったのは、
白黒写真の中で父とわたしが手をつなぎ、
幹の周りを測っている「椎の大木」だ。
この木には、江戸時代の大火から村を守り、
飢饉のさいには
椎の実で村人の命をつないでくれたという逸話があると
父が聞かせてくれた。祖母の何回忌かのとき、
その大木が哀れな切り株と化していた姿が、
今も脳裏に焼き付いている。
 
わたしは祖父の顔を知らない。
若き日の祖父が村の議員となり、
やがて村長を務めたという遠い昔の物語を
古ぼけたアルバムが語りかけてくる。
父がまだ15の少年だったころ、祖父はこの世を去った。
わたしにとって、祖父は時間の流れの中に消え去った幻。
そして、父も5年もの間がんと闘い、
たった62年の人生を駆け抜けて、
わたしの前からいなくなってしまった。
旧制中学から五高へと進み、
輝かしい未来を夢見ていたはずの父。
だが、昭和20年に戦争の荒波によって
2年短縮して卒業となった。
甲種合格となった父は、
千葉の戦車第四師団第ニ十九聯隊へ配属された。
しかし、そこに戦車などなく、
灼熱の九十九里浜でただひたすら塹壕を掘る
虚しい日々を過ごした。
やがて、ベニヤ板のハリボテ戦車の下に、
長い筒を抱えて身を潜める「人間爆弾」の訓練が始まったと、
父はときおり遠い目をして語った。
その声には、未来を奪われた若者の、
深い嘆きと絶望が滲んでいた。
父は、千葉から故郷へ帰るときに東京へ立ち寄った。
「天皇陛下のお濠で
釣り糸を垂れる人々の光景が忘れられない。
本当に戦争に負けたと思った」と皇居で語った。
戦争という名の嵐にかき消され、
父の心には深い悔恨の念だけが残された。
それでもわたしは、セピア色になった祖父の幻影と、
お濠に垂らされた釣り糸の先に消えた父の悔恨を、
静かに心に留めている。
いつか、わたし自身の物語を語る日が来るまで、
この痛みもまた、時間の流れを渡るひとつの船となるだろう。
(匿名さん)

2025-11-22-SAT

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