特集「50/80」、続きましては
「アートと戦争」について考えたいと思います。
まず、広島市現代美術館で開催中の
特別展「被爆80周年記念 記憶と物」を
取材させていただきました
(会期は、2025年9月15日まで)。
現代美術は、80年前の「戦争」を、
「原爆」を、どのように見つめているのか?
会場をめぐりながら丁寧に説明くださったのは、
展示の担当学芸員・松岡剛さん。
じつにおもしろい展示とお話で、
あっという間の2時間ちょっと。
うかがったのは「ほぼ日」奥野です。
なお同館のコレクション展を取材した
「常設展へ行こう! 広島市現代美術館篇」も
同時掲載中。ぜひ、あわせてどうぞ。

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第3回 時空を超えて語り合う場

黒田大スケ《自由のためのプラクティス》より2025 作家蔵  ©Daisuke Kuroda 黒田大スケ《自由のためのプラクティス》より2025 作家蔵  ©Daisuke Kuroda

松岡
この映像作品を、ごらんください。
──
一見、不気味なんだけど‥‥
どこかひょうきんそうな山羊が
ペラペラしゃべってます。
まじめなことを話しているのかも
しれませんが、でもちょっと
笑っちゃう動画ですね、なぜだか。
松岡
黒田大スケさんという方の作品で、
自分の顔に絵を描いて、
キャラクターに喋らせてるんです。
なかなかパンチが効いてます。
いま映像でしゃべってる山羊って、
じつは「上田直次」なんですよ。
いうまでもなく、
さっきの山羊の彫刻の作者ですね。
──
黒田さんの鼻の穴が、山羊の目?
しゃべってますね。
歯がちょっと不気味だなあ(笑)。
松岡
ははは、はい(笑)。
この映像の場合は「山羊」ですが、
黒田さんは、
作家を象徴するようなキャラクターを
自分の顔に描き込んで、
そのキャラになりきってしゃべる。
そういう表現をやっている方。
ただ、完全に演じているわけじゃなく、
そこには、黒田さん自身の「語り」も、
重ねられているんです。
──
たしかに‥‥この山羊のボヤキ節には、
ご自身の意見が混じってそうです。
松岡
黒田さんは、1982年生まれの40代。
広島市立大学で学び、
現在は京都を拠点に活動しています。
彼は彫刻のことをいろいろ調べていて、
たとえば、
日本の彫刻が
どういった歴史を背負っているのか、
つまり
明治期に輸入された彫刻という概念が
どう日本に定着したのかとか、
それらが教育を通じて
どのように展開してきたのか‥‥とか。
──
彫刻という表現のなしてきたことを、
アカデミックに学んでいて、
そこから得た知識や考え方が、
この表現のベースには、ある。
松岡
ただ単に素晴らしいものというよりは、
軍神像のように
彫刻の戦争協力など
歪みを抱えてしまった部分をも含めて、
調査したり考察しています。
──
なるほど。
松岡
博士号もお持ちだったりするのですが、
論文にまとめるんじゃなく、
こうして、
イタコみたいに憑依して語るんです。
山羊の姿の上田直次が語ってるようで、
じつは、けっこうたっぷり
黒田さん自身の考えがにじみ出ている。
──
見た目は山羊さんなんだけど
じつは上田直次さんで、
そこに黒田さんも混じってる。
レイヤーの数が(笑)。
松岡
もうひとり、この映像に出てくるのが
イサム・ノグチです。
つまり、この映像では
上田とイサム・ノグチが対談している。
話題は、戦後すぐの時期に
広島に持ち上がった
「自由の女神を建てよう」という計画。
──
え、そんな計画があったんですか?
松岡
はい。もちろん実現していませんけど、
そこから発想を膨らませて、
「もし、イサム・ノグチと上田直次が、
その計画について話し合ったら?」
という映像作品をつくっているんです。
──
一人二役で。
時間空間を超えた架空の会話を通じて、
黒田さんの考えや視点を表現している、
というわけですか。おもしろいですね。
松岡
この作品には、黒田さんによる、
とっても本質的な問いを含んでいます。
自由の女神を建てるプロジェクトって
ある意味では
戦後の広島に押しつけられた
アメリカ的価値の象徴とも取れるので。
──
なるほど。
自由の女神像らしきものも展示してる。
ディスプレイの目の前に。
これらは、黒田さんの彫刻作品ですか。

黒田大スケ《自由と陽炎のお面》(部分)2025 作家蔵 黒田大スケ《自由と陽炎のお面》(部分)2025 作家蔵

松岡
そうですね。映像の中で語らせながら、
上田直次が、
イサム・ノグチが、
それぞれ「自由の女神」をつくったら、
というコンセプトの作品です。
──
こっちの埴輪みたいなほうが、
イサム・ノグチ風の自由の女神ですか。
それぞれの彫刻家の技術とか造形感覚、
「っぽさ」に沿って、
黒田さんが表現してるってことですね。

黒田大スケ《彫刻家のアトリエ》(部分)2025 作家蔵 黒田大スケ《彫刻家のアトリエ》(部分)2025 作家蔵

松岡
上田直次風のほうも、
上田直次がやりそうな木彫っぽい造形。
──
あ、しかも。
イサム・ノグチ風のとなりにあるのは、
イサム・ノグチの名作照明
「AKARI」風の、自由の女神ですね。

黒田大スケ《彫刻家のアトリエ》(部分)2025 作家蔵 黒田大スケ《彫刻家のアトリエ》(部分)2025 作家蔵

松岡
そうなんです。
で、どちらもちょっとずつ妙ですよね。
ふざけてるようにも見えるんですけど、
実際ふざけてる部分もありますが、
重大な問題を提起しているとも言えて。
──
戦後の広島の新しいアイデンティティ、
それを「自由の女神」のような
「輸入品」に仮託したところで、
おかしなものになっちゃうぞみたいな。
松岡
アメリカ的な価値観を
何とか「インストール」しようとして、
四苦八苦している‥‥というか。
──
真似して「自由の女神」をつくっても、
うまくいかないんじゃない、とか。
松岡
あちらでは「失敗した自由の女神」が、
松明を落としてひっくり返っています。

黒田大スケ《自由埴輪》2025 作家蔵 黒田大スケ《自由埴輪》2025 作家蔵

──
えっ、あそこって雨が降っても?
松岡
はい、そのままです。
実際さっきまでは雨に濡れていました。
──
それがまた、切ないなあ。
彫刻がひっくり返っているところって、
心がザワつきますよね。
以前、ロダンの《考える人》を
台座から下ろして床に転がした作品を
見た記憶があるんですが、
あのときも、
何とも言えない「不穏な感じ」があり。
松岡
事件のあとって感じ、しますよね。
──
そうか、独裁政権が倒されたときとか、
民衆によって、
立派な銅像が引き倒されたりするから。
彫刻とか銅像とかって、
そういう「象徴性」を帯びてますよね。
誰かにとっては英雄だけど、
他の誰かにとっては引き倒すべきもの。
松岡
そうですね。
ただ、わたしたち美術館という場所は、
何らかの「物」を、
ただ「キャンセル」するんじゃなく、
「なぜ、こんなものがあったんだろう」
と考えてもらったり、
向き合える場でありたいと思ってます。

黒田大スケ《自由埴輪》2025 作家蔵 黒田大スケ《自由埴輪》2025 作家蔵

──
なかったことにするんじゃなくて。
なるほど。
この黒田さんの一連の作品を見ていたら、
『超時間対談』
という本のことを思い出しました。
和田誠さんが挿画を描いてるんですけど、
山下洋輔さんとベートーヴェン、
タモリさんとアンリ・ベルグソン、
寺山修司さんとランボオ‥‥など、
当時、存命の著名人たちが
すでに亡くなった著名人と架空対談する、
そういうコンセプトの本なんです。
松岡
おもしろそうですね。なるほど。
──
誰かと誰かの「組み合わせ自体」に、
何らかの「視点」があって、
すでにコンセプトを感じるんですよ。
「上田直次とイサム・ノグチの対話」も、
その時点で、
あるコンセプトを多分に含んでますよね。
何を語り合わせるかからしてすでに。
松岡
今回、この企画を通じて
いちばん大切にしたかったことが、
美術館という場所の
「時間を超えるちから」なんです。
現代の制作者と観客だけじゃなく、
過去の記憶や、未来の鑑賞者をも含めた
「超時間的な対話」が生まれる、
そういう場であってほしいと思っていて。
──
美術館には。なるほど。
松岡
そのためには、
いまの価値観で過去を断罪しないことが
大切なことだと思うんです。
いまの自分たちが違和感を感じるような、
たとえば「戦中の軍神の像」、
それを残そうとした人の思いや考えを、
「いかに、いまの常識と違うか」
という視点でキャンセルするのではなく、
どこかで、
いまの自分たちと通底するものが
あるんじゃないかとか、
どうすれば「理解」できるかとか‥‥。
──
ええ。
松岡
すべてを認めるべきだ‥‥という話とは、
また違うんですけれども。
美術館というところは、
そういうことを考えることのできる場に、
なり得るんじゃないかと思っています。
──
軍神像をなかったことにしてしまったら、
「なぜ、つくられたのか」
「どうして、残そうとしたのか」
を問い続けることもできなくなりますね。
松岡
黒田さんがやっていることも、
まさに、そういうことかなあと思います。
過去を徹底的に調べて、
作品のモチーフとして対象化してるけど、
最終的には、
自分自身のことも引き受けながら、
自分の考えも、俎上にあげていますよね。
──
超時間対談をしてる。
松岡
はい。
いまの価値観で過去を裁くんじゃなくて、
時間を超えた対話の可能性を探っていく。
そういう表現じゃないかと思っています。

(つづきます)

2025-08-20-WED

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  • 被爆80周年記念 記憶と物
    ―モニュメント・ミュージアム・アーカイブ―

    本記事でたっぷりご紹介している
    被爆80周年記念の展覧会『記憶と物』は、
    2025年9月15日(日)まで開催。
    知らなかった平和記念公園の歴史から
    モニュメントというものが持つ
    不可思議なおもしろさ、
    それぞれのアーティストたちによる、
    戦争へのさまざまな眼差し。
    この時期、ぜひ見ていただきたい展覧会。
    きっと得るものや考えることが多いはず。
    会期や休館日情報など、
    くわしくは美術館の公式サイトで。

    >詳細はこちら

  • ヴェトナム戦争/太平洋戦争にまつわる
    読者のみなさんからのお便りを募集いたします。

     

    ご自身の戦争体験はもちろん、
    おじいちゃんやおばあちゃんなどご家族や
    ご友人・知人の方、
    地域のご老人などから聞いた戦争のエピソード、
    感銘を受けた戦争映画や小説についてなど、
    テーマや話題は何でもけっこうです。
    いただいたお便りにはかならず目を通し、
    その中から、
    「50/80 ヴェトナム戦争と太平洋戦争の記憶」
    の特集のなかで、
    少しずつ紹介させていただこうと思います。

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    特集 50/80 ヴェトナム戦争と太平洋戦争の記憶