
シリーズ「50/80」、続きましては
長崎県美術館の企画展を、ご紹介します。
被爆・終戦から80年目の夏、
同館では、18世紀から19世紀にかけて
スペインで活躍したゴヤの作品を通して
「戦争」というものを見つめています。
200年も前の作品が、
現代の戦争に対し語りかけることとは。
他にもピカソや藤田嗣治、
コルヴィッツ、丸木位里・俊夫妻から
現代日本の彫刻作品まで、
見ごたえたっぷり、盛りだくさんの内容。
ご案内は、担当学芸員の森園敦さん。
担当は「ほぼ日」奥野です。
どうぞ、じっくりごらんください。
- ──
- 今回は、企画展の最後のセクションが
常設展示の一室に
「第2会場」として拡張していますね。
- 森園
- はい。ふたりの作家を取り上げました。
- ひとりは、森淳一さん。
長崎出身で、以前から原爆をテーマに
作品を制作されている彫刻家です。
現在は、東京藝大の教授でもあります。
- ──
- こちら、ジオラマのような‥‥。
森淳一《山影》2018年 作家蔵 © MORI Junichi, courtesy of Mizuma Art Gallery
- 森園
- 長崎の地形をかたどった作品なんです。
このあたりが金比羅山ですが、
原爆投下のとき、
この山のこちら側と向こう側で、
被害の様相がまったくちがったんです。 - 長崎というところは「山」が多いため、
広島ほど広範囲には、
被害が広がらなかったと言われていて。
- ──
- はい、長崎原爆資料館で見た展示でも、
そのようなことを学びました。
- 森園
- ただし、最近の調査では、
山の向こう側に集中的に黒い雨が降り、
当該地区の放射線量が
異常に高かったことがわかっています。 - 金比羅山の向こう側では、
金比羅山のおかげで、
原爆による直接の被害は少なかったと
言われてきたわけですが、
反面、山によって雲が滞留し、
放射性物質を含んだ黒い雨を降らせ、
事後的に、大きな被害が出たんですね。
- ──
- なるほど。
作品の向きも、爆心地を意識して?
- 森園
- そうですね。長崎の街の南北に沿って、
作品を配置しています。 - こちらの《Sally》という少女の像も、
爆心地の方を向けています。
森淳一《Sally》2014年 作家蔵 © MORI Junichi, courtesy of Mizuma Art Gallery
- ──
- このあたりは抽象彫刻に見えますけど、
もしかしたら、原爆の‥‥。
森淳一《星翳-初層・キューブ》2025年 作家蔵
© MORI Junichi, courtesy of Mizuma Art Gallery
- 森園
- ええ、長崎に落とされた原爆、
ファットマンがイメージされますよね。 - ただ、作家としてみれば、
それだけじゃなく、
さまざまなイメージが複合的に混じり、
このような作品がうまれたんでしょう。
- ──
- そして、この作品は「木」ですか?
森淳一《flare》2009年 作家蔵 © MORI Junichi, courtesy of Mizuma Art Gallery
- 森園
- そうなんですよ。すごいと思いませんか。
木彫による「超絶技巧」的な作品。
持ち上げると、ゆらゆら揺れるんです。
- ──
- わあ、にわかには信じられない技術です。
そして、最後に青木野枝さん。 - 広島市現代美術館のコレクション展でも、
鉄輪で構成された作品を見ました。
青木野枝《原形質/長崎》2025年 作家蔵 © Noe Aoki, courtesy of ANOMALY
- 森園
- いまや大彫刻家とも言うべき青木さんは、
野外彫刻が、
さまざまなところに設置されていますね。 - 彼女は長崎に縁が深く、
原爆でいとこを亡くしたと聞いています。
今回の展示をお願いしたら、
「ぜひ」と新作をつくってくださって。
長崎をテーマにした、
この空間のためのインスタレーションで、
会期後は解体される予定です。
- ──
- えっ、そうなんですか。
鑑賞できるのはいまだけってことですか。 - それは、貴重‥‥。
- 森園
- 青木さんの作品は、会期が終わったら、
溶接を外してしまうことが多いんです。 - そして、また別の作品に組み直したり。
- ──
- それが、青木さんのやり方なんですか。
鉄なんて、
ほっとけば何百年も残りそうなものを、
一瞬で解体しちゃう。カッコいいです。 - 赤いガラスが印象的に使われてますね。
壁にもかけられているし、
いくつかの鉄輪にはめ込まれています。
- 森園
- ええ、この赤いガラスは、2019年に、
ここ長崎県美術館で開かれた
青木さんの個展
「青木野枝 ふりそそぐものたち」
のときにも使われた素材で、
青木さんは、
以降は使わないとおっしゃってました。 - でも、去年2024年に開かれた
東京都庭園美術館での個展のときにも、
ガザやウクライナなどのことを
考えたときに、
「やっぱり赤いガラスを使いたい」と。
今回も「赤いガラスを使います」って、
最初からおっしゃっていて。
- ──
- ご本人にとって、
特別な思い入れのあるものなんですね。
- 森園
- ひとつには「戦争」というテーマで
作品を構想するときに、
青木さんなりの意味を込めて使われる、
そういう素材なんだと思います。
- ──
- 鉄なんだけど軽やかなイメージが
青木さんの作品のひとつの特徴かなと
思っていたのすが、
今回の展示作品は「球体」で、
どちらかというと
軽やかさというよりどっしり感、
重量感や存在感、重々しさを感じます。
- 森園
- はい。現代の戦争や紛争などに対する、
青木さんの思いが、
何らか影響しているのかなと思います。
- ──
- なるほど、なるほど。
- これにて作品は最後だと思うのですが、
今回の企画展は、
きっと
何年も前から準備されてたんですよね。
- 森園
- ええ。被爆80年という節目で、
まず「戦争」をテーマにしようと決まり、
学芸員の間で
毎月協議を重ねてこのかたちにしました。
- ──
- まず、こちらの所蔵コレクションである
ゴヤの《戦争の惨禍》を軸として。
- 森園
- プラド美術館からもゴヤの油彩を借りて、
そこから自然の流れで、
「ピカソ」の名前も上がってきました。
- ──
- そういえば、まだ拝見してないのですが、
陶板の《ゲルニカ》も、
いま、こちらの館へ来ているそうですね。
- 森園
- 来てます。陶板による複製名画で有名な
徳島の大塚国際美術館と、
実際に陶板名画を制作している
大塚オーミ陶業が協力してくださって、
エントランスに
《ゲルニカ》の陶板を展示しています。 - 昨年まで東京の丸の内オアゾに
展示されていた作品を、持ってきました。
ほぼ原寸大で、ピカソの息子さんにも
「これまででいちばんよい複製だ」
というお墨付きをいただいたそうですね。
- ──
- おお、必ず見て帰ろうと思います。
- 少し前に取材した広島市現代美術館の
被爆80周年展とくらべたとき、
こちら長崎県美術館は、
戦争を直接的に描く作品が多いですね。
- 森園
- 当館は本展において、
ある意味
「わかりやすい展示」を目指しました。
- ──
- 広島で見た現代美術の作品の場合には
「余白」を多く残していて、
いわば考えるきっかけを与えるような、
そういう展示になっていたので、
どちらも
原爆被害を受けた地域の美術館ですが、
それぞれの特徴が出ていて、
何だか、すごくおもしろかったです。
- 森園
- ありがとうございます。
- ──
- 戦争というものの扱い方って、
政治学などの学問、報道ジャーナリズム、
そして美術とで、
それぞれに「作法」がちがいますよね。 - 美術が戦争を扱う‥‥ということの
意味や意義について、どう思われますか。
- 森園
- はい。たとえば、長崎の原爆資料館では
被爆者の描く体験画や証言など
「事実の追求」が第一で、
美術家が描いた絵画作品などについては
創造の要素が入るため、
なかなか扱いが難しいらしいんです。 - でも、わたしたち美術館の場合には、
芸術家による表現をとおして、
何かしらを語っていく、
あるいは、何か考えてもらうきっかけを
つくることができると思っていて。
- ──
- それが、美術館の役割、とくいわざ。
- ぼくは今回の長崎県美術館の展示で、
ゴヤの時代の戦争も、
現代の戦争と地続きだということが、
すごくよくわかりました。
- 森園
- そうですね。
ゴヤの《戦争の惨禍》が描き出すものは、
決して「過去の出来事」ではないんです。 - それがいかに現代性を持っているか、
他の展示作品と響きあわせていくことで、
戦争というものが普遍的に持つ
人間性の破壊や禍々しさなどに
目を向けてもらう契機になればいいなと、
わたしたちは考えています。
(終わります)
2025-09-05-FRI
-
被爆80周年の年の夏の企画展
ゴヤからピカソ、そして長崎へ
芸術家が見た戦争のすがた
今回の取材でもたっぷり拝見していますが
「幻の2点」をふくむ
ゴヤの《戦争の惨禍》82点全点展示が
何といっても静かに圧巻。
さらにはアメリカから永久貸与されている
東京国立近代美術館の藤田嗣治、
大原美術館のフォートリエ、
その他コルヴィッツ、浜田知明、東松照明、
香月泰男、北川民次、
そしてピカソの《ゲルニカ》の陶板複製。
見応え満点です。
会期は9月7日(日)まで。
詳しいことは公式サイトでチェックを。 -
ヴェトナム戦争/太平洋戦争にまつわる
読者のみなさんからのお便りを募集いたします。ご自身の戦争体験はもちろん、
おじいちゃんやおばあちゃんなどご家族や
ご友人・知人の方、
地域のご老人などから聞いた戦争のエピソード、
感銘を受けた戦争映画や小説についてなど、
テーマや話題は何でもけっこうです。
いただいたお便りにはかならず目を通し、
その中から、
「50/80 ヴェトナム戦争と太平洋戦争の記憶」
の特集のなかで、
少しずつ紹介させていただこうと思います。

