シリーズ「50/80」、続きましては
長崎県美術館の企画展を、ご紹介します。
被爆・終戦から80年目の夏、
同館では、18世紀から19世紀にかけて
スペインで活躍したゴヤの作品を通して
「戦争」というものを見つめています。
200年も前の作品が、
現代の戦争に対し語りかけることとは。
他にもピカソや藤田嗣治、
コルヴィッツ、丸木位里・俊夫妻から
現代日本の彫刻作品まで、
見ごたえたっぷり、盛りだくさんの内容。
ご案内は、担当学芸員の森園敦さん。
担当は「ほぼ日」奥野です。
どうぞ、じっくりごらんください。

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第1回 ゴヤ《戦争の惨禍》全点展示

──
いま、こちらの長崎県美術館さんでは
「ゴヤからピカソ、そして長崎へ
 芸術家が見た戦争の姿」
という企画展が開催されていて、
ずいぶん前から
「これは見たい!」と思っていました。
森園
ありがとうございます。

──
戦争というものをテーマに、
そうそうたる作家の作品が勢揃いしている、
ということもあって、
とっても楽しみにしてきたんですが、
会場をご案内いただく前に、
まずは、ここ長崎県美術館の歴史について、
教えていただけますでしょうか。
森園
はい、当館は
2005年の4月23日に開館しました。
ですので、
今年でちょうど20周年を迎えます。
──
あ、そうなんですね。
今回の「戦争」をテーマにした企画展は、
周年事業の一環でもある、と。
森園
ええ。開館5周年、10周年のときにも、
協力関係を結んでいる
スペインのプラド美術館から
作品を借用して企画展を開催しました。
今回の20周年では、
被爆80年の節目も重なったので、
戦争がテーマの作品をお借りしたんです。
──
プラド美術館と交流があるっていうのは、
どういう経緯から、なんでしょう。

森園
当館は、スペイン美術を標榜する美術館で、
開館半年前の2004年11月、
当時の財団理事長である金子原二郎が
スペインを訪れ、プラド美術館と
調査研究などの協力関係を結ぶ覚書を
交わしているんです。
以来、当館の学芸員が短期研修に行ったり、
交流を続けてきました。
──
そもそもなんですが、
スペイン美術をメインに扱っているのは
どうしてなんですか。
森園
1970年に、須磨コレクションという
スペイン美術のコレクションが
当館の前身である長崎県立美術博物館に
寄贈されたのがはじまりで、
以降、
少しずつスペインの美術を収集してきた、
という経緯があります。
──
なるほど。で、2005年に‥‥。
森園
そのコレクションを引き継ぐかたちで、
長崎県美術館が開館したんです。
──
前身の長崎県立美術博物館というのは、
いまでもあるんですか?
森園
いえ、もうありません。
長崎県立美術博物館が所蔵していた
江戸時代以前の資料は
長崎歴史文化博物館へ、
近代以降の
長崎ゆかりの美術とスペイン美術が、
当館に引き継がれました。
──
代表的なコレクションというと‥‥。
森園
須磨コレクションを母体としながらも、
それだけでなく、
でもやはりピカソ、ミロ、ダリなど、
スペイン近現代の作家の作品が、
代表的なコレクションだと言えますね。
所蔵作品の数は、約9000点です。
──
わかりました。
それではさっそく、会場に失礼します。

──
まず、ゴヤの《戦争の惨禍》全点展示。
静かだけど、
じわりじわりと迫ってくるような展示です。
このゴヤの《戦争の惨禍》って、
昨年だったか、上野の国立西洋美術館でも
全点が展示されていました。
森園
ええ、常設展のほうの企画スペースで。
わたしも観に行きました。
──
そのときに本も買った覚えがあります。
『戦争の悲惨』という書名でしたが。
長崎県美術館さんでも、
この版画シリーズを所蔵されてたんだ。
森園
はい、1863年刊行の初版全80点を、
当館も所蔵しています。
ただ《戦争の惨禍》は、本来82点。
初版の刊行後の1870年に発見された
最後の2点のみ所蔵していないので、
今回の全点展示のために
国立西洋美術館からお借りしました。
──
なるほど。
森園
専門家の協力を仰ぎながら
すべての絵の日本語の題名を見直し、
作品解説も新たに書き下ろしました。
そして、いわゆる「段かけ」はせずに、
全82点を、
ゆったり1列に並べて展示しています。
今回の80年記念展では、
まず、この作品をじっくりていねいに
見ていただきたいという思いが、
わたしたちにはありましたので。

──
ゴヤの《戦争の惨禍》とは、
あらためて、どういう作品なんですか。
森園
スペインの対仏独立戦争を描いた版画。
フランスのナポレオン軍による侵攻を
主な画題にとっています。
当時の「戦争画」というものは、
英雄譚だったり、
自分の国の勝利や功績を描いた作品が
ふつうだったのですが、
ゴヤは戦場における殺戮や暴力行為に
焦点を当てています。
しかもスペイン人であるにも関わらず、
ゴヤは、
フランス側の残虐行為だけでなく、
スペイン民衆による
残虐的な行為までも描いているんです。
──
なるほど。
森園
敵味方関係なく、戦争がもたらす暴力性、
われわれ人間が内側に持つ残虐性などを、
生々しく描き出している。
つまり戦争の普遍性、
人間の心の闇の部分を描いているんです。
であるからこそ、
200年ものときを経ても、古びない。
時代を超える、
普遍的なメッセージを孕んでいるんです。
──
当時は、どう受け止められたんでしょう。
森園
さまざまな見方があるとは思いますが、
ひとつの事実として、
ゴヤの存命中には刊行されませんでした。
死後35年が経った1863年に、
ようやく、マドリードで刊行されました。
これまで当館でも
部分的な展示はしてきてはいますが、
全点展示は初の試みです。
展示室の3分の1以上を使うボリューム。
──
だいぶ向こうのほうまで続きますもんね。
個人的に、ゴヤといえば
《我が子を食らうサトゥルヌス》という、
あの強烈な絵にビックリしすぎて、
ルーベンスも描いている画題ですけど、
ゴヤのほうが衝撃度がぜんぜん高く、
ずーっと怖いイメージを持っていました。
森園
古代ギリシア神話を題材にとった作品ですね。
自らの子に殺されるという予言を恐れて、
その子を食べてしまう。
一見センセーショナルですけれど、
人間の闇の部分を描いているという点で、
この《戦争の惨禍》と
共通している部分があると思っています。
──
ああ‥‥そうか。
森園
先ほども申し上げましたが、
ゴヤの作品には、
普遍性なメッセージがあると思うんです。
戦争には、
必ず「加害者」と「被害者」がいますね。
でも、この作品において、
ゴヤは、どちらの側にも立っていません。
──
敵国フランスの側の残虐行為も、
自国スペインの側の残虐行為も、
両方とも描いている。
森園
ゴヤは、人間の心の奥底に等しくある
「戦争の火種」のようなものを
見据えながら、
人間の恐怖や狂気、野蛮さ‥‥などを、
冷徹に描いていると思います。

フランシスコ・デ・ゴヤ〈戦争の惨禍〉《36番 これもまた》1810-14年(1863年初版) 長崎県美術館蔵 フランシスコ・デ・ゴヤ〈戦争の惨禍〉《36番 これもまた》1810-14年(1863年初版) 長崎県美術館蔵

(つづきます)

2025-09-01-MON

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  • 被爆80周年の年の夏の企画展
    ゴヤからピカソ、そして長崎へ
    芸術家が見た戦争のすがた

     

     

    今回の取材でもたっぷり拝見していますが
    「幻の2点」をふくむ
    ゴヤの《戦争の惨禍》82点全点展示が
    何といっても静かに圧巻。
    さらにはアメリカから永久貸与されている
    東京国立近代美術館の藤田嗣治、
    大原美術館のフォートリエ、
    その他コルヴィッツ、浜田知明、東松照明、
    香月泰男、北川民次、
    そしてピカソの《ゲルニカ》の陶板複製。
    見応え満点です。
    会期は9月7日(日)まで。
    詳しいことは公式サイトでチェックを。

     

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    いただいたお便りにはかならず目を通し、
    その中から、
    「50/80 ヴェトナム戦争と太平洋戦争の記憶」
    の特集のなかで、
    少しずつ紹介させていただこうと思います。

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    特集 50/80 ヴェトナム戦争と太平洋戦争の記憶