糸井

先生がいま、ご自身で研究をされているなかで
「こういうことが見えたら嬉しい」
みたいなことってありますか？

稲垣

さきほど
「雑草の研究って、雑草を防除する研究です」
と言ったんですけど、
雑草をなくすって、絶対難しいんですよ。
なくそうとすると反発もすごく大きいし。

なので私は雑草を
「管理する」ということを
いますごく考えていて。

糸井

管理する。

稲垣

ひとくくりに「雑草」って言うんですけど、
「雑」って「たくさんの」という意味なので、
本当にいろんな個性があるんですよ。
悪さをするやつもいるし、そうでもないやつもいる。
実は生態系の中で、いい役割をしている雑草もいる。

なので、ひとつひとつの個性をしっかり把握して、
悪いやつはちょっと遠慮してもらって、
いいやつは少し増やそうかっていう。

だから「防除」じゃなくて「管理」。
「マネージメント」といいますか。
そんなふうに付き合っていくのが理想で、
そういうことを考えながら
技術開発とかはしていますね。

糸井

そうやって聞くと、
「マネージメント」という概念は、
とてもいいですね。
生徒さんとの関係も、
ある意味「マネージメント」ですよね。

稲垣

そうですね、やっぱりいろんな人がいますから。
研究が向いてない学生も、研究室が合わない学生も
やっぱりいるんですよ。
だけどそういう学生も、はまるポジションは
きっとどこかあるはずだと思っていて、
そういう目で見ていくことが大事かなと思ってます。

糸井

よく言われる
「置かれた場所で咲きなさい」という言葉も
まさしくマネージメントですね。

稲垣

あ、渡辺和子先生の。そうですね。
「置かれた場所で咲きなさい」って、
私もすごく好きな言葉なんですけど。

雑草もみんな、環境については変えられないから
「自分のほうを変えるしかないよね」みたいに
振る舞いを変えていくんですよ。

ただある学生が、この言葉について、
「自分がいるこの場所で
がんばるしかないのかと考えると、
苦しくて苦しくて仕方がない」
と言っていて。

糸井

ああー、なるほど。

稲垣

だけどその学生が雑草について学んで、
いろんな例を知ったことで、
そこに新しい言葉を作ったんですよ。

それが「置かれた場所で、芽を出さない」
というもので。

糸井

置かれた場所で、芽を出さない。

稲垣

雑草って、環境が合わないと思ったら、
その場所で芽を出さないんですよね。
そこで芽を出さないのも、ひとつの正解なんです。

たとえばエノコログサ。ねこじゃらしですね。
秋に種が落ちますけど、
蒔いてもぜんぜん芽が出ないんです。

研究室で発芽実験中のエノコログサ。芽が出るのはなかなか難しい。

稲垣

だけどそこで芽が出たら困るんです。
冬になっちゃうから。
春が来るまで、待ってなきゃいけないんですよね。

だから、置かれた場所でがんばれる人は
がんばるといいと思いますけど、
「いまここではがんばれない。無理！」
って人は、そこでがんばらなくていいというか、
置かれた場所で芽を出さない。
芽を出せるときはきっとあるから、
その時期を待てばいいんじゃないかという。

そういう考え方をその学生は言ってくれて、
「ああ、それもありだな」って思ったんです。

糸井

足したんですね。

稲垣

そうなんです。
雑草にとってはやっぱり、
ちょっとがんばりようがない場所もあるんですよ。
光が強すぎるとか、光がないとか、水がないとか。

雑草にはそういうときの戦略があって、
「休眠」と言うんですけど。

糸井

休んで眠る？

稲垣

そうです。休んだり眠ったりって、
ビジネスの世界とかだと
あまり良い印象じゃないかもしれませんけど、
雑草の場合は「休眠」ってすごく大切で。
「自分に適した環境になるまで、
タイミングを待ち続ける」って、
すごく重要なことなんです。

野菜や花の種の場合は、種を蒔いてお水をあげると、
当たり前のように芽が出るじゃないですか。
でも雑草の種って、蒔いて水をやっても、
芽が出てこないんですよ。
なぜかというと雑草は、芽を出すタイミングを
自分で決めるからなんです。

糸井

はぁー。

稲垣

たとえば小学校で習う植物の発芽条件って、
温度、水、空気、酸素とかですよね。
「それがあれば、植物は発芽します」
とか言いますけど、
雑草ってそれだけでは芽を出さないんですよ。

というのも、芽を出したあとで
「ここはちょっとマズかった」となったら
もう戻れないじゃないですか。
いつ芽を出すかって、雑草にとっては
ものすごく大事なことなんです。

なので雑草は、温度、水、空気、酸素以外の
条件までものすごく吟味して‥‥という言い方は
おかしいかもしれませんけど、
その環境を自分で感じて、タイミングをみた上で、
ようやく発芽するんですよね。

だから「置かれた場所で咲きなさい」は
真実ですけど、そこが自分に合わない
場所だなと思ったら、そこで芽を出さない。
それもひとつの戦略なんですよね。

糸井

実はぼくはいま、
雑草を呼び寄せられないかなと思って、
土だけ入れたプランターを、
家のベランダに出してみてるんです。
「雑草を待つ土地」というか。
雑草がやってきて、なにか生えないかなって。

稲垣

おもしろいですね。
都会でもけっこう種が飛んできますから。

糸井

で、あんがい早い時期に芽が出て、
まずびっくりして。

稲垣

あ、出ましたか。
「こんなベランダに」って。

糸井

そうなんです。どこから来たかもわからなくて。
ぼくは黒土っていう土を買ったんで、
もしかしたらなかに種が
混じっていたかもしれないんですけど。

稲垣

まあ、売ってる土はけっこう消毒をしているので、
ほんとに飛んで来たかもしれないですよ。

だけどとにかく、芽が出たと。

糸井

そうなんです。緑が見えたとき
びっくりして、すごく嬉しかったんですね。
ぼくは毎日見てるつもりだったけど、
かみさんが先に見つけて
「なんか生えてるよ」って。

稲垣

おおー、なるほど。

糸井

で、はじめての経験だったから、
どうすべきかわからなかったんです。

「ここで何か手伝ったら雑草の実験にならないから、
ほっとくべきかな？」
「芽が出たわけだから、
条件を変えないのが大事かな？」
「だけど実は変えたほうがいいのかな？」
「ちょっとだけ雨が降ったと思って、
１回だけ水をあげようかな？」
とか、いろいろ思って。

稲垣

「このぐらいの水ならいいだろう」とかって。

糸井

で、屋根はあるけど雨が降りかかる場所に
置いてたんですけど、
よし、すこしだけ水をやろうかなと思ったら
‥‥もう枯れちゃってたんですよ。

稲垣

ああ。

糸井

「そうか。来たなと思ったら枯れるんだ」と思って。
それだけでも雑草がいかに
こちらの思う通りにならないかを感じられて、
とても楽しかったんです。

稲垣

思い通りにいかないのがいいんですよね。

糸井

そうなんです、いかない。
釣りにちょっと似てるんですよ。

釣りも実はかなりマーケティングで、
「こういう条件ではこうすればいい」があって、
やればやるほどそれがわかってくるんです。
だけどいつも読みが合ってるわけでもないし、
合ってるからって来るわけでもないし。
そういうのがまた、おもしろくて。

でも雑草って、さらに違う。
森に分け入ることに近いんで、
本当に偶然と出会うことを
やってるんだなあと思うんですよね。

稲垣

ああ、そうかもしれないですね。

糸井

だからいまはもう１か所、
ベランダじゃない場所にプランターを
置いてみようかなと思っているんです。
１階に置いてたら、もっと種が来やすいかなとか。

稲垣

ちょっとした場所の違いで
きっと全然変わるので、それもおもしろいですよね。

糸井

会社の近くにある神田の税務署に、
すごくいいかげんな管理の場所なのに、
妙に雑草が繁茂してる場所があるんです。
ぼくはいま、そこが
うらやましくてしょうがないんです（笑）。

稲垣

なるほど（笑）。

糸井

まあ、先生の先日の話をきっかけに、
うちの会社にさっそく
「雑草部」ができましたから。

なにをやるかはまだそんなに
決まってないみたいですけど、
とりあえずプランターを設置するらしくて、
すでにみんなすごく楽しそうなんですよ。

稲垣

会社に「雑草部」があるってすばらしいですね。
ぼくも入れるんですか？

藤森（ほぼ日）

もちろんです！ よかったらぜひ。

糸井

よければ顧問のように、気が向いたときにでも
みんなの相談を受けてもらえたら。

稲垣

はい、楽しみにしてます。

糸井

こんなことから日本中に「雑草部」ができて、
雑草を待ち受けている鉢が全国にばらまかれたら、
きっとおもしろいですよね。
「うちにも来ました！」とか
「ぜんぜん来ないんです」ももちろんあって。

稲垣

いいですね。
種ってけっこう飛んで来ますから、
あちこちで「こんな雑草が」ということが
あるような気がします。