風は吹くし、隕石は落ちてくるし、波が押し寄せてくる。水野敬也×岸田奈美×糸井重里
作家の水野敬也さんと岸田奈美さんが
恋愛相談にこたえる番組『LOVE相談』が、
書籍『すべての悩みは武器になる』
として刊行されたことを記念して、
三省堂書店神保町本店で
糸井も交えたトークイベントを行いました。
テーマは、番組に最も寄せられた相談、
離婚と不倫について。

もっと深刻な話になるかと思いましたが、
恋愛の奥深くにある「欲望」をめぐって
話はさまざまな方向に揺れました。

クローズドな会でしたが、
この盛り上がりを伝えたく、
一部編集をして公開できる範囲でお届けします。
*水野敬也さんはご本人の意向で、
この日から顔出しをやめました。
白熱する様子を想像しながらお読みください!
第5回 確信は敵である。
糸井
いつ隕石が落ちてくるかわからないのに、
恋愛相談に答えるっていうのは
実のところ無理なんだと僕は思います。
岸田
私もそう思いました。
水野
そうですね。
あまりにも人それぞれで先が読めないことですから。
糸井
プラグマティックな解決方法はあって、
法律が案外守ってくれたりします。
ただ、理路整然と語れるところとは違って、
離婚する人は増えてきているけれど
重たさみたいなものは変わっていないと思います。
たとえば子どもの慰謝料を
払い逃げしている人はたくさんいて、
それについて、子どもはずっと覚えている。
別れたんだっていうところで空いた穴を
なにで埋めるのかっていうのが、
その人の人生になっていくわけです。
岸田
私、3年ほど前から
ニュースのコメンテーターをやっていて、
すごく楽しくしゃべっていました。
でも、言い淀んでしまうのが苦しい時もたまにあって。
たとえば戦争のニュースは、絶対にダメじゃないですか。
世間としても暗黙の共通認識があるし、
私もそう思っています。
でも、戦争はダメだって話をした瞬間に、
自分が思っていることを言えていないような、
自分の魂の話を世間は許してくれないという
もどかしさを感じたんです。
そのことを思い出しました。
写真
水野
本音ではもちろん戦争反対なんだけれど。
岸田
はい。
糸井
意外とフィクションだけが
自分の魂の話をできるんですよね。
岸田
ああ。
糸井
悪いに決まってるやつの後をつけていったら、
実は悪くないところもあった
っていう話を書けるのが小説で。
岸田
同情できるところがあったりしますよね。
糸井
でも、小説じゃない話としてやりとりをすると、
前提を壊せないじゃないですか。
もちろん壊す気もないんだけれど、
わかりきった石の投げ合いに参加するだけで、
魂のところは見えてこない。
本屋さんでトークショーをしているから
言うわけではないけれど、
どれほどフィクションが大事かっていうことを
常々思います。
水野
なるほど。
糸井
事実やルールについてどれだけ論争しても、
自分の魂の部分っていうのは関係ないですから。
だけど、もっと考えているし、
そこが大事だったりするよなあって思います。
岸田
思います。
糸井
ある意味、人生相談はフィクションに近くて、
枠組みそのものがおもしろくなっていますよね。
自分の考えを述べる場所としても
お笑いをする場所としてもいいし、
いよいよ、ポスト人生相談の時代というか。
水野
僕は『LOVE相談』は、
ポスト人生相談かなって思っています。
写真
糸井
かもしれないね。
岸田
おお。
水野
僕たち、全然結論を出していないんですよ。
結局どっちなの? みたいなまま放置している。
岸田
自分たちの話ばっかりしてますね。
水野
でも、ぼくが『LOVE理論』を書いていたころなんて、
結論を出さないなんてあり得なかった。
「この女性を落とすぞ」っていう明確な目標があって、
すべてのゴールだと言い切っていました。
正直、今『LOVE理論』を読むと、ヤバいんですよ。
糸井
発禁かもしれないね。
岸田
私の周りで本が発禁になる人、はじめてです。
水野
だから、今日から顔出しNGにしてまして。
ちょうどXも乗っ取られたのでSNSも辞めて、
隠れて生きようかなと。
糸井
そういう理由でNGなんですか(笑)。
水野
本気で絶版にすべきかなと
自分でも思うくらいアウトなところがあって、
書き直したい部分もあります。
全部の文章に「必ず相手の同意を得ること」って
注釈で書き足したいくらい。
でも、あの本のおかげで、みたいな声もあるんですよ。
岸田
私もそうですよ。
水野
ありがとうございます。
だからこそ、『LOVE理論』からの『LOVE相談』
っていうのは自分にとってかなり大きな変化で、
僕は令和の人間になれたんだって思いました。
岸田
たしかに、人間だから考えはアップデートされるわけで、
『LOVE相談』は全然違いますよね。
水野
だから、『LOVE相談』を書籍化した
『すべての悩みは武器になる』は
成熟した本だなって思います。
結論を出してないですし、
そもそも恋愛相談というコンテンツって
どうなんだろうみたいな意識をチームが持ってますよね。
僕の中では、恋愛相談をアップデートしていけたら
っていう気持ちはちょっとありました。
糸井
昨日の夜に『教皇選挙』という映画を見てたんです。
急逝してしまったローマ教皇の
次なる人を決める選挙の様子を追うんですけど、
あの中でいちばん重要だったのは、
「確信は敵である」という台詞で。
──
「確信は寛容の敵である。
信仰は疑念と手を取りあって歩むからこそ息づくもの」
という台詞が映画にありました。
岸田
なるほど、決めつけることは危ないと。
糸井
でも、宗教の世界って確信がなかったら
成り立たないように思えますよね。
なのに、「確信が我々の敵だと思え」という言葉を
映画の中心に置いていて、
ストーリーが展開されていくんです。
ものすごくおもしろかったです。
写真
岸田
わたしの旦那がお坊さんなんですけど、
彼も褒めていました。
糸井
ただ、確信が争いのもとになるけれど、
迷うことがいいとは言っていない。
どっちがいいのか結論を見つけようとすると、
「確信は絶対持たないほうがいい」みたいな
確信を持ってしまう人もいると思いますし。
岸田
ああ、禅問答ですね。
糸井
その意味で『LOVE相談』は、
揺れのところにあったのかもしれないですね。
そこを大事に聴いてくれて、
読んでくれる人がいるっていうのはいいなと思います。
水野
そうなんですよ。
岸田
読者の方も成熟してましたよね。
こういう人生相談って、
もっとスカッとしたい気持ちがあるじゃないですか。
電子書籍のマンガの売れ筋を見ていても
逆襲物語ばっかりだし‥‥
例えば、私だと『家族だから愛したんじゃなくて、
愛したのが家族だった』っていう
エッセイ本が一番売れているんですけど、
noteで一番読まれているのは、
「落とした指輪がメルカリで出品されて、
警察沙汰になった」っていう話なんです。
スカッとする終わり方ではないんですけど、
テーマとしてはスカッとするもので。
糸井
悪を懲らしめてやる、みたいな。
岸田
そうなんです。
でも、勧善懲悪もひとつの確信じゃないですか。
指輪の話は結局最後に、
「出品してしまった人がそこまで悪い人なのか?」
という揺れる気持ちで終わるのは
私の意地なんですけど、
求められているのは短い時間でスカッとする話だよなあ
って思います。みんな忙しいし。
糸井
そうですね。
岸田
はじめ、『すべての悩みは武器になる』を
読者の方は読めるのかなって思っていたんです。
相談してるのにあっちこっちに話が揺れて、
しかも結論がわからないこともある。
そんな話を我慢できるのかなって思っていたら、
意外とみなさん受け入れてくださって、
結構すごいことだなって思いました。希望です。
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糸井
なんて言うんだろう‥‥
権威じゃないのが良かったんじゃないですか。
権威が同じことをやっていたら、
「ちゃんと教えてよ」って言われるかもしれない。
岸田
ああ、たしかに。
水野
答えを求められそうですよね。
糸井
お笑いの人に対する信じ方もそうですけど、
正しいことや、素晴らしいことを言ってくれるのを、
読者は待っていない。
岸田
おもしろければいい、みたいな。
糸井
そうそう。人によっては
「あいつはあいつなりにマジで言ってたよ」って、
思ってくれる人もいる。
そういう感じがありますよね。
水野
きっと、僕も岸田さんも、
確信に対する嫌悪感みたいなものが、
たぶんあるんだと思います。
糸井
確信があると考えなくて済むじゃないですか。
答えが出ているのなら、
その答えに合わせて解いた問題をやるだけだから楽。
そうすると、やればやるほど
正しさに近づいていくような気がしてきて、
それは怖いところもあるよなあって思います。
(つづきます)
2025-09-29-MON
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すべての悩みは武器になる

~水野敬也と岸田奈美のLOVE相談~
「ほぼ日」で配信していた、
作家の水野敬也さんと岸田奈美さんによる
音声番組『LOVE相談』が一冊の本になりました。
思いもよらない脱線やたとえにお腹を抱えて笑い、
ときに感動して胸がじんわりとする、
ふたりの名言と独自の理論を
あますことなく堪能できる8万字です。

好きってなに?、片思いや失恋、婚活など
恋愛にまつわるお悩みを出発点に人生の話へ。
恋の悩みも人生の迷いも、
笑いながら解決できる、恋愛人生問答集です。
水野敬也と岸田奈美のLOVE相談
ポッドキャストはこちらから聴けます。
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