第1回 モノが市場を変えていく


糸井 三宅さんのお書きになった
『新しい市場のつくりかた』には
本当に魅力的な中小企業のエピソードが
たくさん載っているわけですけど、
どうして今は、三宅さんの書かれるような
「中小企業から教われることはいっぱいある」
という研究がこんなに少ないんでしょうね。

三宅 それは、中小企業論というものが、
まだ「経済学」の方面からきたものが
多いからだと思います。
そうすると結局、大企業と比較した考え方になって、
「二重構造」「かわいそうな労働者階級」
「同じ仕事なのに大企業より賃金が安い」とか
そんな見方になるんです。

「経営学」的に、
つまり「企業をどう経営するか」という視点で
中小企業をちゃんと分析するという歴史は、
それに比べるとまだ浅いんですよね。

糸井 ああー。

いまの時代だったら、経営者自身が
中小企業、あるいは零細企業でありたいと希望して、
そうしている企業もあるんでしょうか。

三宅 それはおそらく、いっぱいありますよ。
中小企業や零細企業には中小企業や零細企業ならではの、
いいところがありますから。

糸井 そうですよね。
今はまだ、価値の体系のなかで
大企業が上だと思い込んでいる人が
まだまだいるかもしれないけど、
実際にはきっと、大きいとか小さいとかじゃなく、
それぞれの会社がどうか、ですよね。

三宅 そのとおりだと思います。
だからぼくは、大企業のほうが上という錯覚が
早くなくならないかな、と思ってます。
ぼくは中小企業が
「うちは中小企業だから勝てない」
という比べ方をするほど弱い存在では
まったくないと思うんですよ。
幸い、ぼくはうまくいってる側の
中小企業とのつき合いが多いもんですから。
そういう方たちはみんな
中小企業がかわいそうな弱い存在だとは
思ってない気がします。

糸井 そうですよね。

三宅 たとえば本にも書かせていただいた
エアロビクス用の水着を発明して広めた
アイデア抜群の「フットマーク」の磯部さんは
こんな風におっしゃるんです。
「法的な定義から言っても
 中小企業に入るのは確かだから、
 そう呼ばれるのはしょうがない。
 けど、本当は違う呼び方をしてほしい。
 "ソウゾウ企業"とか言ってほしい」

糸井 ソウゾウ企業?

三宅 「創造」企業、クリエーションのほうの。
そういうふうに言ってほしいとかおっしゃいますね。
僕なら、「文化振興財団的企業」とか呼びます。

糸井 ああ、文化を豊かにするほうの企業だ、と。

三宅 もちろん大きい会社でいい会社はあるし、
小さい会社でダメな会社もやっぱりあります。
でも、そのいいとかダメとかは
大きいからいい会社、小さいからダメな会社というわけでは
まったくない。
ぼくは実際にもう、
そういう実例を数々突き付けられてきましたから
自信をもって言いたいです。

糸井 その部分へのみんなの理解が
今、もう変わってもいい時期だと思うんですよ。

三宅 そうなんですよ。

糸井 学生さんたちが就職活動で
「落ちる落ちる」って言うけど、
名前を知っている大企業だけを受けて
落ちるんじゃなくて
「うちに来ればいいのに」って思っている中小企業を
もっと選択肢に入れればいいのに、と思うんです。
いわゆる大企業じゃない会社っていうのは、
大きくないことでの大変さもあるかもしれないけど、
結局は仕事って「どこに所属するか」じゃなく、
「そこで何をするか」じゃないですか。

三宅 就活とかではいま、
「大手病」という言葉がありますね。
学生が理由なく「大手のほうがいい」と信じ込んで
そういったところばかり受けるという。
大手企業ばかりを受け続けるがあまりに
就活期間が空費されて、結局内定を取れない危険性がある。
そうした状況を警告する意味で、
どなたかコンサルタントの方が作った言葉でしょうけど。

糸井 なるほど。

三宅 ‥‥といっても、たとえば中堅大、
偏差値も中くらいの大学の学生とかは、
逆に割り切って「大手病」から抜け出はじめてますが。
むしろおそらく、もうちょっと受験ランク的にいい、
偏差値高めの大学の学生さんが
一番「大手病」にかかりやすいような気はします。
親御さんも有名な大企業の出身だったりすると、
「大手のほうがいいに決まってる」と
安易に神話を信じてしまいやすいので。



糸井 はぁー。

三宅 すごくいい大手の企業は、もちろんあります。
「有名」で、なおかつ「優良」で、
「安定していて」「競争力のある」企業、あります。

糸井 それはもちろん、ありますよね。

三宅 だけど、みんながその
「すばらしい大手」にだけ夢を託すのは無理だし、
その状況って、ちょっと変ですよね。
「すばらしい大手だけがいい会社」なんてはずはないし。
多くの人が理屈ではわかっている。

でも、みんな、
「すばらしい大手」だけを目指しがちなんですよ。
やっぱり21、22歳くらいの年齢って、
見栄もありますから。
みんなに「いいね、すごいね」と言われたいという。

糸井 いつごろから、そんな見栄が生まれたんだろう。
ぼくは大学を中退してますから、その年齢のころ、
自分はそんなこと、まったく気にしてなかったんです。
だから、みんなもそうかと思ってました。
‥‥「どうも違ったかもしれない」というのが、
あとでわかったんですけど。

社会全体で、みんなが
「大きいものに合わせるほうがいいんだ」と
発想しはじめたタイミングが
どこかあった気がするんです。

たとえば今、お葬式とか結婚式に、
全員が黒服や礼服をちゃんと着て
出席してますよね。
あれ、ぼくが覚えている限りでは、
ああじゃなかったですよ。

三宅 あ、そうですか。

糸井 はい。黒服って、普段は使わない
儀式用の服ですよね。
みんながその普段使わない儀式用の服を着て、
結婚式にちゃんと集まるっていうのは、
みんながそれを買ったからなわけで。
今はきっと、田舎のおじさんとかが、
結婚式の帰りとか黒服着てますよね。
むかしはたしか、ああじゃなかったんですよ。
地方とかだと。



三宅 つまり、むかしは特別な儀式用の一着を
みんなが買うだけの余裕はなかった。

糸井 なかったし、今ほどその「形」が大事なものだとは
思われていなかったような節があります。
みんな「問題はそこじゃない」と
思っていた気がするんです。
だからむかしは黒服を
持ってる人と、持ってない人がいた。
でも、どこからかきれいに揃って、
「形」の意味がすごく重くなっちゃった。
いまは「民度を測る指標」みたいなものの中に、
ああいうのが入ってきたんだと思うんですよね。

三宅 ああ、そうかもしれません。

糸井 三宅さんがおつきあいされている
元気な中小企業の方たちは
採用ってどういうふうにされているんでしょう?
やはり、ご苦労があったりするんでしょうか。

三宅 やっぱり中小企業って、
実際よりも世間の評価がまだまだ低いんです。

知る人ぞ知る、聞く人が聞けばすごいところでも
その技術力の高さをわかる学生が少ないんですよ。
その企業のすごさがわかるような
理系の院生がいたら、
それだけの人はやっぱり大手企業が採っちゃうんです。

糸井 ああー。

三宅 そして、そうした企業のすごさがわかる
文系の学生がいればいいんですけど、いないんです。
文系の子はモノづくり研究なんて、滅多にしませんから。

そうすると理解も
「あそこ、なんかすごいらしいね、
 取引先にトヨタがあるみたいだし」
くらいでしかなくて。



糸井 それじゃダメですよね。

三宅 やらないよりはマシですけれども、
理解としては足りないですよね。

日本の中小企業にもすごいところが
あるということが、
7、8年前よりは一般の人々に
知られてきたような気はするんです。

でもそれがまだ、
「この企業で働いている人たちは、
 指先だけで数ミクロンの違いが‥‥」とか
「技術」のほうのネタにばかり偏っている。
それがぼくは不満なんです。

もっと、企画力がすごい中小企業があるよ、とか、
やれることの可能性がすごくあるよ、とか、
「技術力」以外の中小企業の魅力も
どんどん知られていってくれたら、
と思ってるんですけど。

糸井 ああー。

三宅 だからそのためには
物語を広めていかなければ、と思うんです。
たとえば、池井戸潤さんの小説の
『下町ロケット』の世界。
自分の力とリーダーシップで
みんなで力を合わせて大きいことを成し遂げるのは
面白いよ、楽しいよ、とか。
魅力的な物語で中小企業への正当な理解を
少し早められないかな、と思っています。

糸井 はい、はい。

三宅 ちょうど、ぼくの恩師がいま
大田区の町工場の人たちと
「下町ボブスレー」というプロジェクトを
やっているんです。
‥‥思いっきり名前が真似ですけど。

ボブスレーって、
氷のコースをシャトル(専用のソリ)で滑って
タイムを競う競技ですけど、
そのシャトルがいま、みんな外国産らしいんです。
それで大田区の町工場の人たちが
みんなでワイワイ集まって、
「日本のもてる技術を集めて、
 世界に勝てるシャトルをつくれないか」
という試みをやってるんです。
どうなるかわかりませんけど、
2014年の冬季オリンピックを目指しながら。
糸井 下町ボブスレー(笑)。

三宅 ええ(笑)。
たとえば、そういうことだってやれるんです。


  (つづきます)
2013-09-19-THU