石を彫り、音を奏でる。石川九楊 石を彫り、音を奏でる。石川九楊
書家の石川九楊さんによる
「ほぼ日の學校」の授業が、この夏に配信。
「書ほどやさしいものはない」と
九楊さんはおっしゃるものの、
はてさて、どこから入ったらいいのでしょう。

2010年に糸井重里が石川九楊さんの講演を聴き、
「書」の鑑賞の方法について
なにかを掴めたきっかけとなったお話を
「はじめての書の見方」として教えていただきました。

基本的な話の流れは「ほぼ日の學校」でも
動画で視聴できるようになりますから、
石川九楊さんの声、筆の動きはぜひ動画で!
(2)筆は彫刻のノミ
石川
書の見方について、詳しく見てみましょうか。
まず、書の基本的な単位というのは
文字ではなくて、一点一画なんです。
糸井
うんうん。
石川
一点一画の書きぶりがどう構成されて一字を成し、
その一字が次の文字を
どういうふうに構成しているか。
それから次の字がまたどう受け継いでいくか。
ずっとそのプロセスなんです、
さらに、一画一画という単位をどういうふうに見るか。
それは、「はじまり」と「本体」と「終わり」で、
書では、起筆、送筆、終筆といいます。
習字の授業なんかでは
「一」というのは横に一本線を引くんですよ、
というふうに習ったでしょうけれども、
それは送筆の部分であって、
本当はそれだけではないんですね。
はじまりの筆「起筆」があって、
それから本体の「送筆」があって、
そして終わりの筆「終筆」がある。
それは文字だけでなく、一点一画にも、
起筆があって送筆があって終筆があります。
画像
石川
はじまりがあって、本体があって、終わりがある。
昔は習字の練習法で最初に
「トン、スー、トンと書きなさい」
と習った方が多いかと思います。
それは要するに、楷書体の場合は
起筆、送筆、終筆のリズムが
1、2、3、1、2、3の
ワルツのリズムで画を作り上げていく
という風に教わったことはありませんか? 
でも、本当に
トン、スー、トンでいいのでしょうか。

はじまり、本体、終わりの書きぶりを
人の書で見ていくために、
指でいいから、なぞってみてください。
先ほど、書というのは彫刻であるという
お話をしましたけれども
筆というのはまさに、彫刻のノミなんです。
ノミであることを意識してなぞってください。
糸井
はい、彫刻のノミ。
石川
昔の楷書体はまさにノミで彫っていたわけです。
「甲骨(こうこつ)」といって
亀の甲羅のお腹にカリカリ切って、
その次の時代には「金文(きんぶん)」といって、
金属器に彫り込んだりしていました。
それから石にノミで彫り込むようになった。
その末端として楷書体が
正式の書体として扱われるようになったんです。
だから、楷書体というのは
ノミと筆が一緒になってできた書体。
彫る書体が正式の書体としてずっとあって、
末端では木簡とか竹簡に筆で書き付けて、
それが東アジア一帯に広がっていったわけですね。

石に彫られた文字といえば、
いまでもお札のハンコにもなっている、
赤い実印の書体がありますよね。
あれは篆書体(てんしょたい)といって、
秦の始皇帝時代に定まった文字です。

その末端で、木簡に早書きされた文字が
隷書体(れいしょたい)。
お札の「日本銀行券」という字も隷書体で、
政治の書体として使われてきたものです。

そういった書体で存在していたわけですが、
筆で書いているとより実用的な書体が望まれるんです。
早く書くために省略されて
草書体(そうしょたい)というのができました。

さあ、秦の始皇帝の篆書体がそびえ立つその末端に、
隷書体と草書体という二つの書体が生まれました。
最初は隷書体が正書体になって
漢の時代の石碑はみな、
隷書体で出来上がったわけですね。

だけど、草書体も正書体になりたいから、
少しずつ正式の書体を目指して姿を変えて、
楷書体になったんですよ。
糸井
ほほーう。
石川
楷・行・草といって、
現在で言えば、楷書を崩したのが行書、
行書を崩して草書という考え方をするでしょうけど、
歴史的に言えば草書体が最初にできて、
草書体を上行させて今までの
篆書体や隷書体に代わる正書体になろうとして
行書体になり、楷書体になったんですね。
では楷書体というのはどういう文字か。
単純に言ってしまうと、石に彫った形を
筆でも書くようになったのが楷書体です。

石に彫るわけだから、
書というのには人の書くエッジが表れる。
まさに彫刻です、彫り込むわけだから。
それに対して、
その筆がどのように動いていくかといえば、
そこには音楽的な要素が入ります。
穂先が開いたり閉じたりしながら、
エッジと動きとの関係で一画ができていく。

そこでもう一度、
書をどういう風になぞればいいかを
考えてみてください。
筆は単なる筆じゃないんだから、
やっぱりトン、スー、トンではダメなんです。
糸井
ああっ‥‥!
石川
トン、スー、トンじゃなくて、
カリカリカリカリと切っていく。
そのイメージが起筆には隠れているんです。
糸井
おお!
石川
その証拠にね、
書道をおやりになられたかたで、
何に苦労されたかというと、
たとえば「払い」がありますよね。
特に払い右払いなんていうのは
途中で広がって最後に閉じているわけです。
それは石で切り込んだ形を
筆で再現しようと思うから難しい。
糸井
おお、そうか。
石川
王羲之(おうぎし)の書でも、
置いて、止めた状態で終わっている。
だって、それが普通なんですから。
それを三角にするために頑張って、
筆をノミのように使って払っているんです。

あとは、「跳ね」も大変だったでしょう? 
筆ではキュッと動かせば、
キュッと跳ねられるのですが、
そうじゃなくて三角に書くと難しい。
それも石に彫った形を再現しようとするからです。

それから「転折」といって角のところ、
すっと書けばいいんですが重要な意味があるんです。
「口」という字は何画ですか?
──
えっ、3画ですよね?
石川
なんで3画ですか?
──
(指を動かしながら)
1、2、3と習いました。
石川
いち、にーい、さんっと書いたんですね。
そこは、1、2、3、4、と
書かなきゃダメなんです。
折れる部分の3という中に、筆の象徴がある。
石に彫る姿を獲得したときに、
その形こそが楷書体なんです。
筆はノミ、紙は石でもあり骨でもある。
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(つづきます)
2022-07-01-FRI
石川九楊さんの授業は、
ほぼ日の學校で7月29日(金)に配信。

肉声での解説、筆の動きなど
とても貴重な授業になりました。
最初の1か月は無料で視聴できますよ。