表現を仕事にするって?
担当・あおね

第2回 自分で選び、続ける才能
- まき
-
いやぁー緊張するー!
- 私
-
いつも通りでお願いします。(笑)
まきちゃんはさ、ピアノをいつから始めたの?
- まき
-
最初は4歳くらいかな。
友達に誘われたのがきっかけで
音楽教室の体験コースに行ってみたら楽しかったの。
体操とか色々な習い事の体験に行ってたんだけど
あまり楽しくなくて、子供ながらに
毎週行くのはめんどくさいって思ってたの。
だけど、ピアノは最初から楽しかったんだよね。
- 私
-
へぇー!
じゃあやっぱり、その時から
ピアノに対して、ちょっと違ったんだ。
- まき
-
その時は「他とは違う」みたいのはなくて、
グループレッスンだったから友達に会うのも楽しかった!
練習は嫌いだったけど。(笑)
行って、友達に会って
弾いたりするのが楽しかったんだよね。
- 私
-
始めて、ピアノ人生で一番忙しかったのはいつ?
- まき
-
小学生が1番忙しくて。
放課後に遊んだ記憶って全然ない。
学校終わると親が車で迎えにきて、
その中で、なにか食べながらレッスンに向かって、
夜帰ってきてみたいな生活が多くて。
運動場にある大きな滑り台で遊べるのって、
授業参観後に、親が保護者会にでているから
それを待っているときだけって感じだったね。
- 私
-
そうか。
でも、まわりの友達は遊んでるわけじゃん?
よく嫌にならなかったよね?
- まき
-
嫌になったことは沢山あるんだけど、
辞めようとは思わなかったんだよね!
なんでだろ(笑)
- 私
-
今までで「もう無理だ!辞めよう!」って
瞬間はなかったの?
- まき
-
練習が嫌で裏山に逃げたとかは、
何回もあるんだけどね。
- 私
-
あったね、そんなこと(笑)
まきちゃんのお母さんから
「うちの子行ってませんか?」って連絡があって。
- まき
-
その時私は、裏山に逃走していた(笑)
でも、なぜか辞めなかったね。
- 私
-
普通の子供の習い事よりも、
もう一歩深いところでやってたわけだよね。
- まき
-
親にも続けることを強制されたことはないんだよ。
楽しかったんじゃないかな?
その頃は、人前で弾く怖さとかもなかったし。
今は怖さとか色々あるけど。
ただ楽しいって思えてた。
それだけかな。
もちろん、コンクール落ちて悔しいとか、
先生が怖いとか、上手く弾けないとかあったけど…
やっぱり楽しかった尽きるのかもね。
- 私
-
「楽しい」で続けてこれるのって結構すごいよね?
- まき
-
「ここで絶対成功しないと」みたいのがないからこそ、
なんとなく続けてこれたんじゃん?
- 私
-
ピアノをやったことがない私が
すごく基本的なことを聞くんだけど、
ピアノは何が楽しいの?
- まき
-
練習は嫌だけど、本番で弾くのは楽しかった。
なんかこんなこと言うの恥ずかしいけど…
部屋とかじゃなくてホールで弾くのがすきで。
舞台袖からピアノの所まで出る瞬間がすき。
弾いてるとき、自分が何か別のものに
変身している気分になれるのが楽しい。
自信ない時とか、弾けてないときも、
もちろんあるんだけど。
ふっとまわりを見渡した時に、
お客さんの姿はこちらから見えなくて、
蓋があいたピアノの中にスポットライトの光が
キラキラ反射しているのを見るのは今でもすき。
まあ、余裕があるときにしか見れないけど(笑)
- 私
-
そこに立つ人しか見えない景色だ。
じゃあ、「この演奏を誰かに届けたい」とか
思ってたりしないの?
- まき
-
うん。そういうんじゃないかも。
自分のため。
「ピアノが人生の一部です」とか
「ピアノがなきゃ生きていけません」とかも
全然思わないんだよね。
- 私
-
こんなに、ピアノ中心でやってきてもそうなんだ。
- まき
-
だって私がピアノやってもやらなくても、
人に影響ある訳じゃないし。
誰かに頼まれた訳じゃないし(笑)
でも、スポーツとかの競技生活と違って
年齢で限界が見えるわけじゃないから、
長い目で見れば続けていきたいよね。
まだやりたい曲もあるし…
- 私
-
やりたい曲がある!?どういうこと??
音楽をやったことない私には知らない感覚だ。
- まき
-
そう、弾ける弾けないじゃなくて、
死ぬまでに弾いてみたいなって曲もある。
聴いてて大好きな曲だから「自分もやりたい!」って
すごく単純な感じ。
仕事じゃないから「いつまでに」とかがないし、
いつかやれたらいいなっていうのは色々あるよね。

- 私
-
こんなにやってたら
「私にはピアノしかない」とか思うもの?
- まき
-
ううん、全然ない。
「これしかない」ってほど、極めてるとは思ってない。
- 私
-
じゃあ続ける理由である「楽しい」が
なくなってしまった時とかってあるの?
- まき
-
高校も音楽科に通うんだけど、
思春期なこともあって、
ちょっとノイローゼ気味になったりもした時かな。
入学して、エリートしかとらないっていう
先生の門下生になったんだけど、全然ついていけなくて。
高二の時に「定期演奏会」っていうのがあったんだ。
その先生の門下生は、
その代表に選ばれて当たり前って感じなんだけど、
私は落ちゃって。
親も先生も誰も責めなかったけど、
自分は落ち込んじゃって。
家に帰りたくなくて最寄り駅の階段で
2時間くらい座ってたの。
やめることが頭をよぎったりしたんだよね。
- 私
-
あの何もない駅で?ひとりで?
同じ駅なんだから言ってよ!
でも、それをどう抜け出せたの?
- まき
-
その先生はもちろんだけど、
ほかに小学生の頃から教えて貰ってた先生とかも
すごい助けてくれたりしたの。
本当は、他の門下の生徒は見ちゃいけないんだけど、
こっそり見てくれたりして。
そのおかげで続けられたんじゃないかな。
その人たちがいなかったらダメだったかも。
ピアノはやってたかもしれないけど、
学校は辞めたりとかしたかもね。
- 私
-
それを越えて、進学先に音大を選ぶわけだよね?
- まき
-
そうなんだよね。
音楽コースを卒業して、
普通の大学で音楽以外を勉強する人もいるのよ。
でも、私は音大に行きたかったんだよね。
- 私
-
音楽を学び続けたかったんだね?
- まき
-
そんな大層なものじゃないかも。
なんとなくなんじゃないかな。
選ぶとかじゃなくて当たり前だったのかも。
- 私
-
他に選択肢があるとか思わなかった?
- まき
-
あんまり思わなかったね。
第1志望には行けなかったけど、
進学先もやっぱり楽しくて。
友達も沢山出来て、演奏会にも出れて。
- 私
-
楽しい大学生活だ!
- まき
-
そう。
でも、大学卒業したら海外に留学しようか、
大学院にいこうか迷ってて。
とりあえず、日本の大学院を出ようって思ったら、
その入試の前日に手を壊したんだよね。
それからがやっぱりキツかった。
折角、寮に入って2年間弾ける環境があるのに、
右手がほとんど使えなくなっちゃったから。
- 私
-
あれ、入試の前日だったんだ。
- まき
-
そう。
なんかうまく動かないっていうのから始まった。
- 私
-
病名はジストニアだったよね?
(局所性ジストニア:脳の運動をつかさどる分野の障害で、
体の一部分だけが不自然な姿勢をとり、
思うように動かなくなる病気。)
- まき
-
そう。痛みとかはなくて動かしにくいの。
ピアノ弾く時だけ指が1本まるまっちゃって、
細かい動きができない。
とはいえ、やるしかないから入試はなんとか弾いて、
でも、いざ春から学校生活はじまったら、
事情を知らない先生が見たときに
「ふざけてんのか」みたいになっちゃって。
- 私
-
つらいね。
思い通りにならないんだもんね。
- まき
-
とにかく弾けないっていうのがしんどくて。
今まで、上手い下手とかじゃなくて
「弾けない」っていうのがなかったからね。
演奏会とかで無理矢理弾いても、
アンケートで知らない人に
「ピアノが下手くそだった」とか書かれて。
すごいしんどかったな。
今は良くなってるし支障はなくなったけど。
- 私
-
でも、しんどい思いもしながらも辞めなかったね。
- まき
-
それはもう意地だった。
病気になったからって離脱したくなかった。
ここであきらめてたまるかって。
- 私
-
まわりには言ってたの?
- まき
-
うん。隠すつもりは全然なかった。
そのことで、新聞取材を受けたこともあるんだけど、
表立って「私は病気だけど頑張って弾いてます」みたいのは
あんまり好きじゃなかったかな。
取材以降、Facebookとかに知らない人から、
メッセージがくるようになったけど。
「ごめんなさい」と思いながらそのままにしてたね。
- 私
-
それは同じように病気の人とか?
- まき
-
そうそう。
もちろん、そうじゃない人もいたけど。
隠すつもりはないけど、
過剰にアピールするのは嫌いだったから。
私はそのままでいたかったんだよね。
周りが見捨てずに
「出来ることを一緒にやろう」って声掛けてくれたり。
それはありがたかった。
- 私
-
そうだね。
振り返ってみても、私が知っている中で
あのときが一番が荒れてたって思う。
- まき
-
ですよね(笑)
あんとき、本当にめんどくさかっただろうなって思う。
- 私
-
人生のほとんど一緒にいたらお互い、
めんどくさい時期もあるよね(笑)
だって、荒れて当たり前のことが
起こっていたんだもんね。
- まき
-
でも、そこで初めて「辞めたら負けだ」って思ったのかも。
- 私
-
いままでは好きで続けてきたけど?
- まき
-
それからは意地でやってきた気がする。
- 私
-
ずっとピアノを弾いてきて、
仕事にしていきたいって思ったのはいつ?
- まき
-
それは割と前からかな。
昔は、あんまり子供が好きじゃなかったから
ピアノの先生になるのは向かないなって思ってたけど、
実際にやってみたらすごい楽しくて。
自分の生徒がすーっごく可愛くて!
印象的だったのは、
父親と小さな娘が一緒に習ってた人とかいて。
- 私
-
珍しい組み合わせだね。
- まき
-
父親には、彼が好きな曲を何曲か教えてたんだけど。
私が辞める時に、最初の頃に教えた曲を
「最後にこの曲を聞いて欲しいので、
いままで楽譜見ながら弾いてたのを暗譜してきました!」
って言われて。
- 私
-
へぇー!
ちょっと私まで泣きそう。
- まき
-
本当に今まで「暗譜なんて出来ません」って
タイプだったから、それを見て私はもう号泣して。
- 私
-
それは感動するわ。
- まき
-
あとは高3の生徒で、
親はもう受験に専念して欲しいんだけど、
「先生とレッスンするのが楽しいから辞めたくない」
っていってくれてた子がいて。
その子も最後、親と一緒にきて
「私の得意な曲を聞いてください」って
泣きながら弾いてくたの。
それも感動した。
- 私
-
良い出会いだったね。
- まき
-
なんか偉そうだけど、
生徒に影響というか、
何かひとつでもあげられてたのかなって思ったときに、
自分の中で考え方がちょっと変わったかも。
ちょうど、手を壊してた時期だったから、
自分がしてあげられることなんて、
何もないと思ってたんだよね。
でもその時に、誰かに期待されなくても、
またこういう経験出来るかもしれないし、
もう少しやってみようかと思った。
- 私
-
そういうことを繰り返しながら続けてきたんだねぇ。
改めて聞くと面白いね。
その、人に教える面白さと、人前で弾く楽しさは全然別?
- まき
-
ぜーんぜん別物!
正直、人に教えるのって、
つまんないんだろうなって思ってたの。
でも、やらないとお金稼げないから
「やってみるか」って感じで始めたら、案外おもしろくて。
生徒はおじいちゃんから赤ちゃんまでいたけど、
みんなそれぞれ面白かったね。
- 私
-
すごいと思うのが会社とかに属さないし、
全部自分の力とかスキルでやっていくわけだよね?
会社員とはまたちょっと違うよね。
- まき
-
まーねー。
お金欲しかったら続けていけないわよ。(笑)
- 私
-
じゃあ、それはやりたい気持ちが勝ったんだ?
- まき
-
そうなのかもねぇ。
やっぱり好きが1番だったのかも。
インタビューだから、
「あなたにとってのピアノとは」とか
聞かれるかと思って考えたんだけど、
ほんっとうにわかんないね。
- 私
-
いつか分かるのかな?
- まき
-
死ぬ時かな?
死ぬまでやってるかわからないけど(笑)
- 私
-
でも気持ち的には、
職業としてじゃないとしても死ぬまで…
- まき
-
そう!
なんとなく、触っていきたいって思ってる。
私は子育てもしているから、
子供を優先したいし、
ピアノを弾く人として「こうであるべき」とかはないけど、
いままでやってきて無駄だったことは1個もない。
「こうじゃなければ」とか
「こうすれば良かった」ってことはないと思ってる。
大した人生なわけじゃないけど、
無駄なことは全然ないじゃん、
私の人生上々じゃんって思う。
- 私
-
良いことも、大変だったことも全部ひっくるめてね。
- まき
-
そうそう。
何か起こっても、
受け入れていったらいいと思ってるから。
- 私
-
そういうすべて引き受けながら、
続けてこれるって才能だよね。
- まき
-
本当、周りの人に恵まれてたんだと思うよ。
あとは、好きって気持ちがあるから、
辞める勇気もなかったんじゃないかな、結局。
でも、こうやってインタビューされると
自分がピアノに対して「こう思ってたんだ」っていうのを
初めて知った気がして面白いね。