- キサブロー
- 私のひいおじいさん、割と変わった人で。
- ——
-
岩本喜三郎さん。
キサブローの名の由来になった人ね。
- キサブロー
-
毎年年賀状が喜三郎さん宛に
いまだに2、3通届くのね。
わたしが生まれたときには
もう亡くなっている人なのに。

(岩本喜三郎さんの銅像)
- ——
-
すごい。
それは喜三郎さんとお付き合いのあった方から?
- キサブロー
-
うん。
DMも混じっているかもしれないけど。
小さいころから、喜三郎さん宛に毎年来てて。
生きてたら120歳越えてる人に年賀状がくるなんて
おもしろいなあと思って。
- ——
-
子どものときって
自分宛ての年賀状探すのが
たのしみだったりするけど、
そのなかに。
- キサブロー
-
喜三郎さんのが
ぜったいに入ってんの(笑)。
- ——
- 家にいない人のが(笑)。
- キサブロー
- またきたよみたいな。
- ——
-
へえ。
じゃあ小さいころから
頭の片隅に喜三郎さんがいるんだ。
- キサブロー
-
そう、会ったことないのに存在感があった。
うちの家は和裁所を代々やっているんだけど。
その初代が喜三郎さん。
- ——
- うんうん。
- キサブロー
-
着物って分業制でつくっていて。
染める人がいて、織る人がいて、
着物の形に仕立てる人がいて。
仕立てるのが和裁ね。
ほかに刺繍屋さんがいたり、
家紋を入れる紋屋さんがいたり。
職人さんたちが次々にいて、
最後に呉服屋さんがいる。
- ——
- 分業制なんだ。
- キサブロー
-
そう。
だから呉服屋さんが
「こういうものをつくって」と言ったのを
いろんな人たちが手分けしてつくっていくの。
- ——
- なるほど。
- キサブロー
-
頼まれたものをつくるから
別に突拍子もないものを
つくる必要がない仕事なの。
でも喜三郎さんは革新的な人で。
- ——
- ほう。
- キサブロー
-
結婚式でお色直しするじゃない。
たいていは、
新婦が最初ドレス着てて、
次にいったん退場して着物に着替えたりする。
でも、喜三郎さんは
歌舞伎の「引抜(ひきぬき)」
という技を使って、
一気にドレスから着物に変化させる
ものをつくっていたそうで。

- ——
-
(笑)
マジックショーみたいに
カーテンで隠して
衣装が変わってるみたいなのじゃなく‥‥
- キサブロー
- じゃなくて、その場で。
- ——
-
すごい。
それはドレスにそういうのを
施してたってことなのかな。
- キサブロー
- たぶん一体化させてつくってたんだね。
- ——
- 初代がいきなり変(笑)。
- キサブロー
-
あとは、年に一度、針供養といって、
一年間使って錆びたり曲がったりした針を
豆腐に刺して供養する催しがあるんだけど。
そのときに着る衣装も
喜三郎さんはつくっていて。
それが、歌舞伎や能や、
喜三郎さんが好きな物の要素を組み合わせた
世界観の衣装だったそうで。
そういうエピソードを聞くと、
着物ってなんでもありだなという気がしてくる。
- ——
-
なるほど。
そういう喜三郎さんの名を受け継いだんだ。
でも、別に名前を受け継ぐのが
家の決まりではないよね?
- キサブロー
- まったくない。
- ——
-
なぜ、本名ではなく
喜三郎さんの名をもらって、
キサブローにしたの?
- キサブロー
-
インパクトがあるなと。
古風で、和っぽい雰囲気も。
あと、わたしはわたしに
そんなに自信がないから。
キサブローっていう人格じゃないけど、
そういうものを決めといたほうが
動きやすいっていう。
- ——
-
はあ、それおもしろい。
キサブローであるときと、
本名のときで
ちがいがあるってこと?
- キサブロー
-
そんなにちがいはないかもしれない。
けど、わたしには「キサブロー」という
鎧がある感じで。
本名はなんか、素っ裸じゃないけど。
あんまりさらしたくない。
- ——
- へぇー。
- キサブロー
-
意外とね、鎧は大事だと思う。
キサブローはこういう軸でいきますみたいな。
- ——
- そっちの方がブレない。
- キサブロー
-
ブレないというか、楽。
自分を一歩引いて見ることができる。
キサブローじゃない部分だって
自分の中にいくらでもあるけどね。