この課題を書きながら気づいたことがある。
「あきこの好きなようにしたらいい」という言葉は
私がずっと誰か言ってもらいたかったことだった。
自分を自由にするのは自分自身だけど
誰かに後押しをしてもらいたかったんだ。
配偶者は、自分の意志で選べる家族。
私は半ば成りゆきだったけど
ちゃんと自分に必要な人を選んでいたんだな。
私の本能は割と正しい判断をするもんだ。
昔は、家族ってずっと同じように
存在するものだって思っていたけれど、
オットと出会って結婚して家族になって、
今は家族って現在進行形で変化していくもの
だって思っている。
停滞したら、家族の距離感だからこそ
ひどく傷つけあうこともある。
家族だからって必要以上に甘えない。
この人と一緒にいることは
当たり前だけど当たり前じゃない。
お互いに時間をかけて、しなやかな枝のように
柔らかくお互いを許容できる姿勢を作り上げてきた。
家族をどのように包み込むかは、その家族次第。
家族によって千差万別だ。
私たちは自分たちの周りを
できる限り薄く柔らかいもので包んで
共同体ではあるんだけど
同時に自由であることを両立しようとしている。
これが、今の私たち家族の形だ。
ちなみに我が家にはまだ子どもはいない。
きっと子どもができたら、
または年齢をもっと重ねていったら
いつかは形が変わるだろう。
でもそれは未来の話で、今ではない。
どうなるかなんて、
誰にもわからないのだから、
私は「今」に目を向ける。
これじゃなきゃだめとかはないのだから。
変わったら、またそこから多少骨を折ってでも
心地よい形を一緒につくっていければいい。
オットと猫と私、2人と1匹で川の字になって寝る。
「おはよう」「おやすみ」と言って暮らす。
「おいしいね」と言いながら同じものを食べる。
洗濯物に釘が入っていたら「もー」と言いながら怒り、
スーパーの袋に物をつめるのが極端に苦手な私に代わり
オットが淡々とそれをこなし、
夜には猫を間に挟んで、撫でながらおしゃべりをする。
そんな日常を楽しめれば今は十分。
あとはお互い変化を面白がれる関係を持続できたら最高だ。
大人になったら家族を作るのも
作らないのも自分次第。
その選択が自分にあることは
とても自由で幸せなことだ。