このことを、おおやけにするのだとしたら、
それは、自分自身の言葉でおおやけにしたいと、
ずっとずっと思っていた。
でも、打ち明ける意味があるのだろうか?
ただの独りよがりなんじゃないか。
ぐるぐるぐるぐる、考えて、
書いたり消したり、している。
この回は、エッセイの中で必要ないのではないかと、
最後まで悩んでいる‥‥。
顔の見える友人や職場の同僚に伝えるのと、
こうして、誰だか分からない人に知られるかもしれない、
そんなところで伝えるのとでは、やっぱり怖さが違う。
でも、10年以上、私が取材先の皆さんに
お願いしていたことは、まさにこうした
怖さを乗り越える、ことだったんだ。
だから、自分がここで乗り越えないと、
それもやっぱり、自分が出来ないことを
他の人に強いていたということで、不誠実な気がする。
今ここで、打ち明けようと思う。
それは、私の国籍について。
実は私は、おじいちゃんおばあちゃんが、
韓国から日本にやってきた、在日韓国人3世だ。
(正しくは、結婚を機に帰化をしたので、
国籍上は「元、在日韓国人」ということになる)
そのことを、私は長い間、おおやけにせずに生きてきた。
私自身は、日本で生まれ日本で育っていて、
日本人のような名前で日本の学校に通っていたから、
韓国の言葉も話せない。
日韓戦があれば、日本を応援したし、
食卓に、韓国料理が並ぶことがあったくらいで、
自分のことを韓国人だと思ったことは、正直ない。
じゃぁ、日本人なのか?と言われると、
それもちょっと違う気がする。
「別に大したことじゃないよ」と言ってのけられれば、
どんなにか良いだろうと思うけれど、
やっぱり、在日として生まれたということは、
私を、私たらしめる大きな要素ではある。
違いって何だろう?とか、国って何だろう?とか、
マイノリティって何だろう?とか。
色々と考えることが出来たのも、生い立ちが理由。
秘密を抱えて生きる苦しさや、
打ち明けられない孤独を感じて辛さを知ったのも、
自分がマイノリティと呼ばれる立場で、
この日本に生まれたからだと思うから。
もしも「打ち明けてはいけない」と、
親から口止めをされていなかったら、
もっと軽く、この事実と付き合えたのかもしれない。
(「打ち明けてはいけない」と言われた瞬間に、
私の中で、この事実が重く、ネガティブなものになった。)
そう思うと、
「なんで打ち明けてはいけないなんて言ったの?」と
親を責めたくもなるのだけれど、
親としては、子供がいじめられては可哀想だとか、
親なりの考えがあったのだろう。
でも、「打ち明ける」か「打ち明けない」かは
個人の選択であって、「打ち明けてはいけない」
なんてことは無いんじゃないかと思うのだ。
結局私は、こうした自分の想いを、
取材を引き受けてくれた人たちに代弁して貰いながら、
これまでずっと、世の中に投げかけていたのだと思う。
ひとりひとりの打ち明け話を、
番組という形にして世の中に出すことで
自分自身が打ち明けられずにいる苦い経験を、
一つ一つ昇華し、癒していた。
辛い経験を肯定するための伴走者だったつもりだったけれど、
私自身が、関わった皆さんから逆に、支えて貰っていた。

たぶんまた、生まれ変わっても、
最初の10年は、テレビディレクターの仕事をすると思う。
深く
深く
人と関わって、
その人の言葉を
伝えられて、
そんな仕事が出来て良かった。
本当にありがとうございました。
ここからはまた、新しい場所で、
自分らしく人と向き合って生きていきたい。
そして、誰かに代弁して貰うのではなく、
辛い経験も、苦しい想いも、
自分自身の言葉で、世の中に向けて伝えて、
同じように辛い思いをする人を減らしたい。
私自身が、誰かの希望になりたい。
それが、私が昨年の夏、ディレクターという仕事を
辞めた決断の裏にあったほんとうの想い。

「打ち明け話」が「打ち明け話」じゃなくなったとき、
本当の意味で、私たちの社会が
違いを認め合える優しいものになるのかもしれないですね。
最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
(おわり)
