燃え殻さんと糸井さんの5つの「書く」話
担当・しろくま
第4回 書いて、残すと、人生の輪郭が浮かんでくる
- 糸井
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ちょっともったいないような気がする。書こうと思っても、やっぱり書かないってのは。でも、覚えとこうと思うだけで、なんかいいですよね。
- 燃え殻
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そう、そうですね。
- 糸井
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前に話をしたときに聞いたんですが。燃え殻さん、学級新聞みたいな壁新聞を毎日作って、書いてた。
- 燃え殻
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はい。
- 糸井
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「思うだけじゃなくて、なんで書きたいんだろう」っていうのはなんなんだろうね。
- 燃え殻
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なんでしょうね。
- 糸井
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ねえ。いや、変な話「やせ蛙まけるな一茶これにあり」って俳句は、「やせ蛙」っていう見方をしたというのがまず、うれしいじゃないですか。ただの蛙を「やせ蛙」って言っただけでもう。
だから、なにかを書いてみるうれしさは、今、燃え殻さんがゴールデン街で横になって、やせ蛙を見つけたみたいなことでもあって。
- 燃え殻
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うん、そうですね。ぼくだけが見てる景色‥‥。

- 糸井
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そうそうそう。
- 燃え殻
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それを切り取れた喜びみたいな。
ぼく、今まで仕事で使った手帳21冊全部取ってるんですよ。
- 糸井
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らしいんだよね。
- 燃え殻
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はい。で、そのうちの6、7冊ぐらいはデスクに常に置いてるんです。仕事中とかちょっと時間ができたときに、安定剤代わりにそれを読み返すんです。もちろん手帳なので、まず予定が書いてある。
- 糸井
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書いてあるね、うんうん。
- 燃え殻
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ぼくはテレビの裏方の仕事を主にやってるので、納期やら打ち合わせやらが書いてあるんです。それがどうなったかっていうのももちろん書かなきゃいけないので、仕事のあれこれも書いてある。
- 糸井
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必要だからね、そこはね。
- 燃え殻
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はい、必要なんです。で、そこにもうひとつ、例えばその人のこと忘れないために、髭が特徴だったとか似顔絵が描いてあったりする。名刺をそのまま貼って、名刺に似顔絵描いて、そういう人いると思うんですけど。
- 糸井
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うん、そういう人いるよね。
- 燃え殻
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たまたまこのあいだ見たページには、箸袋が貼ってあった。きっと、このうまい天丼屋を忘れないように、と。でも実際、十何年行ってない。
- 糸井
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そのお店にまた行くかもしれないっていうのが、なんていうか、自分が生きてきた人生にちょっとレリーフされるんだよね。
- 燃え殻
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はいはいはい。
- 糸井
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で、行かなくもレリーフって残ってんだよね。
- 燃え殻
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そう、行かなくても残ってる。
- 糸井
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その感じっていうのと、燃え殻さんの文章を書くってことがすごく密接で(笑)。
- 燃え殻
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すごく近い気がして。
- 糸井
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ねえ。これは俺しか気にしないかもしれないって思うことが、みんなに頷かれたときって、「悔しい」じゃなくて「うれしい」ですよね。
- 燃え殻
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すごくうれしい。「経験してないけど、わかるよ」って。手帳の話でいくと、あとから振り返ったときに、そのときの自分の悩みも書いてあったり、「超ラッキー」なことに王冠描いてたりするんです(笑)。
- 糸井
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王冠(笑)。
- 燃え殻
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どれだけうれしいんだと(笑)。でも、今見るとうれしいことも、嫌なこともたいしたことじゃない。死ぬほど嫌だって思ってたその人と、今、それこそゴールデン街に酒飲みに行ったりするんです。悩みだったり関係性がどんどん変わっていく様が見えるから、手帳を読み返すんですよね。
- 糸井
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はぁー。
で、その思い出に自然に乗っかっちゃうのが音楽でしょう。手帳には書いてないけど、これとこれのときに、この音楽がある、みたいな。
- 燃え殻
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はいはい。
- 糸井
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書いてないけど、実は流れてますよね。音楽。
- 燃え殻
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うん、そうですね。流れてる。
- 糸井
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なんだろう、人が「思ったんだよ」ってことをどこかに刻んでおきたいっていう気持ちって、なんかとても貴重ですよね(笑)。

- 燃え殻
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そうですね。で、音楽もさらに共有できることじゃないですか。だから、小説を書いたときに、そのところどころに音楽を挟んでいったんですよ。
- 糸井
-
入れてますよね。
- 燃え殻
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で、それはそこの場面でこの音楽がかかってたらうれしいなっていうのと、この場面でこの音楽がかかってたらマヌケだなっていう、その両方の意味で音楽は必要だったんです。そうすると、読んでくれている人が共鳴してくれたり共有してくれたりとか、共感してくれるんじゃないかなって思ったんですよね。
- 糸井
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はあはあ。(うなずき)
ある種音楽って、耳をふさげないから、暴力的に流れてくるじゃないですか。
- 燃え殻
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はいはいはい。
- 糸井
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聞きたくなくても。
- 燃え殻
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そう。
- 糸井
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で、そこまで含めて思い出だみたいなことっていうのは、あとで考えるとうれしいですよね。
- 燃え殻
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そうなんですよ。
- 糸井
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なんだろうね。
- 燃え殻
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なんなんだろう。
- 糸井
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景色みたいなものだね。
- 燃え殻
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そうですね。この小説でいうと、同僚と最後別れるっていうシーンがあるんですけど、映画だったりいろいろなドラマだったら、やっぱり悲しい音楽が流れてほしいじゃないですか。
でも、そこで、AKBの新曲が流れるっていうところをぼくは入れたかったんですよ。
- 糸井
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いいミスマッチですよね。
- 燃え殻
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そう。もう俺たち会わないなっていうのはわかる。わかるけど、それは言わないままで、「おまえは生きてろ」みたいなことを言う。で、言ってるときに、AKBの新曲がのんきに流れてるって、ある、あるよなって、なんか・・・・こう(笑)。
- 糸井
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あるある。
- 燃え殻
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思いませんか。

- 糸井
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大いにある。だから、自分の主役の舞台じゃないのが世の中だっていうのを表すのに、外れた音楽を流すというのはすごく、すごくいいですね。
知らないと思うんだけど、『ただいま』って矢野顕子のアルバムがある。「ただいま」って言うために階段を駆け上がってくるときに、「テレビの相撲の音とか聞きながらね」っていう言葉があるんだけれど。ぼくはそれ、技術として書いたことをはっきり覚えてる。
- 燃え殻
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へぇー。
- 糸井
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要するに、若い男女にとってテレビの相撲の音って、自分のためのものじゃないんですよね。そのときに、男の子と別れた女の子が歌う歌の中に、そのテレビの音がよそのアパートから流れてきて、それを聞きながら「ただいま」と言うっていうシーンを書いたときに、なんで俺、相撲の音とかって書くんだろうって、書きながら思ったんですよ。
で、そのときに、ああ、自分のための世の中じゃないとこにいさせてもらってる感じにしたかったんだと(笑)。
- 燃え殻
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ああ。今、ぼくも思いました。
- 糸井
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ですよね。
- 燃え殻
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なんでAKB入れたんだろうって。
- 糸井
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燃え殻さんの小説の中にいっぱい出てくるのはそれですよね。俺のためにあるんじゃない町に紛れ込んでみたり。
- 燃え殻
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そうですね。
- 糸井
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俺のためのパーティじゃないところにいたり。
- 燃え殻
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はいはい。なんかこう、そこに所在無しみたいなとこにぼくはずっと生きてるような気が。
- 糸井
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いる場所がない(笑)。
- 燃え殻
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中華街で手相見てもらったら、未来がないって言われたんです。
- 一同
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(笑)
- 燃え殻
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ひどくないですか。お金払ってるのに(笑)。でも、じゃ、自由だなって思って。でもなんていうのかな。どこにも居場所がないっていう感じで生きてて、居場所がないっていう共通言語の人と‥‥。
- 糸井
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会いたいよね(笑)。
- 燃え殻
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そう、会いたい。いつも思う。
- 糸井
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それは、みんなあるんじゃないですか?
- 燃え殻
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みんな感じてるんですかね。みんな、でも、こう・・・・。
- 糸井
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だから、あの90年代の空気を書きたかったみたいに、自分の中で、とりあえずこの言葉で納得していこうというとこに自分を置いて。で、なんとなく、考えないことが溜まってってるんじゃないですか?それよりはこの商品を明日どう売るかとか。
- 燃え殻
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ああ、そっちのほうを。