燃え殻さんと糸井さんの5つの「書く」話
担当・しろくま

第3回 自分は「書きたいと思ったなにか」の集合体
- 糸井
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書きたい、いいなと思ったことは、すぐに書くんですか。それとも、覚えてるんですか。
- 燃え殻
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えーと、正直両方ですけど、でも、最近はすぐに書くようにしてます。描かないようにしてるというか。
あと、ものすごい恥ずかしいんですけど今回、ぼくが高校生とか中学生の頃に集めていたものの展示をさせていただいていて・・・・。小説に出てきた、横尾忠則展のチラシとか。
- 糸井
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俺、行ったよ、そこ。ラフォーレの横尾さんの展覧会。死んだ友達の絵がバーッとあったりする。
- 燃え殻
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あ、そうです、そうです。
- 糸井
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あれ、いい展覧会だったね。もう片方が夢の展示で。
- 燃え殻
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そのチラシに「横尾忠則の見る夢」みたいなタイトルが書いてあって。ぼくはそれを見に行ったんです。
- 糸井
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よかった、あれ。
- 燃え殻
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よかったですよね。で、そのとき、なんかそれを集めなきゃと思ったんです。当時のぼくは広告の専門学校に通っていて、糸井重里になりたい、会いたいと思ってた(笑)。友達との約束にも、「俺、今日資料集め行ってくるわ」とか言って、毎週神保町に通ってたんです。でも、その集めた資料っていつ発表するかわからない。
- 糸井
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ああ、なんのための資料かも。
- 燃え殻
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そう。いつか自分に役に立つ「かもしれない」資料。課題でもないし。
- 糸井
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イチローがバッティングセンターに通ってたみたいなもんだ。
- 燃え殻
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そうですか?(笑)あ、でも、そうかもしれない。
いつ役に立つかなんてわからないけど、資料をワーッと探したり、映画のチラシを集めたりしたのは、いつかこの小説を書くためだったかもしれない。・・・・ですけど、もっと言うと、そんなことのために集めてはなかった。
- 糸井
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ただ集めた。
- 燃え殻
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ただ、集めてた。
なんか持っておきたいもので、なんとなく自分にとって大切なんじゃないか、と思わせるものを。いつかどこかで、なにかになるんじゃないか、って宝くじみたいに淡い期待とか抱きながら。
叶えたい目標があって、そのために役に立つとかいうのとも違う、努力じゃない努力をしてたんですね。

- 糸井
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それはみんなするのかな、しないのかな。俺もちょっとしてたな。
- 燃え殻
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あ、してました?
- 糸井
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昔の本を捨てられない理由は大体、本という形をしてるから捨てないってのがわかりやすいんだけど。それが例えばチラシだったら捨ててたかもね、ってものをみんな持ってるんじゃないでしょうかね。
- 燃え殻
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ああ、なるほど。
- 糸井
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映画とか小説とかの影響を受けたりして。
これはマヌケだなあーと思うんだけど、例えばぼくなんかだと今見たらどう思うかわかんないような『小さな恋のメロディ』みたいな映画なんかがそうなの。かわいい女の子と男の子が小さな恋をするお話。そこで一番よく覚えてるのは、瓶に入った金魚が紐でぶら下がってるやつ。で、そういうのを売りに来る人がいてね。俺、それで瓶に金魚を飼ったね。
- 燃え殻
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それをまねて?
- 糸井
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まねて。‥‥人を軽蔑したような目で。
- 燃え殻
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軽蔑してない。軽蔑してないよ(笑)。
- 糸井
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じゃあ何(笑)。
- 燃え殻
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へぇって(笑)。いやでも、すごいわかります。
- 糸井
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そういうこと。例えば長い丈の服にしても、誰かが着てるのを見て「イイ!」と思ったとする。すると、頭の中の世界では、「長い丈の服は、うまくいくとカッコいいぞ」って考えが浮かんでくるわけですよね。
- 燃え殻
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あるある。
- 糸井
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「俺も、ダメかな?」っていう(笑)。それで売ってたのを見つけて、「着ちゃおうかな」ってことですよね。
- 燃え殻
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そうです、そうです、そうです。
- 糸井
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だから、他人がやってることとか、よその人が表現したことも、もうすでに自分の物語なんですよね。
- 燃え殻
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そうだと思います。コラージュのようにいろいろ集めていると、これは俺しか知らないんじゃないか、教えなきゃって友達に言ったりしてましたからね。
- 糸井
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ああ、いいぞ、俺はって。
- 燃え殻
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そう。そういうことのためにも集めてたのかなあ。
- 糸井
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友達にもそういうやつがいた?そういう話、聞く側になったことある?
- 燃え殻
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あんまりないかな。
- 糸井
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あ、それはもうなんか、表現者としての運命ですかね。
- 燃え殻
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いや、すごいみんないい人だったと思うんです、ぼくの周りが。
- 糸井
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聞いてくれて。
- 燃え殻
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そう。「へぇ」なんつって。
- 糸井
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ああ‥‥。聞いてもらうって、人間にとってものすごくうれしいことですよね。
クレイジーケンバンドなんか見事な歌詞だと思うんだけど。
「俺の話を聴け!2分だけでもいい」。

- 燃え殻
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いいですね、2分だけ(笑)。
- 糸井
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「貸した金の事など」って。どのくらい2分だけでもいいかっていうことの正体というか、天秤はかりが「貸した金」ですから。貸した金のことなんかもういいから、俺の話を聴けって(笑)。
・・・・あらためて、あの歌すごいな。でも、よく考えると、ブルースミュージシャンが歌ってるのはそういうことだよ。俺んちの嫁がまた俺をろくでなしって言いやがったみたいな。あれも「俺の話を聴け」で。
- 燃え殻
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ものすごいコアな話なんだけど、でも、聞いてるほうとしては心地いいのかな。
- 糸井
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聞いてるほうも、きっと、ちょっとそう(笑)。
- 燃え殻
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ちょっと自分ともシンクロする部分というのを見つけちゃう。
- 糸井
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うん。で、多分ブルースが生まれた場所での黒人たちなんて生活が大体似たようなものだから。お楽しみも含めて、こんなことやあんなことを歌詞にしたら、「そうそうそうそう」って共感する。
- 燃え殻
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俺のことを歌ってるんだって。
- 糸井
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うん。だから、俺も今、ブルースミュージシャンがやってきたことを繰り返してるのかな、と思いますね。燃え殻さんの小説も、けっこうそうですよね。
- 燃え殻
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ああ、そうかもしれない。
- 糸井
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ぼくが小説の帯タイトルで「ずっと長いリズム&ブルースが流れているような気がする」と言ったのは、そんな気持ちなんです。
リズム&ブルースといったときに、今の若い人はリズムが強調された曲調で捉えるけど、ぼくはオーティス・レディングみたいなシンガーが前に出てくる歌の時代の人なの。
だから、小説を読んでる時、「ドック・オブ・ザ・ベイ」の歌詞みたいに、「サンフランシスコ湾を見てるとさ、船が来る」・・・・ああいうのを読んでる気がしたの。
この曲は若い時、大好きでね。ずっと聞いてられないかなと思ったことがあって。
- 燃え殻
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ああ、すげえわかる。
- 糸井
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で、ジュークボックスというのがあってさ。
- 燃え殻
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はい、わかります(笑)。

- 糸井
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お金を入れると、中でレコードがあれこれなってかかるんです。
で、若い頃、ぼくがスナックでバイトしてたときにそれがあった。ベースを強調したボンボンって音がすごくするスピーカーから、音楽がお店中に鳴り響いてたの。お客が自分のお金でお店のバックグラウンドミュージックをかけてくれるっていう仕組み。
- 燃え殻
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初耳ですよ(笑)。
- 糸井
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いや、さんざん言ってますよ。で、そのジュークボックスで誰かが「ドック・オブ・ザ・ベイ」をかけてくれるとうれしいんです。自分のお金じゃなくて。
- 燃え殻
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ああ、わかる。
- 糸井
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その曲が流れ始めると、いいよなあって思いながらピザ運んだりしてたわけ。歌詞をちょっと知ってる程度だけど、ずっと聞いていたかった。
だから、「ずっと終わらないリズム&ブルースを聞いてるみたいだ」っていう、帯のコメントは、ものすごく若い自分がこの小説をものすごく褒めてるつもりなの。
- 燃え殻
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いやー、すごくうれしかったです。
- 糸井
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勝手に言うとね(笑)。自分にとってのそういう歌があってさ。で、誰か歌ってくれてて・・・・っていうつもりだったんだよっていう。今になって種明かしみたいになるんだけど、でも、ちょっとわかるじゃないですか。
- 燃え殻
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すごいわかります。