糸井

じゃあ、いいなと思ってスケッチするみたいに
覚えてるものを、すぐに書くんですか。
それとも、覚えてるんですか。

燃え殻

両方です。けれど、最近はすぐに書くようにしてます。
でも、描かないようにしてるというか。
中学生や高校生の頃に
「これはいいな」って思ったものを集めて
冊子のようにまとめていたんです。
それを今日、展示させていただいていて。
ものすごい恥ずかしいんですが（笑）
小説に出てきた横尾忠則展のチラシとかもあります。

糸井

あれ、いい展覧会だったね。

燃え殻

よかったですよね。
なんかそのとき、それを集めなきゃと思ったんです。
だから神保町の古雑誌屋とかによく行って。
広告の専門学校に通ってたから、
糸井重里になりたいと思って（笑）
いろんな人のキャッチコピーを切って
それをファイルしたりとか。
その行為を自分で「資料集め」と呼んでいて。
友達に「俺、今日資料集めに行ってくるわ」って
言って、毎週のように行ってたんです。
でも、その資料っていつ発表するかわからない。

糸井

ああ、何の資料かわかんない。

燃え殻

いつか自分に役に立つであろう資料。
別に課題でもないし。

糸井

うんうん。

燃え殻

いつ役に立つかなんてわからないけど、
これを集めとかないとって思って。
そういう資料をワーッと集めたりとか、
映画のチラシ集めたりとか、
それを展示していただいてるんです。
もしかして今日や小説のために
集めてたのかもしれないですけど（笑）。
でも、そんなことのために集めてなかった。

糸井

ただ集めた。

燃え殻

はい。それは自分として、これはなんか持っておきたい、
自分として大切なんじゃないか。
どこかで、いつか何かになるんじゃないかって
淡い、淡い宝くじみたいのように思いながらやっていて。
すぐに役に立ったり、こうなりたいっていう努力じゃない
努力をすごいしてたんですね。

糸井

それは、みんなするのかな？
俺もちょっとしてたな。

燃え殻

あ、してました？

糸井

うん。大体、古い本を捨てられないっていうのは
本という形をしてるから捨てない理由がわかりやすい。
だけど、チラシだったら「捨ててたかもね。」というものを
みんな持ってるんじゃないでしょうかね。

燃え殻

ああ、なるほど。

糸井

映画や小説に影響を受けたりして・・・・。
例えば、マヌケだなと思うんだけど、
今見たらどう思うかわかんないような
『小さな恋のメロディ』みたいな映画があってさ。
かわいい女の子と男の子が小さな恋をする。
そこで一番よく覚えてるのは、
金魚の入った瓶が紐でぶら下がってるんです。
そういうのを売りに来る人がいるんです。
それ観て、ぼくは瓶に金魚を飼ったね。

燃え殻

それを真似て？

糸井

真似て。あ、そうやって軽蔑したような目で‥‥。

燃え殻

軽蔑してないよ（笑）。

糸井

じゃあ、なに？（笑）。

燃え殻

へぇって（笑）。でも、すごいわかります。

糸井

だから、他人がやってることとか、
よその人が表現したことも
もうすでに自分の物語なんですよね。

燃え殻

そうだと思います。だから、コラージュのように
いろいろなものを集める。
自分が考えたことと言ったら失礼だけど、
「俺しか知らないんじゃないか、教えなきゃ！」みたいな。
友達に言ったりしてましたからね。

糸井

ああ、「いいぞ、あれ。」って。

燃え殻

そう。そういうために集めてたのかなあ。

糸井

それ、友達にもそういうやつがいた？　
そういう話、聞く側になったことある？

燃え殻

あんまりないかな。

糸井

あんまりない？　自分が言う側だったんですか。

燃え殻

そうですね。

糸井

あ、それはもう、表現者としての運命ですかね。

燃え殻

いや。周りの人たちがすごく良い人だったと思うんです。

糸井

聞いてくれて。

燃え殻

そう。「へぇ」なんつって。

糸井

ああ‥‥。聞いてもらうって、
人間にとって、ものすごくうれしいことですよね。

燃え殻

そう。すごいドーパミンになりますよね。

糸井

ねえ。
見事だなって思うんだけど、
クレイジーケンバンドの「タイガー&ドラゴン」に
「俺の話を聴け！　２分だけでもいい」
「貸した金の事など どうでもいいから」
っていう歌詞があって。

燃え殻

いいですね、２分だけ（笑）。

糸井

どのくらい２分だけでもいいかっていうことの
天秤係が「貸した金」ですから。
貸した金のことなんかもういいから、
俺の話を聴けって（笑）。

燃え殻

ああ、うんうん。

糸井

あの歌、すごいなって。
でも、よく考えると、ブルースミュージシャンが
歌ってるのはそういうことなんだよね。
嫁がまた俺に「ろくでなし」って言いやがったみたいな。
あれも「俺の話を聴け！」なわけで。

燃え殻

すごいコアな話なんだけど、
聞いてるほうとしては心地いいのかな。

糸井

聞いてるほうも、ちょっと心地いいんじゃない（笑）。

燃え殻

自分ともシンクロする部分を少し、見つけちゃう。

糸井

うん。多分ブルースが生まれた場所の黒人たちは
生活が大体、似たようなものだから。
お楽しみもこんなことやあんなことって言ったら、
「そうそうそうそう」って。

燃え殻

俺のことを歌ってるんだって。

糸井

うん。だから、ブルースミュージシャンがやってきたことを
俺も今繰り返してるのかな、というのは思いますね。
燃え殻さんの小説もそうですよね。

燃え殻

ああ、そうかもしれない。

糸井

ぼく、燃え殻さんの本の帯に
「リズム＆ブルースのとても長い曲を
聴いているみたいだ。」
って書いたのは、そんな気持ちなんです。
リズム＆ブルースといったときに、今の若い人は
もっとリズムが強調された曲を思い浮かべるけど、
ぼくは歌の時代だったので。オーティス・レディングの
「ドック・オブ・ベイ」みたいな。

燃え殻

はいはいはい。

糸井

ああやって、見てるとさ、船が来てさ、みたいな。
そういうのを読んでるみたいな気がしたの。
燃え殻さんの本って。

燃え殻

うん。

糸井

その「ドック・オブ・ベイ」が
僕は若い時、大好きで。
ずっと聞いていたいなと思ったことがあって。

燃え殻

ああ、すげえわかる。

糸井

ジュークボックスというのがあってさ。

燃え殻

はい、わかります（笑）。

糸井

ジュークボックスって知らない人いますから。一応。
お金を入れると、自動販売機みたいな箱のなかにある
レコードがかかるんです。ベースを強調したボンボンって
音がすごくする大きなスピーカーがついていて。
お店のバックグラウンドミュージックを
お客が自分のお金でかけてくれるっていう仕組み。
ぼくがバイトしてたスナックにそれがあって。
そのジュークボックスで誰かが
「ドック・オブ・ベイ」をかけてくれるとうれしいんです。

燃え殻

ああ、なるほど。

糸井

自分のお金じゃなくて。

燃え殻

ああ、わかる！

糸井

それが流れると、その歌詞のことを
ちょっと知ってる程度だけど、「いいよなあ！」って
思いながらピザ運んだりしてたわけ。
そのとき、ずっと聞いていたいって気持ちがあったので。
だから、
「ずっと終わらないリズム＆ブルースを
聞いてるみたいだ」
って書いたのは、ぼくにとって、若い自分が
この小説をものすごく褒めてるつもりなの。

燃え殻

いやー、すごくうれしかったです。

糸井

勝手に言うとね（笑）。

燃え殻

ぼくは「小説はあまり読まれないよ、売れないよ。」
っていう前提でやらなきゃいけなくて。
さらに無名だから、もう二重苦で。
そこで内容自体というものを、
売れてる小説家さんのものを読んでも、
これはぼくには参考にならない。
難し過ぎるし、大変だから。

糸井

ほうほう。

燃え殻

だから皆さんがスマホでユーチューブやまとめサイトを
見るために使っている時間をどうにか小説のほうに
引きずり込みたいなっていうのがあったんですね。

糸井

うん。

燃え殻

その１つはやっぱり「言葉」っていう部分で、
できる限り、しおりを使わずに
すべてサーッと読める言葉と
やっぱり少し自分を突き放してサービスしたいっていう‥‥

糸井

サービスしたい、うん。

燃え殻

という気持ちでじゃないと乗ってくれないだろうなって。
読んでるときのリズム感みたいなものが、
文章ってすごくあると思っていて。
リズム感のためならば、
書いてあることを変えてもいいとぼくは思ったんです。
これは小説家の方からしたら、
「何言ってんの？　おまえ」って
話になるかもしれないですけど。
この台詞はこのリズムだとよくないから変えようって。

糸井

うんうん。

燃え殻

そうするとスッと読める。そっちのほうを選んだんです。
一気読みできるようなものにしたいと思って。
どちらかといえば、ユーチューブで聞いてる音楽と
この小説が異種格闘技戦をしなければ、
多分、みんなが読んでくれないという気持ちが
僕にはありました。

糸井

でも、それは当たり前なんじゃない？
それがまた楽しかったわけでしょ？

燃え殻

楽しかったですね。

糸井

だから、こういうことを書きたいんだよなって
思ったことを書いてるんだけど、それに陰影をつけたり、
ちょっと補助線を引いたり、一部消したりっていうのは
それこそ音楽を作る人が「あ、こうじゃないな」と思って
メロディを変えるのと同じだから。
「いいんじゃないの？」って思う。

燃え殻

ああ・・・・。

糸井

これまでの資料集めをしていた時代、
自分しか読まないものを書いてた時代と
分けたのはそこなんじゃないでしょうかね。

燃え殻

ああ、そうですね。

（つづきます。）