- 糸井
-
例えば、「やせ蛙まけるな一茶これにあり」。
これは俳句っていう短い形式だけど、
「やせ蛙」っていう見方をしたっていうのが
まずうれしいじゃないですか。
- 燃え殻
- うん。
- 糸井
-
ただ蛙だったところに、「やせ蛙」って言っただけで
もう「あ、いいな」って。
ちょっとこう、「やせ蛙だな。」みたいな(笑)。
そこに、なぜだか知らないけれど、
「負けるな」って気持ちが乗っかる。
それを自分に言ってるんだか、
蛙に言ってるんだかもわからない。
- 燃え殻
- はい。
- 糸井
-
やせた蛙を見たっていうのを形にできると
うれしくなるみたいな。
- 燃え殻
- はいはいはい。
- 糸井
-
だから、何かを書いてみる嬉しさっていうのと、
今、燃え殻さんがゴールデン街の居酒屋で横になって、
やせ蛙を見つけたみたいな(笑)。
- 燃え殻
-
うん、そうですね。
ぼくだけが見てる景色を切り取れた喜びみたいな。
- 糸井
- そうそうそう。

- 燃え殻
-
それでいうと、
僕は仕事で使う21冊の手帳を
全部取ってるんですよ。
- 糸井
- そうらしいね。
- 燃え殻
-
はい。デスクに21冊全部置いとくのは邪魔なので
6冊、7冊ぐらいを
デスクの引き出しの中に入れてるんですよ。
終わっちゃった手帳なんで、
いつの手帳かっていうのはもうランダムで。
それを読み返すっていうのが仕事中とか
ちょっと時間ができたときに
自分の安定剤のように手帳を使っているんですね。
当たり前ですが、その手帳には予定が書いてあります。
- 糸井
- 書いてあるね、うんうん。
- 燃え殻
-
ぼくは今、テレビの裏方の仕事を主にやってるので
ここに納期があって、次の仕事の納期はこれだけあって、
この日は打ち合わせがあるっていうのが書いてあるんです。
その予定がどうなったかも、もちろん書いてある。
- 糸井
- 必要だからね、そこはね。
- 燃え殻
-
はい。そこに、もうひとつ書いてることがあって。
初めて会った人の特徴や
似顔絵が描いてあったりするんです。
次に会った時、困らないように。
あと名刺をそのまま貼って、似顔絵を描いていたり。
そういう人いると思うんですけど。
- 糸井
- うん、そういう人いるよね。

- 燃え殻
-
あと、ある日はたまたま食った天丼がうまかった。
その店の名前を忘れるなって思って
その天丼屋の箸袋が貼ってあったりとか。
結局、十何年行ってないんですけど。
でも、天丼のシミとか付いてて。
- 糸井
-
行くかもしれないっていうのが、
自分が生きてきた人生に
ちょっとレリーフされるんだよね。
- 燃え殻
- はいはいはい。
- 糸井
- 行かなくもレリーフとして、残ってんだよね。
- 燃え殻
- そう、行かなくても残ってる。
- 糸井
-
その感じと燃え殻さんの文章を書くっていうことが
すごく密接で(笑)。
- 燃え殻
- すごく近い気がする。
- 糸井
-
ねえ。
これは俺しか思わないかもしれないって思うことが
みんなに頷かれた時って、
「悔しい」じゃなくて「うれしい」ですよね。
- 燃え殻
- すごくうれしい。
- 糸井
-
さっきのゴールデン街で酒飲んで、そのまま寝ちゃって
起きたときのお天気の話でも
同じことを経験してないけど、
頷ける人はけっこういると思うんです。
それを発見したのは「俺」なんです、明らかに。
だけど、それが同時に通じるっていう。
- 燃え殻
-
そうですね。「経験してないけど、わかるよ」
っていうところがうれしい。
- 糸井
- うん、うれしい。
- 燃え殻
-
あと、手帳の話でいうと、そのときの自分の悩みや
嬉しかったことも書いてあったりとか。
- 糸井
- ああ・・・、書いてある(笑)。
- 燃え殻
-
悩みだったり関係性がどんどん変わっていく様が
見えるから、手帳を読み返すんですよね。

- 糸井
-
はぁー。その手帳に書いてあることの中に、
書いてないけど、自然に乗っかっちゃうのが音楽でしょう。
これとこれのときに、この音楽みたいな。
- 燃え殻
- はいはい。
- 糸井
- それは書いてないけど、実は流れてますよね。
- 燃え殻
- うんうん、そうですね。流れてる。
- 糸井
-
どこかに流れてますよね。
人が「思ったんだ」ってことを刻んでおきたいって
とても貴重ですよね(笑)。
- 燃え殻
-
そうですね。
音楽もさらに共有できることじゃないですか。
だから、小説を書いたときに、
そのところどころに音楽を挟んでいったんですよ。
- 糸井
- 入れてますよね。
- 燃え殻
-
それは、自分自身がそこでこの音楽がかかってたら
うれしいなっていうのと、
ここでこの音楽がかかってたらマヌケだなっていう。
その両方で音楽は必要だった。
- 糸井
- うんうん。
- 燃え殻
-
そうすると、読んでくれている人が
共鳴してくれたり、共有してくれたりとか、
共感してくれるんじゃないかなって思ったんですよね。
- 糸井
-
耳ってふさげないから、ある種、音楽って
暴力的に流れてくるじゃないですか。
- 燃え殻
- はいはいはい。
- 糸井
- 聞きたくなくても。
- 燃え殻
- そう。
- 糸井
-
でも、そこまで含めて思い出だ、みたいなことって
あとで考えると嬉しいですよね。
- 燃え殻
- そうなんですよ。
- 糸井
- なんだろうね。
- 燃え殻
- なんだろう。
- 糸井
- 景色みたいなものだね。
- 燃え殻
-
そうですね。景色に一つ重ねていって
共感度とか深度が深まるような気がして。
この小説でいうと、同僚と最後に別れるっていう
シーンがあるんですけど、
映画や色々なドラマだったら、
やっぱり悲しい音楽が流れてほしいじゃないですか。
- 糸井
- ああ。
- 燃え殻
-
そこでAKBの新曲が流れるっていうところを
ぼくは入れたかったんですよ。
- 糸井
- いいミスマッチですよね。
- 燃え殻
-
そう。もう俺たち会わないなっていうのはわかる。
わかるけど、それは言わないで、
「おまえは生きてろ」みたいなことを言う。
それを言ってる時、AKBの新曲がのんきに流れてるという。
ある、あるよなって、なんかこう(笑)‥‥。
- 糸井
- あるある。

- 燃え殻
- そう思いますよね?
- 糸井
-
おおいにある。
だから、「自分が主役の舞台じゃないのが世の中だ。」
っていうのを表すのに外れた音楽を流すというのは
すごく、すごくいいですね。
ぼくはそれ、技術として書いたことが
はっきり覚えてることがある。
知らないと思うんだけど、
『ただいま』という矢野顕子のアルバムがあって、
「ただいま」って言うために階段を駆け上がってくるときに
「テレビの相撲の音とか聞きながらね」って、歌詞がある。
- 燃え殻
- へぇー。
- 糸井
-
テレビの相撲の音って、
自分のためのものじゃないんですよね。
若い男女にとって。
男の子と別れた女の子が歌う歌の中に
昔だったら、テレビの相撲の音とかが
よそのアパートから流れてくるという。
- 燃え殻
- あー。
- 糸井
-
それを聞きながら「ただいま」と言うシーンを書いたときに
なんで俺、相撲の音とかって書くんだろうって
書きながら思ったんですよ(笑)。
そのときに「ああ、自分のための世の中じゃないとこに
いさせてもらってる感じだな」って(笑)
- 燃え殻
- ああ、今思いました。
- 糸井
- ですよね(笑)。
- 燃え殻
- はい。なんでAKB入れたんだろうって。
- 糸井
-
燃え殻さんの小説の中に
いっぱい出てくるのはそれですよね。
俺のためにあるんじゃない町に紛れ込んでみたり(笑)。
俺のためのパーティじゃないところにいたり(笑)。
- 燃え殻
-
そうですね。
所在無しみたいなところに
ずっと生きてるような気がして。
- 糸井
- いる場所がない(笑)。
- 燃え殻
-
中華街で手相を見てもらった時、
「未来がない。」って言われたんです(笑)。
- 観客
- (笑)。
- 燃え殻
-
ひどくないですか?(笑)。
お金払ってるのに(笑)。
でも、だったら自由だなと思って。
- 糸井
- うんうん。
- 燃え殻
-
とはいえ、そこに所在がない感じのまま、
生きてる感じはずっとある。
だから、
どこにも居場所がないっていう感じで生きてて、
居場所がないっていう共通言語の人と‥‥。
- 糸井
- 会いたいよね(笑)。
- 燃え殻
- そう、会いたい。
- 糸井
-
それは、みんな感じてるんじゃないですか?
さっきの「あの90年代の空気を書きたかった。」みたいな。
自分の中で、「とりあえずこの言葉で納得しておこう。」
というところに自分を置く。
- 燃え殻
- うん。
- 糸井
-
そこは今日は考えないことにしようと思って、
考えないことが溜まってってるんじゃないですか?
それよりは忙しいことが結構あるから。
- 燃え殻
- ああ。
- 糸井
- これをやらないと怒られるよってことを先にしますからね。
(つづきます。)