もくじ
第1回いつかサウナと水風呂で『ニルヴァーナ』を感じたい 2017-12-05-Tue
第2回ニルヴァーナを知る30歳の私から、 知らない29歳のわたしへ 2017-12-05-Tue
第3回ニルヴァーナを知る私から、 知らないあなたへ 2017-12-05-Tue

川崎生まれ、東京とニュージャージー育ち。会社員とフリーランスを毎日いったりきたりしながら、PRと企画と編集とライティングのおしごとをしています。

サウナと水風呂に入れなかった、</br>29歳のわたしへ。

サウナと水風呂に入れなかった、
29歳のわたしへ。

担当・大原絵理香

2016年11月。ちょうど一年前。
わたしは「いつかサウナと水風呂で『ニルヴァーナ』を感じたい」というエッセイを書いた。

『ニルヴァーナ』というのは、サウナと水風呂を繰り返し入り続けることで、ニルヴァーナ=悟りを開くことが出来るという、サウナが大好きな人たちのあいだでのあるあるネタのひとつ。

当時、この『ニルヴァーナ』を感じたくて、わたしはのように毎週スーパー銭湯に通っていた。しかし、何度通ってもサウナも水風呂も上手く入れず、『ニルヴァーナ』を感じることが出来ない日々が続いていた。今から思うと馬鹿らしいが、当時は結構悩んでいたし、『ニルヴァーナ』を感じられないことに劣等感も抱いていた。

しかし、悩み、トライ&エラーを繰り返し、今のわたしは無事に『ニルヴァーナ』を感じることが出来ている。

いつ、どうやって私は苦手なサウナと水風呂を克服したのか。
一年前の自分へのアンサーとともに、綴ります。

第1回 いつかサウナと水風呂で『ニルヴァーナ』を感じたい

まずは、2016年11月に書いたエッセイ「いつかサウナと水風呂で『ニルヴァーナ』を感じたい」をご紹介します。

———

『サ道』というものがある。『サ道』とは『サウナ道』の略で、サウナが大好きすぎて、スキマ時間が出来るとすぐにサウナに行ってしまうような、サウナ中毒者の道のことだ。

その『サ道』の人たちが、口をそろえて言うのが、「サウナと水呂でニルヴァーナを感じることができる」ということ。『ニルヴァーナ』というのは、いわゆる悟りを開くことで、サウナと水風呂を繰り返し入り続けると、誰でも『ニルヴァーナ』を感じることが出来るというのだ。

ただ繰り返し入るのではなく、80度以上のサウナに13分間入った後に水風呂に入り、そのあと屋外の風にあたってゆっくり休むまでがワンセット。これを繰り返していれば、突然『ニルヴァーナ』を感じる瞬間があるらしい。

また、不思議なもので、一度『ニルヴァーナ』を感じることができれば、その後はその日の1セット目であっても感じることができるし、なんだったら自分で感じる瞬間をコントロールすることもできるらしいのだ。

『ニルヴァーナ』の感覚や強さは人それぞれで、「心と身体が整いストレスが全て無くなる」という人から、「昔渋谷で試した合法麻薬で飛んだときと同じ感覚」という人までいる。一度も『ニルヴァーナ』を感じたことのないわたしからすると、なんのこっちゃ、という感じだが、多くの人が同じ意見であり、どんどん『サ道』にハマっていく様子を見ると、ぜひ一度体験したい感覚である。

わたしは、毎週日曜日は『スーパー銭湯の日』と決めていて、その日は近くのスーパー銭湯に昼過ぎから行き、お風呂に入り、仕事をして、夕飯を食べるのを習慣としている。途中もし仕事に煮詰まったとしても、お風呂に入れば気分転換になるし、仕事が終われば休憩室でマンガも読み放題。ちょっと変わったノマドスタイルだが、とても気に入っているのだ。

そんなサウナとかなり近いところで生活しているわたしだが、サウナと水風呂は今までは敬遠していた。理由は簡単で、サウナは熱いし、水風呂は冷たいから。秋生まれで、夏の暑さと冬の寒さの狭間の、一年で(恐らく)最も良い季節に生まれたわたしにとっては、わざわざ熱いところで汗を流しながら我慢する意味も、わざわざ冷たいところでブルブル震えながら我慢する意味も、全く理解が出来ない。とは言え、この『サ道』の人に『ニルヴァーナ』の話を聞いたあとは、さすがのわたしも挑戦せずにはいられなかった。

意を決し、ある『スーパー銭湯の日』に実行に移した。サウナに入る。熱い。とてもじゃないが、13分なんて入っていられる自信がない。そもそも、サウナにある時計の見方もよくわからない。秒針が通常の時計より早いことは分かるが、どうやって時間をはかっているかは不明である。テレビを見て気を紛らわせようともしたが、あいにく興味のないサスペンスドラマをやっている。というか、そもそもそんなに長時間中にいる人がいないサウナに、サスペンスドラマは不釣り合いじゃないか。もし仮に犯人が気になってサウナに入り続ける人が出て来たら、その人が死体となり、新たなサスペンスドラマがはじまってしまいそうである。何分たったか分からないまま、CMのタイミングで外に出る。水風呂に入る。冷たい。膝まで入るのが精いっぱいである。頑張って全身入ろうとするが、太ももから先はどうしてもいけない。わたしの中の何かが全身全霊で拒否をしている。これに入ったら死ぬぞ、ということを本能で感じ取っているのだ。せめて、と前屈する姿勢で腕をつけてみる。手足だと普段露出されている部位なので、気温の変化には柔軟である。確かに気持ちが良い。再度全身の入水を試してみるが、やはり本能が邪魔をして、入れなかった。諦めて、前屈の姿勢で入り続けることにした。しかし水流が強く、上手くバランスが取れずどうしてもプルプルしてしまう。生まれたての小鹿のような格好は、まわりの人から見るとだいぶ滑稽だろう。でもこれが、『ニルヴァーナ』の近道なのだから、気にしていられない。

その後もサスペンスドラマを見て、小鹿になり、を何度か繰り返してみたけれど、結局その日は『ニルヴァーナ』を感じることは出来なかった。やはりズルをしている人には、ガウタマ・シッダールタは微笑んでくれないのだろうか。

改めて『サ道』の人に話を聞いたところ、始めのころは、特に水風呂はかなり辛く、修行のようだったと言われた。誰でも最初は無理やり入ることを続けることで、どこかのタイミングで辛くなくなる日が来て、そこからようやく『ニルヴァーナ』探しがはじまるようだ。それからわたしは、毎週修行を続けている。

いま29歳。いつか『ニルヴァーナ』を感じることは出来るのだろうか。

第2回 ニルヴァーナを知る30歳の私から、 知らない29歳のわたしへ