もくじ
第1回月岡芳年との出会い 2017-11-07-Tue
第2回月日が経っても変わらないもの 2017-11-07-Tue
第3回優しい時間が流れる 2017-11-07-Tue

空の青にも海の青にも染まらず漂っています。
好奇心のおもむくままに、
食べること、音に触れること、美しいものを見ることがすき。
「書く」こと「編集」すること「気持ちを届ける」ことに
ていねいに向き合いたいです。

わたしの好きなもの</br>『月百姿』

わたしの好きなもの
『月百姿』

担当・さとえり

第3回 優しい時間が流れる

いつからか美術館の企画展に行くときは、
下調べをせず、なるべく足を止めずに一通り見た後、
気になった作品をじっくりと観るようになりました。
そうすることで、
その時の自分の心に引っかかるものを、
素直に受けとることができると思ったからです。

私はなぜ、『月百姿』に惹かれたのか。
何冊かの書籍も読みながらあらためて考えてみました。

月岡芳年は、江戸から明治に活躍した
「最後の浮世絵師」です。

私たちがこうしている今も、とてつもない速さで
世の中の雰囲気や価値観が
変わっているのかもしれませんが、
芳年が生きていたころは、
時代の変化にたいしての衝撃も、抵抗も、
もっと、もっと、すさまじかったはず。

その中でも芳年は、
時代の流れにのっているように見えました。
浮世絵をなりわいにしていても、
筆を折ってしまった画家もいたのでしょうが、
彼は新聞社に入社し、挿絵も書くようになります。

時代の流れを読む力やたくましさが
今でも古びていないというところが、
そもそも月岡芳年に惹かれた理由だったのだと思います。

また、『月百姿』には、血の描写がありません。

月岡芳年は「無残絵」でも有名です。
その名の通り、画面が赤く染まっている
思わず目をそむけたくなるような作品がいくつもあります。
世の中のくさくさしたムードや、
どこか刺激的なものが求められた時代に
応えていたのかもしれません。

そんなものを作ってきたと感じられないほど、
『月百姿』には、すっきりとした美しさがありました。
おどろおどろしい雰囲気は、感じられませんでした。

芳年は晩年、トラブルを抱え、
神経衰弱にも悩まされていたようです。
遺作でこそありませんが、
芳年は『月百姿』が完成した年に亡くなりました。

それでも、人生が終わりに近づいたころの作品に
描かれている世界が優しいのだから、
きっと、この作品に集中しているときには、
優しい時間が流れていたのではないか、と思います。

100年以上経っても変わらない、
描かれている人も、
作品を観る人のことも優しく照らして
包み込んでくれるような、月の物語。

この作品を見ていると、
幸せな気持ちを拾うことができる、
そこも「好き」の理由である気がしています。

最後になりますが、『月百姿』の中で
いまの私が一番好きなものは、
誰かを思って見上げる月でも、
誇りをかけて過ごす夜でも、
今生の別れを悲しむでもない、
現実にはあるはずもない戦いのシーン。


月岡芳年『月百姿 玉兔 孫悟空』

「西遊記」を題材にした浮世絵です。
いまにも画面の外に抜け出しそうな孫悟空。
なんだか、見得を切っているようにも見えるのです。
悪役であるはずのウサギも可愛らしく、
真ん中でぴしりと光る如意棒。
その後ろに大きく構える月。

見ているだけで気持ちが引き締まって
明るい気持ちになってきます。

ほんのりと薄暗く、人の多い美術館の中で
この絵の前でだけは、少し長い時間立ち止まって
思わず口元をゆるませながら見てしまいました。

月岡芳年、そして、彼の作品には
おおぜいのファンの方がいらっしゃると思います。
まだまだ、知識が足りないところがあるかもしれませんが、
少しでも好きな気持ちが伝わるのならば嬉しいなと考えながら
書かせていただきました。
読んで頂いて、ありがとうございました。

(おわります)



作品の画像は、国立国会図書館ウェブサイトから転載しています。

【参考図書】
・『月岡芳年の世界』悳俊彦(編著)・東京書籍(1993)
・『月岡芳年 幕末・明治を生きた奇才浮世絵師(別冊太陽)』
  岩切友里子(監修)・平凡社(2012)
・『芳年: 平凡社創業100周年記念出版』岩切友里子(監修)・平凡社(2014)
・『月岡芳年 月百姿』日野原 健司 (著), 太田記念美術館 (監修)・青幻社(2017)