もくじ
第1回月岡芳年との出会い 2017-11-07-Tue
第2回月日が経っても変わらないもの 2017-11-07-Tue
第3回優しい時間が流れる 2017-11-07-Tue

空の青にも海の青にも染まらず漂っています。
好奇心のおもむくままに、
食べること、音に触れること、美しいものを見ることがすき。
「書く」こと「編集」すること「気持ちを届ける」ことに
ていねいに向き合いたいです。

わたしの好きなもの</br>『月百姿』

わたしの好きなもの
『月百姿』

担当・さとえり

第2回 月日が経っても変わらないもの

月岡芳年の『月百姿』を見たのも、
じりじりと肌が焼けていきそうな、よく晴れた夏日でした。

混雑しているものの、
会場に入ったときの雰囲気は、
なんだか柔らかく感じられました。

『月百姿』は、月をモチーフにして作られた大作。

前回の『妖怪百物語』に比べると、
落ち着いた色合いの、シンプルなものが多く、
身構えずに観ることが出来ました。

物語や、詩歌、謡曲などを題材としており、
その一場面が切り取られています。

亡くなった夫を想い手紙を読む女や、
真夜中の戦を鼓舞する男。
お酒を楽しみながら、夕涼みをする夫婦に、
自分の姿を池に映す狐・・・

どれも、目の前にあるものは芳年が描いた幻想。
けれども、その作品から見えてくる、
さりげない喜び、静かな怒り、
どうしようもない哀しみや、あっけらかんとした陽気さ。
浮世絵1枚ごとに映し出される感情は、
帰宅が遅くなった夜、月を見ながら歩いている
今の私にも分かるもの。

歴史に残るような戦が行われる夜も、
変わらない日常生活が続く夜も、
同じ夜。
遠い昔の浮世絵と、今ここにいる自分、
どちらにも月が寄り添っているのです。

この作品が世に出たのは、
明治に入って20年が経ったころですが、
題材として描かれているのは江戸時代までだそうです。

芳年は過ぎ去ってしまった時代のことを思い出しながら
この絵に向き合っていたことでしょう。
もしかすると、月の光のもとで
作品が作られることもあったのかもしれません。

何百年も、何千年も前から
みんな同じように月を見ていたんだ。

たったそれだけのことですけれども、
とても嬉しく感じられました。

100枚の浮世絵に描かれた
100通りの夜を通して、
もうずっと前から繰り返されている、
当たり前のことがすとん、と心に落ちていき、
肩の力が、ふっと抜けました。

自分にとっての一大事でも
長い長い歴史の中ではほんの一瞬のこと。
どんな夜を過ごしたとしても、
それもまた、
あるひとつの夜の過ごし方にすぎないんだ、
と思ったのです。

『月百姿』は、私にとってとても大切な作品になりました。

私にとって印象深かったのは、
ごくごく普通の町民が踊りを楽しむ姿や、
江戸の大火事に立ち向かう人の姿。


月岡芳年「つき百姿 盆の月」


月岡芳年「月百姿 烟中月」

名前も知らない人たちにも、
スポットライトが当たっています。
芳年がどんなふうに世の中を見ていたかが
描かれているような気がしたからです。

(つづきます)



作品の画像は、国立国会図書館ウェブサイトから転載しています。

第3回 優しい時間が流れる