- 糸井
-
「プロって弱みなんですよ」っていうのは肯定的にも言えるし、否定的にも言える。ただ、「何でもない人として生まれて死んだ」っていうのが人間として一番尊いことかどうかっていう価値観は、ぼくの中でどんどん強固になっていきますね。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
今田中さんは、生きていく手段として問われていることがものすごくある時期ですよね。
みんな興味あるのは、「何やって食っていくんですか?」、「どうやって自分の気持ちを維持するんですか?」
- 田中
- そうですね。今まで担保されてたものがなくなったので、みんなが質問するし、ぼくも時々、どうやって生きていこう?ってこと考えるし。その、ぼくからの質問なんですけれども、糸井さんが、40代の時に、広告の仕事を一段落つけようと思った時に、やっぱりそういうことに直面されたと?
- 糸井
- まさしくそうです。言えないようなことも含めて、冒険ですよ。
- 田中
- 今日、実はね、後でサイン貰おうと思って持ってきたんです。会社入る時に買った、『糸井重里全仕事』。
- 糸井
- はいはい。
- 田中
-
今から考えると、全仕事でもなんでもなくて、そのキャリアの中での何パーセントなんですよね。でも、広告の仕事は、一旦そこで一区切りついてるから、「全仕事」ってタイトル付けられちゃうんですけど。それを一区切りつけた、違うことに踏み出そうと思った時のこと、お伺いしようと思って。
- 糸井
- あぁ。
- 田中
- 糸井さんと初めて京都でお会いした時に、最初に聞いたことがそれだったんですよね。
- 糸井
- そうでしたね。
- 田中
- 「ほぼ日という組織をつくられて、その会社を回して、その中で好きなものを毎日書くっていう、この状態にすごい興味があります」って言ったら、糸井さんが、「そこですか」っておっしゃったんですよ。それが忘れられなくて。
- 糸井
- 辞めると思ってなかったから。
- 田中
- あぁ。
- 糸井
- 電通の人だと思ってたから。
- 田中
- そうですよね。
- 糸井
- 「あれ?この人、電通の人なのに、そんなこと興味あるのか」と思ったんですね。
- 田中
-
その時、ぼくも辞めるとはまったく思ってなくて。
辞めようと思ったのが、11月の末ですからね。
- 糸井
- (笑)
- 田中
- で、辞めたのが12月31日なんで、1ヶ月しかなかったです。
- 糸井
- 素晴らしい。
- 田中
- いや、なんか、これが本当にね。
- 糸井
- (笑)
- 田中
-
この間も、記事を書いたんですけど。
50歳手前になっても、中身は27歳のつもりだから、ブルーハーツを聞いた時のことを思い出して、「これは、なんかもう、このように生きなくちゃいけないな」って。かと言って、何か伝えたいこととか、「熱い俺のメッセージを聞け」とかないんですよ。でも、「ここ(電通)は出なくちゃいけないな」ってなったんですよね。
- 糸井
- どうしてもやりたくないことっていうのが世の中にはあって、そこをぼくは逃げてきた人なんです。逃げたというよりは捨ててきた。どうしてもやりたくないことの中に、案外、人は人生費やしちゃうんですよ。
- 田中
- はい、わかります。
- 糸井
- 何かやりたいというよりは、やりたくないほうの気持ちが強くて、マッチもライターもないから、木切れから火を起こしはじめたみたいなことが自分の連続だったと思ったので。だから、広告も、どうしてもやりたくないことに似てきたんですよ。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
「こういう時代にそこにいるのは絶対嫌だ」と思って。
ぼくにとってのブルーハーツに当たるのが釣りだったんですよね。ずっと釣りしたかったんで。誰もが平等に、コンペティションをするわけですよね、そこで。
- 田中
- コンペティション。
- 糸井
-
その中で勝ったり負けたりっていうところで血が沸くんです。
東京湾に、スズキとかがいるんだってわかっただけでもうれしいわけですよ。
- 田中
- はい。
- 糸井
- 同じように、レインボーブリッジの下に、コソコソっと行って、どこかに車止めて、身をかがめながら埠頭に出てルアーを投げると、スズキが釣れる可能性があると。その時、うちの奥さんは、出掛けるっていう時に、ちょっと馬鹿にしながら、「ご苦労様」って。(笑)
- 田中
- (笑)
- 糸井
- 初めて行った真冬の日に、大きい魚がルアーを追いかけてきたのに逃げたんですけど。帰って来たら、バスタブに水が張ってあったんですよ。
- 田中
- はぁ。
- 糸井
- つまり、生きた魚を釣ってきた時に、そこに入れようと思ったんだね。
- 田中
-
すごい!
- 糸井
- その、馬鹿にし方と、実際にこう、水を貯めて。
- 田中
- 待ってる(笑)。
- 糸井
- そう、そのアンバランスさ。その時に、「あれは明らかに魚が追いかけてきた」って思ったことと、「釣ってきた時にはここで見よう」って思ってた、つまり、喜びじゃなくて、「見たい」っていう気持ち。「いるんだ」っていうのと、普段見えていない生き物が竿の先に付いたラインの向こうでひったくるわけです、ものすごい荒々しさで。その実感がもうぼくをワイルドにしちゃったんですよ。その後、プロ野球のキャンプにまた行く。そのホテルに向かうまでの道のりに何回も水が見えて、野球を観に行くはずなのに、水を見てるんです。
- 田中
- 水を見てる(笑)。
- 糸井
- 折りたたみにできる竿とかを、野球のキャンプの見物に行くのに、持っているんです。
- 田中
- 持ってるんですね(笑)。
- 糸井
- 正月は正月で、まったく根拠なく、真冬に海水浴やるような砂浜で、なんか釣れるのを、一生懸命投げてる。
- 田中
- 釣れましたか、その時は?
- 糸井
-
まったく釣れません。
根拠のない釣りですから。
- 田中
- (笑)
- 糸井
-
でも、根拠がなくても水があるんですよ。
ぼくにとってのインターネットって、水なんですよ。
- 田中
- 「根拠がなくても水がある」。なるほど。
- 糸井
- 水があれば、水たまりでも魚はいるんですね。で、それが自分に火を点けたところがある。だから、ぼくの「リンダリンダ」は、水と魚です(笑)。
- 田中
- 水と魚、はぁ。
- 糸井
- おもしろいんですよ。その朝1人で誰もいない所で釣りをしてると、初めて釣れる1匹っていうのが、朝日が明ける頃に、何も気配がなかった、ただの静けさの田んぼの間の水路みたいな川で、泥棒に遭ったかのようにひったくられるんですよ。で、「大事な荷物が今盗まれた!」っていう瞬間みたいに、パーッと引かれるんですよ。その喜び。これがね、ぼくを変えたんじゃないですかね。
- 田中
- なるほど。その話が、まさかインターネットにつながるとは。でも、言われてみたら、きっとそういうことですよね。
- 糸井
- 広告を辞めるとかっていう、「ここから逃げ出したいな」って気持ちと同時に、「水さえあれば、魚がいる」っていうような、その期待する気持ちに、肉体が釣りでつなげたんでしょうね。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- 「田中さんは、これからどうなる?」なんてこと、ここでは、まったく聞かないですけど。(笑)聞かないんですけど、釣りの、「当たり」みたいなおもしろさのところのはたどり着いてみたいですねぇ。
- 田中
-
それはいい。今日はいい話、非常に聞きました。
ところでずっと思っていたんですけど、そのバッジは何なんですか(笑)?
- 糸井
-
これですか?
- 田中
- そうそう。
- 糸井
- 服着たら付いてた。
- 田中
- (笑)
- ――
- なんて書いてあるんですか?
- 田中
- ヒロノブって。
- ――
- 私も途中で気が付いて。
- 田中
- ぼくも途中から、「あれ?」と思ったんだけど(笑)。
- ――
- すごい光ってるんで(笑)。
- 田中
- シャツが白で、ジャケット黒だから、そういう模様かなと思っていたら(笑)。
- 糸井
- そう見せかけたんですよね。
(おしまいです)