- 田中
-
「ご近所の人気者」と「アマチュア」って、
実は似たところがありますよね。
- 糸井
-
けっこう隣り合わせですね。
うちの夫婦は、ふたりともアマチュアなんです。
- 田中
-
えぇ!? ぼくらから見ると、
奥さまはやっぱりプロ中のプロのような気が‥‥。
- 糸井
-
プロになるスイッチを持ってるだけで、
仕事が終わったらアマチュアなんです。
まあ、そういうタイプの人は、
プロからすると少し卑怯なんでしょうけど。
- 田中
- そうなんですか。
- 糸井
-
だって、いいとこ取りですから。
でも、スイッチを切り替えて、
2つの人格を生きるのは、
まあ、なかなか大変なことですよ。
- 田中
- ええ、そうですよね。
- 糸井
-
うちのカミさんは高い所が苦手で、
ダイビングとか「絶対ムリ!」という感じ。
でも「仕事ならやる?」って聞くと「やる」っていう。
- 田中
- おっしゃるんですね(笑)。

- 糸井
-
間髪入れずに「やる」と。
それって、仕事じゃないときに
絶対しないのと同じなんです。
- 田中
- ああ、なるほど。
- 糸井
-
だから、プロの人の
「それをやっちゃダメ」とか
「これは良くないイメージが付くからダメ」とかも、
アマチュアの人はへっちゃらだったりする。
- 田中
- ああ、はい。たしかに、そうですね。
- 糸井
-
「プロ」というのは、
肯定的にもいえるし、否定的にもいえるわけで、
田中さんはいま「生きていく手段」として、
そこを問われることが多いですよね。
- 田中
- ええ、そうですね。
- 糸井
-
みんなが興味あるのは、
田中さんが社会にどう機能するかなんです。
だから「何をやって食べていくんですか?」
「どうやって気持ちを維持するんですか?」
とかが気になる。
- 田中
-
まさにそうです。そこはみんなが質問するし、
ぼくもときどき考えたりします。
あの、これは僕からの質問なんですが‥‥。

- 糸井
- はい。
- 田中
-
糸井さんが広告の仕事を一段落させようと思ったとき、
やっぱりそういうことに直面されましたか?
- 糸井
-
まさしくそうですね。
言えないようなことも含めて、もっと大冒険でした。
でも、ぼくは案外平気だったかな。
- 田中
- それは、なぜですか?
- 糸井
-
なんでしょうね。まあ、ひとつは、
ぼくよりもアマチュアなカミさんがいたことだと思います。
- 田中
- ああ。
- 糸井
-
そういうことをカミさんに相談したことはないですし、
あとで「聞くべきだった?」といっても
「いや、別に」っていう感じなので。
それは、自分が働くつもりだったからかもしれないですが。
- 田中
-
それこそぼくも、
まさか会社を辞めるなんて思ってもなくて。
- 糸井
- 辞めようと思ったのは?
- 田中
-
思ったのが去年の11月末で、
辞めたのが12月31日です。
- 糸井
- 素晴らしいねぇ(笑)。
- 田中
- いやぁ、なんか、これが本当に。
- 糸井
- たしか、きっかけは‥‥。
- 田中
-
いやぁ、はい。
理由になってないような理由ですが、
やっぱり‥‥はい。
- 糸井
- ブルーハーツ、ですよね?
- 田中
-
そうなんです。糸井さんがおっしゃったように
中身はいまも青年のままなので、
ブルーハーツを聞いていた時のことが、
急に思い出されてきちゃって。
「なんかもう、このように生きなくちゃ」って。
- 糸井
- そうですか。
- 田中
-
かといって、ぼくには何かを伝えたいとか、
メッセージがあるとか、
そういうのがないんです。
ただ、なんというか、
「まずはここを出ないと」って。

- 糸井
-
どうしてもやりたくないことって
世の中にはいくつもあって、
ぼくは、本当にそれを捨ててきた人なんです。
- 田中
- ええ、そうだと思います。
- 糸井
-
ぼくの場合は
「何かをやりたい」というより
「やりたくないことを、やりたくない」
という気持ちが強かった。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
つまり、広告というものが、
どうしてもやりたくないことに似てきちゃって、
それで「これは、まずいなぁ」って。
プライドという言葉とも違うもので、
どうしてもやりたくないというか‥‥。
- 田中
- ‥‥。
- 糸井
-
無名であることはいいんだけど、
過剰にないがしろにされる可能性があったというか、
その‥‥魂のほうが。
- 田中
- ええ。

- 糸井
-
ぼくにとってのブルーハーツは、
「釣り」でした。
- 田中
- 釣り、ですか?
- 糸井
-
そう、釣りです。釣りのコンペって、
もう誰もが平等にできる争いごとで、
その中の勝ったり負けたりで、
もう血が沸いてくるんです。
- 田中
-
そういえばこの前、
「釣りをはじめたころは、水たまりを見るだけでも、
魚がいるんじゃないか」って。
- 糸井
- そうそう(笑)。
- 田中
- そう思えてくる(笑)。
- 糸井
-
釣りはおもしろいですよ。普段は見えていない生き物が、
ぼくの竿の先に付いた釣り糸の向こうで、
エサをひったくりにくる。それも、ものすごい荒々しさで。
その実感が、もう、ぼくをワイルドにするんです。

- 田中
- そうなんですね。
- 糸井
-
プロ野球のキャンプに行っても、
宮崎のホテルに向かうまでに何回も水が見えて、
野球を観に行くはずなのに、
気がついたら水を見てる。
- 田中
- 水を見てる(笑)。
- 糸井
-
野球キャンプの見物なのに、
折りたたみの竿を持って。
- 田中
- 持ってるんだ(笑)。
- 糸井
-
正月は正月で、
家族で温泉に行ったときも、まったく根拠なく、
砂浜で一生懸命投げつづけるわけです。
それこそ、夏に海水浴をやるようなビーチで。
- 田中
- そのときは、なにか釣れました?
- 糸井
- まったく釣れません。
- 田中
- (笑)
- 糸井
- だって、根拠のない釣りですから。
- 田中
- あははは。
- 糸井
- でも、根拠がなくても水がある。
- 一同
- (爆笑)
- 糸井
-
根拠がなくても水がある。
ぼくにとってのインターネットって、
まさに水なんです。
- 田中
- うわぁ、そこにつながる!
- 糸井
- ぼくも、いまはじめて説明できました(笑)。
- 田中
- いやぁ、でも、そうですね。
- 糸井
- 根拠はなくても水がある。
- 田中
- 根拠はなくても水がある。
- 糸井
-
水があれば、水たまりでも魚はいるんです。
で、そのことが自分の心に火を点けた。
ぼくの「リンダリンダ」は「水と魚」です。
- 田中
- 水と魚‥‥。
- 糸井
-
朝日が昇るくらいの早朝に、
誰もいないような静かな水路で釣りをしていると、
最初の1匹というのは、
それこそ泥棒にでも遭ったかのように
ひったくられるんです。
- 田中
- ええ。
- 糸井
-
早朝のシーンとした状態から、
「俺の大事な荷物が、いま盗まれた!」みたいに、
目の前の糸がパーッと引かれる。
その喜びといったら。
- 田中
- うわぁ‥‥。
- 糸井
- その喜びが、ぼくを変えたんじゃないかな。
- 田中
-
‥‥いやぁ、いまの話が、
まさかインターネットにまでつながるとは。
- 糸井
- いままで、思いついてなかったです。
- 田中
- でも、言われてみたら、きっとそういうことですね。
- 糸井
-
広告を辞めるときの
「ここから逃げ出したいな」という気持ちと、
「水さえあれば、魚がいる」という期待する気持ちを、
ぼくの肉体が「釣り」という行為につなげたんでしょうね。
- 田中
- ああ、なるほど。
- 糸井
- という、素敵な話です(笑)。
- 田中
- いやぁ、本当に。はい、すごい話です(笑)。
(つづきます)