- 糸井
-
ということは、田中さんには、
広告屋として付いた癖が20数年分ほどあって。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
ただ、これからは自分の名前を出す立場になるわけで、
そうすると、いろいろ変わってきます。
- 田中
-
そうなんです。やっぱり会社員のときに比べると、
書くスタンスが大きく変わってきています。
- 糸井
-
そこには2つの方向があって、
書くことで食っていけるようになるっていうのが、
いわゆるプロの発想ですよね。
それから、書くことと生活することを分けて、
自由なもの書きを目指すのがアマチュアの発想。
この2種類に分かれると思うんです。

- 田中
- ええ、そうですね。
- 糸井
-
それについてはずっと考えてきたところがあって、
ぼくはアマチュアなんですね。
つまり、書いてメシを食おうと思ったとき、
ぼくは自分がいる立場が、なんかこう、
つまらなくなる気がした。
- 田中
- ええ。
- 糸井
-
いつまでも旦那芸でいたいというか、
「お前、それはずるいよ」という場所じゃないと、
いい“読み手の書き手”にはなれないと思ったんです。
- 田中
-
ぼくの中の「糸井重里論」は、
旦那芸として書くための組織をつくりながらも、
みんなが食べられる大組織にして、
それを運営して、物販もする。
そうして、自分が望む場所をつくり切った、
というところだと思うんです。
- 糸井
-
それは「見張り役は俺がするから、
みんなはそこで自由に遊んでね」っていう話ですよね。
まさしく、ぼくが目指しているのはそれで、
つまりは「キャッチャー・イン・ザ・ライ」なんです。
- 田中
- ああ、そうですね。
- 糸井
-
場を育てたり、譲ったり、
商売する人に屋台を貸したりするのがぼくの仕事で、
言ってしまえば、ぼくは書かなくてもいい。
だから本職は、管理人です(笑)。

- 田中
- 管理人(笑)。
- 糸井
-
そういう意味では、
田中さんもその素質があると思います。
- 田中
- そうなんですかね‥‥。
- 糸井
-
ぼくがちょっと大変だったのは、
人って書き手に対して、
ある種のカリスマ性を要求しますよね。
士農工商みたいな順列があって、
政治家よりもボブ・ディランが偉いみたいな。
- 田中
- ええ、わかります。
- 糸井
-
ぼくはその順列からも自由でいたかった。
だから、超アマチュアで一生が終われば、
ぼくはもう、本当に満足なんです。
- 田中
-
その軽さですよね。
その軽さをどうやって維持するか、
糸井さんは、ずっとそれとの戦いだったと思います。
- 糸井
-
その軽さは、同時にコンプレックスにもなるので、
逃げないで勝負してる人たちとは違う生き方なんです。
- 田中
- はい、すごくよくわかります。
- 糸井
-
例えば、人を斬っても、まだ生き返って斬りつけてくる、
だから、もう1回刃を突き立てて、心臓にとどめを刺して、
ハァハァ言いながら「勝った‥‥」
ということを、ぼくはしていない。
生き返ってきた時点で、
「お前、偉いな」って思っちゃう。
- 田中
-
ぼくなんて、書くようになってまだ2年ですけど、
それでも「書くことの落とし穴」はすでに感じています。
それは、考えることを重ねて毎日書いていると、
少しずつですが、やっぱり独善的になっていくというか。

- 糸井
- ああ、そうですね。
- 田中
-
どんなにフレッシュな書き手でも、
10年くらい放っておくと、右か左か、
どっちかに振り切れてたりするんですよね。
- 糸井
-
それは、世界像を安定させたくなるからなんです。
世界像を安定させると、夜中に書いている時の全能感が、
日中の間もずっと追いかけてくる。
- 田中
- ああ、なるほど。
- 糸井
-
ぼくは、そこからも離れたいと思うので、
世界像を人に押し付けられるような偉い人に、
読み手としての拍手は送りますが、
人としては、やっぱりつまらないというか。
- 田中
- あと、少し恐ろしさもあります。
- 糸井
- ありますね。
- 田中
-
ぼくは世の中をひがむとか、
はみ出すとか、政治的な主張とか、
そういうのがないんです。
だから「田中さん、そろそろ小説書きましょうよ」
なんて言われるとすごく困る。
- 糸井
- ああ、そうなりますよね。
- 田中
-
単純に読みたいだけとか、
それが商売になるとかはわかるんですが、
心の中に「これが言いたくて俺は文章を書く」
というのが特にないんです。
- 糸井
-
そのあたりは、そうですね、
たぶん永遠の問題かもしれないけど、
うーん‥‥、ぼくもずっと考えていることです。
- 田中
- そうなんですか。
- 糸井
-
見方がちょっと歪んでいるのはあるんですが、
それを吉本ばななさんは
「糸井さんは、いろんなものから吹っ切れてるけど、
やっぱりちょっと作家を偉いと思ってる」
というんです。
- 田中
- すごいですね、吉本さんは(笑)。
- 糸井
- 「で、それはものすごく惜しいことだと思う」と。
- 田中
- はぁ‥‥。
- 糸井
-
お父さんの吉本隆明さんも同じことを言っていて、
要するに「思う必要がないのに」って。
- 田中
- そうなんですね。
- 糸井
-
それは自分でもわかっていて、なんだろう、
拍手に力がこもるというか。
絵描きにも拍手するし、映画をつくる人にも全部するけど、
やっぱり表現者に対する拍手がちょっと強すぎるのかなと。
- 田中
- ああ、なるほど。
- 糸井
-
もっとしょうもないものへの拍手が同じ分量あるはずなのに、
人に伝わるのは、やっぱり表現者に対する拍手のほうだから。
そこはしょうがないかなって。

- 田中
- そうなんですね。
- 糸井
-
ぼくの仕事って「これいいなぁ業」なんです、
これいいなぁの連続。
文壇とか表現者の集いみたいなところでも、
そういう語られ方をすることはあると思うんです。
でも、ぼくとしては、もっとこう下品でいたい(笑)。
- 田中
-
永遠にバカバカしいことをやるのって、
これは一種の体力ですからね。
怠った瞬間に、偉そうな人になってしまうわけで。
- 糸井
-
グルッと回って「じゃあ、結論は?」となると、
たぶん「ご近所の人気者」なんです。
- 田中
- ご近所の人気者?
- 糸井
-
「ご近所の人気者」というフレーズ自体は、
中崎タツヤさんが『じみへん』で書いた言葉です。
- 田中
-
中崎タツヤさんは、
もう本当に素晴らしい方だと思います。
仙人のようなスタンスの崩れなさというか。
- 糸井
-
凄みがありますよね。
中崎さんの作品で、
もうひとつ永遠に忘れまいとした言葉がありまして。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
ある庶民の家の青年が、自分の母のやってることが、
すごくバカらしく見えるんです。
バカさ、弱さ、下品さという、
いわゆる下世話なものに対してその青年が、
「母さんは、何かものを考えたことあるの?」と、
怒りのように言葉をぶつけるシーンがあって。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
これはもう、
自分の血筋に対する怒りですよね。
- 田中
- ええ。
- 糸井
-
するとお母さんがこういうわけです、
「あるよ! 寝る前にちょっと」って。
- 田中
- ちょっと(笑)。
- 糸井
-
もうね、これは涙が出るほどうれしかった。
ね、すごいでしょ?
- 田中
- はぁ、素晴らしいです。
- 糸井
-
ぼくはまさに「寝る前にちょっと」を探す人で、
「寝る前にちょっと」の人たちと遊びたいんです。
- 田中
-
寝る前というのは、
ちょうど糸井さんのツイッターも
活発になられる時間帯というか(笑)。
- 糸井
-
そうそう(笑)。
深夜に田中さんのツイッターにウザ絡みして。
- 田中
-
「もう3時半だけど、
また糸井さんがなんか言ってきた」って(笑)。
- 糸井
-
ヘタすると、ひと寝入りしてから、
また絡んでますから。
- 田中
- それはひどい(笑)。

(つづきます)