- 田中
-
僕は今日、お伺いしようと思ってたことがあるんです。
糸井さんが40代で公告の仕事に一区切りつけて、
違うことに踏み出そうと思った時のことをききたくて。
- 糸井
- ああ。
- 田中
-
実は、糸井さんと初めて京都でお会いした時に、
タクシーの中できいたことがそれだったんですよね。
「ほぼ日という組織を作られて、
会社を大きくしていって、
その中で好きなものを毎日書くっていう、
その状態にすごい興味があります」って。
そしたら糸井さんが、
「そこですか」っておっしゃったんですよ。
- 糸井
- その時は電通を辞めると思ってないから。
- 田中
- そうですよね。
- 糸井
-
「ええーっ。この人、電通の人なのに、
そんなことに興味あるのか」って。
- 田中
-
その時、僕も辞めるとはまったく思ってなくて。
辞めようと思ったのは去年の11月末なんです。
きっかけは、理由になってないような理由なんですけど、
やっぱり‥‥
- 糸井
- ブルーハーツ?
- 田中
-
ブルーハーツです。
50手前のオッサンになっても、
中身は20うん歳のつもりだから、
「リンダリンダ」を聴いてた時のことを思い出して。
「あ、これは、なんかもう、
このように生きなくちゃいけないな」って。
かと言って、何か伝えたいこととか、
「熱い俺のメッセージを聞け」とかはないんですよ。
相変わらず、なんか見て聞いて、
「これはね」ってしゃべるだけの人なんですけど。
でも、なんか「ここは出なくちゃいけないな」
って思ったんです。
- 糸井
-
僕もどうしてもやりたくないことっていうのがあって、
そこから逃げてきた。
逃げたというよりは捨ててきた。
案外、人ってやりたくないことに
人生費やしちゃうんです。
ある時、広告の仕事も、
どうしてもやりたくないことに似てきたんですよ。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
無名の誰かであることはいいんだけど、
魂が過剰にないがしろにされるのは嫌だなって。
- 田中
-
とはいえ、糸井さん広告のお仕事を見てても、
「好きでもない商品の良さを延々語りなさい」とか、
そういうリクエストに応えたことはないですよね。
- 糸井
-
うん、うん。
「受け手として僕にはこう見えた。ここがいいぞ」
って思いつくまでは書けない。
だから僕、
車の広告するごとに1台買ってましたからね。
- 田中
- あぁ。
- 糸井
-
「いいぞ」って思えるまでがやっぱりちょっと大変っていうか。
「受け手」であるっていうことに
ものすごく誠実にやったつもりではいるんです。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
ただ、どうしても
誠実にやりきれなかった仕事はありました。
「これはチャチャっとやったけど、できちゃった」
っていうのは時にはありますから。
でも、広告の仕事を辞めるっていうのは、
「あ、このまま、『あいつ、もうだめですよね』
って言われながら、
なんで仕事やっていかなきゃならないんだろう?」
っていうふうに、たぶんなるんだろうなと。
で、「あいつもうだめですよね」って、
僕についてはみんなが言いたくてしょうがないわけですよ。
「プレゼンの勝率が落ちたらもうだめだな」
っていうのは思ってて、
で、「ご注進、ご注進」みたいに、
「みんなが『糸井さんは広告から逃げた』とか言ってますよ」
みたいなことを告げに来る馬鹿とかいますから。
- 田中
- はいはい。
- 糸井
-
「こういう時代にそこにいるのはまずいな」っていうか、
「絶対嫌だ」と思って。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
で、僕にとってのブルーハーツに当たるのが
釣りだったんですよね。
誰もが平等に、
釣りという場で争いごとをするわけですよね。
その中で勝ったり負けたりっていうところで血が沸くんですよ。
普段見えていない生き物が、
俺の竿の先に付いたラインの向こうで
餌をひったくりやがるわけです。
ものすごい荒々しさで。
その実感がもうワイルドにしちゃったんですよ、僕を。
なんておもしろいんだろうって。
プロ野球のキャンプを観に行くにしても、
折りたたみの竿を持っていくんです。
家族で温泉に行った時も、
海水浴やるようなビーチで一生懸命何か釣ろうとしてたり。
- 田中
- (笑)
- 糸井
- それを妻と子どもが見てるんだ。
- 田中
- 釣れましたか、その時は?
- 糸井
- まったく釣れません。
- 田中
- (笑)
- 糸井
- 根拠のない釣りですから。
- 田中
-
(笑)
- 糸井
-
でも、根拠がなくても水があるんですよ。
そして、僕にとってのインターネットって、水なんですよ。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- もう、今初めて説明できたわ。
- 田中
- はい。
- 糸井
- 根拠はなくても水があるんです。
- 田中
- 根拠はなくても水がある。
- 糸井
-
水があれば、水たまりでも魚はいるんですね。
で、それが自分に火をつけた。
だから、僕にとっての「リンダリンダ」は、水と魚です(笑)。
- 田中
- 水と魚、はー。
- 糸井
-
おもしろいんですよ。
夜が明ける頃1人で釣りをしてると、
静けさの中で、
突然、パーッと魚に引かれるんですよ。
泥棒に荷物をひったくられるような勢いで。
その喜び。
これがね、なんだろう、俺を変えたんじゃないですかね。
- 田中
-
なるほど。
その話が、まさかインターネットにつながるとは。
- 糸井
- 今まで思いつかなかったですね。
- 田中
-
あぁ。
でも言われてみたら、きっとそういうことですよね。
- 糸井
-
「広告という場所から逃げ出したいな」っていう気持ちと。
「水さえあれば、魚がいる」っていうような、
その期待する気持ちを、
肉体が釣りでつなげたんでしょうね。
- 田中
-
はぁ、本当に。
今思ったのは、
やっぱり肉体というか、
身体性は大事だなと思って。
だから、なんか体を動かそうと思ってきましたね。
- 糸井
-
あぁ。そうでしょう。
釣りのプロの人に
「1匹も釣れなかった経験っていうのはないんですか?」
って聞いたことがあったんです。
坊主の状態から逃げ出したいわけですから、僕は。
- 田中
- うんうんうん。
- 糸井
-
そしたらプロが、
「基本的に坊主って、ないんじゃないでしょうか」
って言ったんですよ。
「釣りがある程度わかっていれば、基本的に
坊主っていうのはないんじゃないでしょうか」って。
他人事のように言ったんですよ。
うれしいじゃないですか。
「えぇ? 魔法だと思っていたことは、
実は科学だったんですか」
っていうお話になるわけだから。
で、インターネットもそうだと思いますよね。
- 田中
- なるほど。坊主はない。
- 糸井
- それを積み上げていって、今に至るわけで。
- 田中
- そうですね。
- 糸井
-
田中さんに「これからどうなる?」なんてこと、
今日は、まったく聞かないですけど。
- 田中
- ええ。
- 糸井
-
聞かないんですけど、
さっきの釣りのこう「当たり」みたいな
おもしろさのところにはたどり着いてみたいですよねぇ。
- 田中
-
はい。
今日はいい話を聞きました、本当に。
- 糸井
-
おもしろいんですよ。
魚がね、生存をかけてひったくるわけじゃないですか。
- 田中
- はい、はい。
- 糸井
- 俺の罠を。あれはすごいですよ。
- 田中
-
さっきのね、「ご近所」の話もそうですし、
釣りの話もそうですけど、
糸井重里さんにお会いして、
身体性の話に行くと思ってなかったです。
今日、対談をさせてもらったことで、
僕のこれからがきっと変わってくると思います。
- 糸井
-
身体性の話でいうと‥‥こう、ちょっと‥‥
おしっこ我慢してるんですよね。
- 田中
- え? 今?
- 糸井
- 今。
- 田中
- 今の話? 行ってきてください。
- 糸井
- ちょっと行ってきます。
- 田中
- 惨事を招きますから。
- 糸井
-
これね、珍しいですよ。
今までで人と対談してて、長くなって、
おしっこが我慢できなくなったっていうのは、
たぶん、高倉健さん以来2回目ですね(笑)。
- 田中
-
それは光栄です(笑)
(おしまい)
