- 田中
-
僕、会社を辞めてから、
あの、「青年失業家」と名乗ったりしてますけど‥‥
- 糸井
- 27歳ですからね、青年ですよ(笑)
- 田中
-
ええ(笑)、心は27歳。
ある意味で僕を担保してくれていた会社という存在が
なくなったので、みんなに
「何をやって食べていくんですか?」
「どうやって自分の気持ちを維持するんですか?」
って聞かれますし、僕自身も時々、
これからどうやって生きていこう?ってこと考えるんです。
その、僕からの質問なんですけれども、糸井さんが、
40代のときに広告の仕事を一段落つけようと思ったときも、
やっぱりそういうことに直面されましたか?
- 糸井
-
まさしくそうです。
それはもう、大冒険ですよ。
- 田中
-
僕は今日、本当にそこをお聞きしたくて。
糸井さんと初めてお会いしたお花見のときに、
タクシーの中で最初にお聞きしたこともそれだったんです。
- 糸井
- あぁ、そうでしたね。
- 田中
-
「ほぼ日という組織をつくって、大きくしていって、
その中で好きなことを毎日書くっていう、
その状態にすごく興味があります」って言ったら、
糸井さんが、「そこですか!」っておっしゃったんですよ。
それが忘れられなくて。

- 糸井
-
いや、それは田中さんが電通を辞めると思ってないから。
「あれ?この人、電通の人なのに、そんなことに興味あるのか」
って驚いたんですよ。
- 田中
-
あぁ、そうか。
でもあのときは、それこそ僕も
会社を辞めるなんてまったく思ってませんでした。
そのあと、9月に燃え殻さんとか古賀史健さんとか
ほぼ日の永田泰大さんと雑談したじゃないですか。
あの時点でも、まったく。
- 糸井
- ははぁ、そうでしたか。
- 田中
-
辞めようと思ったのは、11月の末ですね。
実際に辞めたのが12月31日なので、1ヶ月しかなかったです。
- 糸井
- 素晴らしい。
- 田中
- 辞めた理由も、理由になってないようなことなんですけど‥‥
- 糸井
- ブルーハーツ?
- 田中
-
そう、ブルーハーツなんですよ。
こんな50歳手前のオッサンになっても、
糸井さんがおっしゃったように中身は27歳なんですよね。
ブルーハーツの『リンダリンダ』を聞いたときを思い出して、
「あ、俺はこうやって生きなくちゃいけないんだな」
っていうのが見えたので、辞めたんです。
かといって、何か伝えたいこととか、
「俺の熱いメッセージを聞け!」というのが
見つかったのかというと、そんなことはないですし。
何かを見て、聞いて、「これはね」ってしゃべるだけの人間から
変化したわけでは全然ないんですけど、
でも、「もうここから出なくちゃいけないな」
って思ったんですよ。
- 糸井
-
あの、誰でも、どうしてもやりたくないことっていうのが
世の中にはありますよね。
僕は本気でそこから逃げたり、捨てたりしたんです。
案外人間って、なぜかどうしてもやりたくないことに
人生を費やしちゃったりするんですよ。

- 田中
- あぁ、そうかもしれません。
- 糸井
-
僕は、「何かやりたい」というよりは、
「これはやりたくない」っていう気持ちが強い人間なんです。
そうすると、自分にはマッチもライターもないから、
しょうがなく木切れでなんとか火を起こしはじめた、
みたいなことの連続だったんですよ、ずっと。
それで、あるときから広告も、
どうしてもやりたくないことに似てきてしまったんです。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
「いやぁ、これはまずいなぁ」って思いましたよ。
やっぱりこう、魂の部分が過剰にないがしろにされる
可能性みたいな‥‥そういうのは嫌ですよね。
- 田中
-
とはいえ、
糸井さんの広告のお仕事を見ていたらわかりますけど、
「とにかくこの商品の良さを延々語ってください」
みたいなリクエストに応えたことはないですよね、最初から。
- 糸井
-
それは、うん。そうですね。
やっぱり「受け手として僕にはこう見えた、これはいいぞ」
って思いつくまではコピーも何も書けないわけで。
だから、受け手であるっていうことについては
ものすごく誠実にやったつもりではいるんです。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
でも、求められる広告も変わってきてしまって、
このままいってプレゼンの勝率が落ちてきたら、
もうダメだな、と。
「こういう時代に、ここにいるのは絶対嫌だ」
と思ったんですよ。
それで、今の田中さんにとってのブルーハーツみたいな存在が、
そのときの僕にとっては釣りだったんです。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
-
釣りって、いわば誰もが平等にできる争いごとなんです。
その中で勝ったり負けたりっていうところで血が沸くんですよ、
やっぱりね。
- 田中
-
そうそう、
この間糸井さんにお聞きしたのが面白かったんですよ。
「釣りを始めた頃は、水たまりを見ても、
魚がいるんじゃないかと思ってた」って(笑)。

- 糸井
-
(笑)そうなんです。
たとえばね、東京湾に「シーバス」って呼ばれてる、
つまりスズキがいるんだってことがわかっただけで、
その「いるんだ」っていうこと自体がもう、
うれしいわけですよ。
それと、竿の先に付いたライン(釣り糸)の向こうで、
普段は見えていない生き物に、ものすごい荒々しさで
ひったくられるっていう実感が、
僕をワイルドにしちゃったんですよね。
もう、なんておもしろいんだろうって思いました。
それでプロ野球のキャンプに行ったら、
グラウンドまでの道のりの途中に、
水たまりがいくつもあるんですよ。
そうすると、野球を観に行くはずなのに、
僕は水を見てるんです。
- 田中
- 「水を見てる」(笑)。
- 糸井
-
真冬に温泉旅行かなんかに行ったときにも、まったく根拠なく、
海水浴をするような砂浜で一生懸命、ルアーを投げてる。
- 田中
- (笑)何か釣れましたか、そのときは?
- 糸井
- まったく釣れません。
- 田中
- あはは。やっぱり。
- 糸井
-
根拠のない釣りですから。
でも、根拠がなくても、水は、あるんですよ。
- 一同
- (笑)
- 糸井
-
これ、いいでしょう?
あのね、僕にとってのインターネットって、水なんですよ。
- 田中
- ああ!なるほど。
- 糸井
- ふふ。今、初めて説明できました。

- 田中
- そうかぁ。
- 糸井
- 根拠はなくても、水があるんです。
- 田中
- 根拠はなくても水がある。
- 糸井
-
水があれば、水たまりでも魚はいるんですね。
それが、自分に火を点けたところがある。
だから、僕にとっての『リンダリンダ』は、水と魚です(笑)。
- 田中
- はあぁ‥‥、「水と魚」。
- 糸井
-
おもしろいんですよ。
朝、僕以外には誰もいないところで釣りをしてると、
最初に釣れる1匹っていうのは、
何の気配もない静けさの中で突然泥棒に遭ったかのように
僕をひったくるんです。
「俺の大事な荷物が盗まれた!」っていう瞬間みたいに、
ガッと体と心が引っ張られるんですよ。
その喜び。
これがね、僕を変えたんじゃないですかね。
- 田中
-
なるほど‥‥。
いやぁ、その話が、まさかインターネットにつながるとは。
- 糸井
- 僕も、今まで思いついてなかったですね。
- 田中
-
でも、言われてみたら‥‥うん。
きっとそういうことですよね。
- 糸井
-
僕が広告に対して抱いていた
「ここから逃げ出したいな」っていう気持ちの反対側で、
インターネットに対する期待というか
「水さえあれば、魚がいるんだ」っていう気持ちを、
釣りが肉体を通して、僕に教えてくれたんでしょうね。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- うわぁ、これは素敵なお話ですね(笑)。
- 田中
-
いや、本当に。
はぁ‥‥そうかぁ、釣りかぁ。
やっぱり肉体の重要性は、すごく大きいですよね。
ツイッターもそういう面があるんですけど、
僕、最近どんどん身体性が失われている気がしていて。
今の自分は頭だけで屁理屈を言ってる状態だな、
って感じるときがよくあるんですよ。
なんか、僕も体を動かそうって思えてきました。
- 糸井
-
ねぇ、そうでしょう。
あの、「田中さんはこれからどうなるの?」なんてことは、
今日はまったく聞かないですけど。
- 田中
- ええ(笑)。
- 糸井
-
でも、僕が釣りで感じた、
魚にひったくられるような「当たり!」っていう
おもしろさには、ぜひたどり着いてほしいですよねぇ。
- 田中
-
はい。
今日はもう、非常にいい話を聞かせてもらいました。
本当に。
「ご近所」の話もそうですし、釣りの話もそうですけど、
糸井重里さんにお会いして、こういう身体性の話になるとは
思ってませんでした。
- 糸井
-
ホントにね、おもしろいんですよ。
その魚が、生存をかけてひったくるわけじゃないですか、
僕がしかけた罠を。
あれは、すごいですよ。
- 田中
-
そうなんですね‥‥、うん、
僕のこれからが、きっと変わってくると思います。
〈おわります〉

