もくじ
第1回ひろ君の24年間 2017-03-28-Tue
第2回気づけば7,000字 2017-03-28-Tue
第3回読みたいから書く 2017-03-28-Tue
第4回「ご近所」の距離感 2017-03-28-Tue
第5回釣りとブルーハーツ 2017-03-28-Tue

1981年生まれ。東京生まれ東京育ち、一時期京都、いま東京。

人生相談的</br>「書く書くしかじか」の話

人生相談的
「書く書くしかじか」の話

担当・大城和美

第5回 釣りとブルーハーツ

田中
僕、会社を辞めてから、
あの、「青年失業家」と名乗ったりしてますけど‥‥
糸井
27歳ですからね、青年ですよ(笑)
田中
ええ(笑)、心は27歳。
ある意味で僕を担保してくれていた会社という存在が
なくなったので、みんなに
「何をやって食べていくんですか?」
「どうやって自分の気持ちを維持するんですか?」
って聞かれますし、僕自身も時々、
これからどうやって生きていこう?ってこと考えるんです。
 
その、僕からの質問なんですけれども、糸井さんが、
40代のときに広告の仕事を一段落つけようと思ったときも、
やっぱりそういうことに直面されましたか?
糸井
まさしくそうです。
それはもう、大冒険ですよ。
田中
僕は今日、本当にそこをお聞きしたくて。
糸井さんと初めてお会いしたお花見のときに、
タクシーの中で最初にお聞きしたこともそれだったんです。
糸井
あぁ、そうでしたね。
田中
「ほぼ日という組織をつくって、大きくしていって、
その中で好きなことを毎日書くっていう、
その状態にすごく興味があります」って言ったら、
糸井さんが、「そこですか!」っておっしゃったんですよ。
それが忘れられなくて。

糸井
いや、それは田中さんが電通を辞めると思ってないから。
「あれ?この人、電通の人なのに、そんなことに興味あるのか」
って驚いたんですよ。
田中
あぁ、そうか。
でもあのときは、それこそ僕も
会社を辞めるなんてまったく思ってませんでした。
そのあと、9月に燃え殻さんとか古賀史健さんとか
ほぼ日の永田泰大さんと雑談したじゃないですか。
あの時点でも、まったく。
糸井
ははぁ、そうでしたか。
田中
辞めようと思ったのは、11月の末ですね。
実際に辞めたのが12月31日なので、1ヶ月しかなかったです。
糸井
素晴らしい。
田中
辞めた理由も、理由になってないようなことなんですけど‥‥
糸井
ブルーハーツ?
田中
そう、ブルーハーツなんですよ
こんな50歳手前のオッサンになっても、
糸井さんがおっしゃったように中身は27歳なんですよね。
ブルーハーツの『リンダリンダ』を聞いたときを思い出して、
「あ、俺はこうやって生きなくちゃいけないんだな」
っていうのが見えたので、辞めたんです。
 
かといって、何か伝えたいこととか、
「俺の熱いメッセージを聞け!」というのが
見つかったのかというと、そんなことはないですし。
何かを見て、聞いて、「これはね」ってしゃべるだけの人間から
変化したわけでは全然ないんですけど、
でも、「もうここから出なくちゃいけないな」
って思ったんですよ。
糸井
あの、誰でも、どうしてもやりたくないことっていうのが
世の中にはありますよね。
僕は本気でそこから逃げたり、捨てたりしたんです。
案外人間って、なぜかどうしてもやりたくないことに
人生を費やしちゃったりするんですよ。

田中
あぁ、そうかもしれません。
糸井
僕は、「何かやりたい」というよりは、
「これはやりたくない」っていう気持ちが強い人間なんです。
そうすると、自分にはマッチもライターもないから、
しょうがなく木切れでなんとか火を起こしはじめた、
みたいなことの連続だったんですよ、ずっと。
それで、あるときから広告も、
どうしてもやりたくないことに似てきてしまったんです。
田中
はい。
糸井
「いやぁ、これはまずいなぁ」って思いましたよ。
やっぱりこう、魂の部分が過剰にないがしろにされる
可能性みたいな‥‥そういうのは嫌ですよね。
田中
とはいえ、
糸井さんの広告のお仕事を見ていたらわかりますけど、
「とにかくこの商品の良さを延々語ってください」
みたいなリクエストに応えたことはないですよね、最初から。
糸井
それは、うん。そうですね。
やっぱり「受け手として僕にはこう見えた、これはいいぞ」
って思いつくまではコピーも何も書けないわけで。
だから、受け手であるっていうことについては
ものすごく誠実にやったつもりではいるんです。
田中
はい。
糸井
でも、求められる広告も変わってきてしまって、
このままいってプレゼンの勝率が落ちてきたら、
もうダメだな、と。
「こういう時代に、ここにいるのは絶対嫌だ」
と思ったんですよ。
それで、今の田中さんにとってのブルーハーツみたいな存在が、
そのときの僕にとっては釣りだったんです。
田中
なるほど。
糸井
釣りって、いわば誰もが平等にできる争いごとなんです。
その中で勝ったり負けたりっていうところで血が沸くんですよ、
やっぱりね。
田中
そうそう、
この間糸井さんにお聞きしたのが面白かったんですよ。
「釣りを始めた頃は、水たまりを見ても、
魚がいるんじゃないかと思ってた」って(笑)。

糸井
(笑)そうなんです。
たとえばね、東京湾に「シーバス」って呼ばれてる、
つまりスズキがいるんだってことがわかっただけで、
その「いるんだ」っていうこと自体がもう、
うれしいわけですよ。
それと、竿の先に付いたライン(釣り糸)の向こうで、
普段は見えていない生き物に、ものすごい荒々しさで
ひったくられるっていう実感が、
僕をワイルドにしちゃったんですよね。
もう、なんておもしろいんだろうって思いました。
 
それでプロ野球のキャンプに行ったら、
グラウンドまでの道のりの途中に、
水たまりがいくつもあるんですよ。
そうすると、野球を観に行くはずなのに、
僕は水を見てるんです。
田中
「水を見てる」(笑)。
糸井
真冬に温泉旅行かなんかに行ったときにも、まったく根拠なく、
海水浴をするような砂浜で一生懸命、ルアーを投げてる。
田中
(笑)何か釣れましたか、そのときは?
糸井
まったく釣れません。
田中
あはは。やっぱり。
糸井
根拠のない釣りですから。
でも、根拠がなくても、水は、あるんですよ。
一同
(笑)
糸井
これ、いいでしょう?
あのね、僕にとってのインターネットって、水なんですよ。
田中
ああ!なるほど。
糸井
ふふ。今、初めて説明できました。

田中
そうかぁ。
糸井
根拠はなくても、水があるんです。
田中
根拠はなくても水がある。
糸井
水があれば、水たまりでも魚はいるんですね。
それが、自分に火を点けたところがある。
だから、僕にとっての『リンダリンダ』は、水と魚です(笑)。
田中
はあぁ‥‥、「水と魚」。
糸井
おもしろいんですよ。
朝、僕以外には誰もいないところで釣りをしてると、
最初に釣れる1匹っていうのは、
何の気配もない静けさの中で突然泥棒に遭ったかのように
僕をひったくるんです。
「俺の大事な荷物が盗まれた!」っていう瞬間みたいに、
ガッと体と心が引っ張られるんですよ。
その喜び。
これがね、僕を変えたんじゃないですかね。
田中
なるほど‥‥。
いやぁ、その話が、まさかインターネットにつながるとは。
糸井
僕も、今まで思いついてなかったですね。
田中
でも、言われてみたら‥‥うん。
きっとそういうことですよね。
糸井
僕が広告に対して抱いていた
「ここから逃げ出したいな」っていう気持ちの反対側で、
インターネットに対する期待というか
「水さえあれば、魚がいるんだ」っていう気持ちを、
釣りが肉体を通して、僕に教えてくれたんでしょうね。
田中
なるほど。
糸井
うわぁ、これは素敵なお話ですね(笑)。
田中
いや、本当に。
はぁ‥‥そうかぁ、釣りかぁ。
やっぱり肉体の重要性は、すごく大きいですよね。
ツイッターもそういう面があるんですけど、
僕、最近どんどん身体性が失われている気がしていて。
今の自分は頭だけで屁理屈を言ってる状態だな、
って感じるときがよくあるんですよ。
なんか、僕も体を動かそうって思えてきました。
糸井
ねぇ、そうでしょう。
あの、「田中さんはこれからどうなるの?」なんてことは、
今日はまったく聞かないですけど。
田中
ええ(笑)。
糸井
でも、僕が釣りで感じた、
魚にひったくられるような「当たり!」っていう
おもしろさには、ぜひたどり着いてほしいですよねぇ。
田中
はい。
今日はもう、非常にいい話を聞かせてもらいました。
本当に。
「ご近所」の話もそうですし、釣りの話もそうですけど、
糸井重里さんにお会いして、こういう身体性の話になるとは
思ってませんでした。
糸井
ホントにね、おもしろいんですよ。
その魚が、生存をかけてひったくるわけじゃないですか、
僕がしかけた罠を。
あれは、すごいですよ。
田中
そうなんですね‥‥、うん、
僕のこれからが、きっと変わってくると思います。

〈おわります〉