- 糸井
-
ここ2年よりも前には、
田中泰延名義で個人的な何かを書くってことは
なかったんですか?
- 田中
- 一切、なかったんです。
- 糸井
- そっかぁ。
- 田中
-
僕たちコピーライターの仕事といえば、
キャッチコピー20文字、ボディコピー200文字とかで。
それ以上長いものを書いたということが、もう、
人生でまったくないですから、あのぅ‥‥
- 糸井
- うん、うん(笑)。
- 田中
-
それまでで一番長く書いたのは、大学の卒論でしたけど、
これは人の本の丸写しでしたから。
書いたうちには入らないですね。
- 糸井
- ちなみに、それは何の研究なんですか?
- 田中
-
芥川龍之介の『羅生門』についてです。
原稿用紙200枚だから‥‥8万字くらい書きました。
いろんな本から切ったり貼ったり、切ったり貼ったりして。
担当教授にそれを見せたら、
「これは私は評価できません。
荒俣宏先生に送りますから、
おもしろがってもらいなさい」と。
だから、そのときからすでに多少ヘンだったんでしょうね。

- 糸井
-
いわゆる「博覧強記」っていうジャンルに
入りそうなものを書いたんですね。
- 田中
-
その切ったり貼ったりを、とんでもないところから
持ってこようっていう意識はあったんですよ。
たとえば、ほんの1行、
「大きな円柱に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている。」
っていうのがあるんですけど、
「舞台となっている1100年代の京都には、
なんという種類のきりぎりすがいたのか」
を延々調べたりとか、
まったく無関係なことをたくさん書いたんですね。
- 糸井
-
のちに、僕らがあの「石田三成研究(※)」で
味わうようなことですね(笑)。
※「秒速で1億円稼ぐ武将 石田三成 ~すぐわかる石田三成の生涯~」のこと
- じゃ、本当にそれしか書いてないんですか?
- 田中
- それだけなんです。
- 糸井
- ラブレターを書いてみたりとかは?
- 田中
-
まったくもう、苦手で‥‥。
卒論の後に、個人的に何かを書く機会といったら、
2010年にツイッターに出会ってからですね。
140文字までしか書けないので、
広告のコピーを20字や200字で書いてる身としては、
これはラクだと思って始めたんです。
- 糸井
-
つまり、
本当にずっと、まったくの「広告人」だったということ?
- 田中
-
もう真面目な、ものすごく真面目な、
これ、活字で伝わるかわかりませんけど、
ものすご〜く真面目な広告人です。
- 糸井
-
なるほど(笑)。
田中さんはコピーライターとして文字を書く仕事と、
プランナーもやってたんですよね。
- 田中
-
仕事としては、
ずっとテレビCMの企画がほとんどだったんです。
関西は、ポスターや新聞、雑誌っていうのは
すごく少ないんですよ。
企業本社や新聞社、出版社は、ほぼ東京がメインですから。
いわゆる文字を書くコピーっていうのは、
ほとんど仕事がなくて。
だから、自分が書いた文字が、
たくさんの人の目に触れるっていうことに関しては、
飢えていた感覚はありました。
- 糸井
- その飢えが20年。すごい溜まり方ですね。
- 田中
- 溜まってましたねぇ。
- 糸井
- 性欲、じゃなくて(笑)、「欲望」が。
- 田中
- もうすごいんですね。溜まりに溜まった何かが(笑)。
- 糸井
- あのリレーコラムの次が、映画評ですか。
- 田中
-
はい。
電通を辞めてクリエイティブ情報サイトの編集長をしている
西島知宏さんに依頼されまして。
- 糸井
- 西島さんは、田中さんから見ると先輩?後輩?
- 田中
-
7、8年後輩なんです。
もちろん彼が電通に一緒に在籍していたのも、
辞めたのも知ってるんですけど、
個人的にはほとんど付き合いがなかったので、驚きました。
- 糸井
- えっ?そうなんですか。

- 田中
-
2015年の3月に、
西島さんが突然大阪を訪ねて来られたんですよ。
「明日会いましょう」って言われて行ったら、
大阪のヒルトンホテルで、すごくいい和食が用意してあって、
「まぁまぁ、そこ座ってください」って。
料金表見たら、1人前6,000円くらいのお昼ごはんで
「うわぁ、たっかぁ!食べていいのかな」と思いつつ(笑)。
そうしたら案の定、
「食べましたね。食べましたよね、今」
「つきましてはお願いがあります」と来まして。
それで、
「田中さんがツイッターで時々、
『昨日見た映画、ここがおもしろかった』って書いてますよね。
それ、うちで連載してください」と言われたんです。
- 糸井
- ほう(笑)。
- 田中
-
もう食べちゃったし(笑)、わかりました、と。
「原稿の文字量はどれくらい必要ですか?」って聞いたら、
「ツイッターの映画評で十分面白いので、2、3行でいいです」
って言うんですよ。
「えっ、いいの? 2、3行で? ほんとに?
映画観て2、3行書けば、仕事的なことになっちゃうの?」
って確認したら、「そうです」って。
そうか、なあんだ、と。
次の週に、映画を観て、とりあえず7,000字書いて送りました。
- 一同
- (笑)
- 糸井
- 溜まった「欲望」がね。
- 田中
- (笑)そう!書いてみると、やっぱり、出ちゃいますね。
- 糸井
- 最初の映画はなんだったんですか?
- 田中
-
『フォックスキャッチャー』っていう、
わりと地味な映画なんです。
アメリカ有数の大財閥の御曹司が、
レスリングのオリンピック金メダリストを射殺するという
実際にあった事件をもとにした映画でした。
で、さあ書こうとなったら、生まれて初めて、
手が勝手に動いて。
無駄話を書くのが止まらないっていう経験をしたんですよね。
キーボードに向かって、
「俺は夜中に何をやっているんだ、眠いのに」っていう。
- 糸井
- それは‥‥うれしさ?
- 田中
-
なんでしょうね?
‥‥。
「これを明日ネットで流したら、笑う人が絶対にいるだろうな」
って想像したら、ちょっと取り憑かれたようになったんです。
- 糸井
-
あぁ、なるほど。
一種の、大道芸人の喜びみたいな感じですねぇ。
- 田中
- あぁ、たしかに。
- 糸井
-
もし雑誌とかだったら、そんな急に7,000字の原稿って、
まずはありえないですよね。
- 田中
- そうですね。
- 糸井
-
頼んだほうも頼んだほうだし(笑)、
メディアもインターネットだったし、
本当にそこの幸運はすごいですねぇ。
- 田中
-
映画評を始めてからは、
雑誌に依頼されて寄稿することもあったんですけど、
やっぱりネットに比べると反響が感じられないんですよ。
「おもしろかった」とか「読んだよ」とかが
僕に直接聞こえてこないので、
いくらその雑誌が本屋に置いてあっても、
なんだかピンと来ないんですよね。
- 糸井
-
それはまさに、インターネットネイティブの発想ですね。
若くないのにねぇ(笑)。
- 田中
- 46歳にして(笑)。
- 糸井
-
でも、田中さんがおっしゃった感覚は、
まさに25歳の人とかが感じてることですよね。
- 田中
- そうでしょうね。
- 糸井
-
はぁ、おもしろい。すごいことですね。
だって、40いくつって言ったら、
酸いも甘いも、一応知らないわけじゃないのに。

- 田中
-
すごくシャイな少年みたいに、
ネットの世界に入った感じですね。
「何か自由に文字書けば、明日には必ず誰かが見るんだ」
と思うと、うれしくなったんです。
- 糸井
-
新鮮ですねぇ。
あぁ、そういうことを聞けると、うれしいなぁ。
- 田中
-
でも、糸井さんはそれを18年以上
ずっと毎日やってらっしゃるわけでしょう?
- 糸井
- あぁ(笑)。
- 田中
- 休まずに。
- 糸井
-
でもね、それは、仕事だから。
おにぎり屋さんは毎日おにぎりを握ってるわけですし。
「大変ですね」って言われても、
「いやぁ、みんな大変なんじゃない?」って(笑)。
だから、あえて言えば、
休まないって決めたことだけがコツなんで。
あとは、なんでもないことですよね。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
-
たぶん田中さんは今、
書くことが、その「仕事」になってきてると思うんですよね。
- 田中
-
でも、たいして食えないんですよ。
前は会社員で、仕事が終わったあとに書いてましたけど、
これからは今までどおり書いてるだけでは
生活の足しになりませんから。
じゃあ、どうするんだ?っていうフェイズには入っています。
- 糸井
-
イェーイ(笑)。
僕は今、27歳の人と話してますね。
- 田中
- (笑)そうですね。
- 糸井
-
いやぁ、そうかそうか。
「独立したんだって?誰かに相談したのかい、それは?」(笑)
- 田中
- ははは。まさに若者の悩み相談。
- 糸井
- うわー、愉快だわ(笑)。
- 田中
-
ただ、僕の中では相変わらず、お金ではなくて、
「おもしろい」とか、「全部読んだよ」とか、
「この結論は納得したよ」っていうような
読んでくれた人の声が報酬になってますね。
それが報酬じゃ、
家族はたまったもんじゃないでしょうけど(笑)
〈つづく〉
